19.流行り病
ドワーフの族長に武器をお願いし、しばらくモンスターを狩ってから町へと戻る。
……ん?何か様子が変な気がする。
普段は往来の多い通りにも人があまりいない……。
とりあえずクズハさんのお店に行って聞いてみようか。
「おお、ゴウか!万能薬の材料は持ち戻ったか!?」
「え、あ、はい」
クズハさんが慌てた様子で材料を受け取り、調合を始める。
「何かあったんですか?」
「流行り病じゃ……近くの村で高熱と咳が出る病が流行っておってのう……それがこの町にも伝播してきたのじゃ」
高熱と咳……インフルエンザみたいなものだろうか。
そして、クズハさんが大慌てで万能薬を作っているということは。
「もしかして、万能薬しか効かない病気でしょうか?」
「うむ……困ったことにどの薬屋でも在庫が不足しておってな……こうやって急遽作っておるのじゃ」
そういえば隣国でコカトリスが出たせいで一気に在庫がなくなったって以前に言ってたな。
それから結構時間が経ったのにまだ在庫は復活してないのか……。
「それならまだ時間もありますし、森で材料を集めてきましょうか?」
「うむ、そうしてくれると助かる。冒険者ギルドでも緊急依頼として取り扱っておるから、終わったら報酬を受け取ってくれ」
「分かりました、ではすぐに行ってきます!」
俺は駆け足でお店を出ると、すぐに森へと引き返した。
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「そうですか、町はそんなことに……」
事情をティアに説明し、協力を仰ぐ。
「もちろん協力させて頂きます。フィーリアや他の者にも声をかけてみましょう」
「ありがとう、終わったら何かお礼をさせてもらうよ」
「大丈夫ですよ、もう既に色々ともらい過ぎてますから……」
ティアが不思議な枝から育った木を見ながら言う。
「うーん……ティアがそれでいいならいいかな?」
「はい、それでは夕暮れ前にまたここで会いましょう」
「分かった、ありがとう」
ティアにお礼を言うと、奥地へと急いだ。
既に何回も訪れていることもあり、案内がなくてもたどり着けるようになっていたのだ。
さて、気合を入れて狩らないと……。
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「ゴウさん、これが私たちが集められたものになります」
ティアが大量の袋を抱えている。
……あっ、これ俺一人じゃ持って帰れないやつだ。
「ゴウさんお一人だと町まで大変でしょうし、私も行きますね」
「ありがとう、助けてくれたエルフの人たちにもお礼を言いたいんだけど、事態が事態だけに後回しになるのが心残りだよ……」
「大丈夫ですよ、マジックゴーレムから集落を守れたのはゴウさんとクズハさんがいたからと皆に話をしていますし、今回のこともゴウさんのお願いだからと皆納得して手伝ってくれましたし」
そうだったのか……マジックゴーレムを倒せたのはティアががんばったおかげなんだけど、俺たちのことも言ってくれていたんだ。
相変わらず優しい子だなと思う。
「それじゃ、クズハさんが待ってますし、急ぎましょう」
ティアが走り出す。俺の五倍ぐらいの荷物を持って。
……ふぃ、フィジカルお化け……。
女の子に対して失礼なことを思いながらも、俺も急いで後を追った。
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「おお、ティアも手伝ってくれたのか!助かるぞ」
「恩返しですからね、まだまだし足りないぐらいです」
「てぃ、ティア、早すぎない……?」
ティアから遅れること数分。
肩で息をする俺に対して、まったく息を切らしていないティア。
これが体力とか力の差なんだろうか。
「ふむ、これで数は作れそうじゃが……若干足りぬかもしれぬな……」
「こ、これでもまだ足りないんですか!?」
「うむ、思ったよりも病状を訴える者が多い。更に感染が拡大する恐れもあってな……」
そんな……もうそろそろ夕暮れだし、森に入るのは危険だし、モンスターも狩り過ぎて出てこないかもしれない……。
何とかならないのか……?
…………!
