15.レベル6盗む
「うわーっ!寝すぎたー!」
気が付くと既に太陽は南から西へと移動を始めていた。
つまり、もうとっくに昼を過ぎていた。
……なんかこれ、デジャヴなんだけど。
あの時はミノタウロスだったっけ。……そんなミノタウロスも今では結構余裕だったなあ。
などと思い出に耽っている場合ではない。
おそらくレベル6?に上がったであろう盗むの検証をしないと。
悪魔を倒した際に一気に2レベル上がった『盗む』スキル。
おそらく一つ目の追加は……。
「あっ、ゴウさん。おはようございます……と言ってももうお昼過ぎですから、こんにちはですね」
部屋から出て外に向かう途中に宿屋の一人娘と出会う。
やっぱりもう昼過ぎだったんだな……いくらなんでも寝過ぎた。
「こんにちは。どうも疲れがたまってたみたいで、ぐっすりとね……」
「ふふっ、いつも冒険を頑張られてますから、たまには休息も必要ですよ」
「ああ、ありがとう。でもちょっと試したいことがあってね、すぐに出かけるよ」
「無理しちゃダメですよ?」
「大丈夫、ちょっとスライムに用があるだけだから、それじゃ」
「いってらっしゃいませ」
お辞儀をして見送りをしてくれる宿屋の一人娘に別れを告げ、草原へと向かう。
そしてその一人娘を含み、その途中に出会う全員が赤く光る空間を持っていた。
そう、これは『盗む』の当たり判定。
つまり、モンスターからだけではなく、同族の人間からも盗むことができるようになったんだと思う。
……思う、というのは実践していないから。
だって、実践したら人から盗みを働いた……というれっきとした犯罪になるし。
自分の命を狙う敵対者とかならまだしも、善良な市民にそんなことをしたら良心が痛む。
いつかは使う時が来るだろうけど、来ない方が良いと思う。
同じ人間同士で殺し合いなんてしたくないし。
おそらくこれが『盗む』のレベル5の能力。
そして残りのレベル6の能力を確かめるために、草原にスライムを探しに向かうのだった。
**********
「さて、時間も少ないしさっさと探……あっ、いた」
まるで俺がチュートリアルだ!と言わんばかりにスライムが出てきてくれた。
いつも通りに突進を避けてから赤く光る空間に手を触れ、盗むを実行する。
するとウィンドウが開き……。
【ノーマルドロップ/レアドロップ/ステータス/スキル・魔法】
あ、あれ……?増えてない……?
選択肢はレベル4と同じ。つまりレベルアップによる項目増加はなかったのだ。
「どういうことだ……?」
今まではレベルが上がるごとに何かしら項目が追加されていた。
まさかレベルが上がったのに何もないことがあるなんて。
とりあえず、レアドロップを盗んでから倒そうとすると……。
「ん?」
違和感に気付く。赤く光る空間が消えてない。
しかし、手にはレアドロップの守備の丸薬がある。
これはつまり……。
「複数盗めるようになった……?」
次にノーマルドロップを選んでみる。
すると薬草が手に入り、そこで赤く光る空間が消滅した。
「盗める数は二個まで……ということかな?」
検証の結果。
同時に盗めるのは二個まで。
制限時間で返還されるステータスは、返還された時点で赤く光る空間が復活する。
スライムはスキル・魔法持ちではないから分からないが、おそらくスキル・魔法でも同様だろう。
これはかなり戦闘の幅が広がるぞ。
力と守備力をそれぞれ盗めば、強化された力で守備力0の敵を殴れるし、魔法と魔力をそれぞれ盗めば強化された魔力で敵の魔法を使える。
素早さを0にした上でスキルや魔法を盗めば、遠距離から相手を一方的に攻撃できる。
敵によって使い分けができるのは万能感がある。
「これなら俺一人でも、もっと格上の相手もできるようになるんじゃないかな……」
この周辺の敵はあらかた相手にしただろうし、旅に出て色々なモンスターからレアドロップを盗むのも楽しそうだ。
冒険者ギルドのランクを上げて、今より上位の依頼も受けられるようになれば、新しいモンスターと出会える確率も増えるだろう。
「よし、今のFランクからEランクに上がるか!」
……でも、検証をしてたらもうすぐ夕暮れだ。
明日から頑張ろう。明日から。
そうだ、買い物ついでにクズハさんのお店に寄って報告もしておくかな。
**********
「おお、良い所に来たのう、ゴウよ」
店に入るなりそう言われる。
……良い所、というのは……もしかして。
「万能薬の在庫がなくなってしもうてのう……補充のために材料を集めてきて欲しいのじゃが。もちろんギルドを通じて依頼をするから、お主の実績も増えるぞ」
実績。
そうだな、実績を積めばそれだけランクも上がりやすくなるだろうし。
「分かりました、明日ギルドに行く用事があったのでちょうど良かったです。ところで、なんでそんなに一気に在庫がなくなったんです?」
「……隣国に石化を使うモンスター……コカトリスが出てのう。人々の石化を解くために大量に必要になったのじゃよ。おそらくこの町の在庫が全部隣国に持っていかれてるはずじゃ」
「ぜ、全部!?それじゃこの国で使う分が……」
「うむ。ワシは止めたのじゃが、恩を売っておきたいのじゃろう。まあ、ほとんどの病気は万能薬でなくとも治せるから大丈夫じゃとは思うが……念のため、材料を確保しておきたくてな」
なるほど、万能薬じゃなくても治せるなら一安心……かな?
でもできるだけ早く材料を集めないと、いつ何が起きるか分からない。
「それでは明日はその依頼を受けようと思います」
「うむ、頼んだぞ」
「あ、ところで盗むの新しい効果なんですけど……」
「ほうほう、それは興味深い……」
俺は今日検証をした盗むについてクズハさんと話をする。
盗む対象が二つに増えたことで「これでどんなモンスターでもレアドロップを盗むことができるのう」と凄く喜んでいた。
確かに倒す優先だとレアドロップを盗んでいる余裕はなかったからなあ……あの悪魔からも盗めなかったし。
「明日の依頼はワシも連れていけ、能力が見てみたいのじゃ」とちょっと興奮気味だった。
まるで自分のことように尻尾をぶんぶん振って喜んでくれるクズハさんはちょっとかわいかった。
まあ、レアドロップが手に入りやすくなるのはクズハさんにとっても利益だろうし、喜ぶのも分かるけどね。
クズハさんのお店を出るころには辺りはもう暗くなっていた。
「この時間だと自炊するのは面倒だし……ちょっと贅沢して帰るかあ」
屋台もそろそろ店じまいの時間なので、少し駆け足で商店街へ向かった。
……こんなのんびりした日もたまにはいいな。