そうだ!もしかしたら……。
「クズハさん、状態異常を与えるアイテムと、それを治すアイテムはありますか?」
「ん?どういうことじゃ……?あるにはあるが……」
「それとティア。ちょっと実験に協力して欲しいんだけど……」
「はい、私でいいなら……」
クズハさんから軽度の麻痺を与える状態異常ポーションと、麻痺治療のポーションを受け取る。
そして、それをティアに飲んでもらう。
「こ、これでいいですか……?ちょっと……身体が痺れて……」
ティアの身体に麻痺の症状が現れる。
俺はそれを確認すると、ティアの赤く光る空間……盗むの当たり判定に触れる。
盗むのはステータス。
その中の状態:麻痺。
「あ、あれ……?痺れがなくなりました……」
「なるほど……確かに身体が痺れてきた……っ」
状態異常の麻痺を盗んで、俺の物にしたのだ。
「ティア、悪いけど麻痺治療のポーションを飲ませてくれるかな……?」
「はっ、はい!どうぞ!」
ティアがポーションを傾け、俺の口の中に流し込む。
すると麻痺の症状がなくなり、身体が自由に動くようになる。
「クズハさん、俺の状態は何になっているか鑑定してもらってもいいですか?」
「うむ、しばし待て…………健常、じゃな」
鑑定をしてもらうと麻痺が治っているのが分かる。
「後は盗むの制限時間……五分を待ちます」
五分後。
俺にもティアにも麻痺の症状は現れなかった。
つまり……。
「状態を盗むと相手の状態は健常になる。盗んだ後に状態異常を治療をすると、相手には返却されない、か」
「なるほど、そういう算段か」
「えっえっ……どういうことですか?」
ティアの頭に?マークが浮かぶ。
そうだな、ちゃんと説明してあげないと。
「つまり、俺が複数人から病気を盗む。その後に万能薬を飲めば一気に治療できるってことだ」
「あっ!そうすれば万能薬の数の消費を抑えられます!」
「そういうことじゃ。だが、ゴウよ。そうすればお主の特異な『盗む』スキルを、不特定多数に知られる恐れが出てくるぞ?」
……そう、そういうリスクは付いてくる。でも。
「苦しんでる人がこれで大勢助かるなら、俺は構いません」
「……そう言うと思っておったわ。では、できるだけ意識が朦朧としている重篤な患者から治療にあたるとするか。ティアよ、補佐を頼めるか?」
「はい、私にもできることがあればお手伝いさせて頂きます」
こうして、俺たちは町に蔓延する病の治療を進めて行った。
一応、俺に回復術師っぽい恰好をさせて、流れの回復術師が魔法で治療したということにするらしい。
万能薬もマジックポーションの容器に入れ、一見魔力を補充しているように見せかけるようにした。
元々、俺は顔をあまり知られてないのもあり、気づかれることなく治療を終えることに成功した。
……盗むには、こういう使い方もあるんだな。
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全ての治療を終えるころには朝日が昇り始めていた。
それだけ病人がいたということだな……確かにこれだと万能薬が足りなくなるはずだ。
「二人とも、お疲れ様です……」
「うむ、流石にワシも疲れたわ……認識阻害の魔法を張っておったからの……」
クズハさん、そんなことまでしてくれてたんだ。
「ふああ……私もそろそろ限界です……」
ティアが眠たそうに眼を擦る仕草をする。
モンスターの討伐からずっと働きづめだったもんな。
「ふむ、よければワシの家で一眠りすると良い。ゴウのところだと何をされるか分からんからな」
「わ、私は構いませんけど……」
ティアが顔を赤らめる。……たぶん、眠気で判断力が鈍っているんだろう。そう思いたい。
「じゃあクズハさんはティアをお願いします。俺は宿屋に戻って休みますので」
「うむ、責任を持って預かろう。ほれ、行くぞティアよ」
「ふあーい……」
……大丈夫かな。
俺は宿屋に戻るとベッドに突っ伏し、着替えるのも忘れたまま、深い眠りについた。
……次に目を覚ますのは翌朝だと、この時は思ってもいなかったのだった――。