14.対四天王
「愉しませてくれ……すぐに壊れるんじゃないぞ?」
悪魔は大剣を構え、羽ばたいてスピードを乗せ突進してくる。
そのまま薙ぎ払うように俺に斬りかかるが、俺は盾で剣をなんとかガードする。
硬化の実を使っていて守備力が二倍の510まで上がっているはずなのに、手まで衝撃が走る。
単純に力が強いだけではなく素早さもかなり高い。更に翼があるので空中も自由自在だ。もしこれでクズハさんが狙われたら……。
「ほう……今の一撃を耐えるか。盗賊とはいえ、ここまで来たのは伊達ではないようだな」
耐えると言っても本当にギリギリだ。
しかも、悪魔は本気を出していないだろうにこの威力。
どうにかして、あいつのステータスを盗まなければ……こちらの能力を把握していない今がチャンスか。
「では……これならどうだ?」
悪魔が大剣を両手で持ち、上段に構える……ここだ!
「ぬっ!?」
俺は持っていた盾を悪魔の顔に目掛けて投げる。
「小賢しい!」
悪魔は大剣から片手を離し、盾を弾き飛ばす。
だが、それは囮だ。
盾を投げると同時に盾に隠れるようにして近づき、赤く光る空間に触れる。
俺の狙いは元々これだ。
「ふ……当たっておらぬではないか。我を前にし、臆して手元が狂ったか?」
悪魔はニタニタと笑いながらこちらを見る。
勘違いしてくれているなら重畳。
俺が盗むステータスは……。
「さあ、来ないからこちらから……ぐっ!?な、なんだ!身体が……石のように重い……!?」
「お前に能力減少をかけさせてもらった。どうだ?自由に身体が動かないのは」
悪魔の現在の素早さは0。
以前他のモンスターで実験したことがあるのだが、素早さが0になると歩くことすら困難になるのだ。
どんな鈍重なモンスターでも素早さは最低1はあるのだが、それが0になるということは動かないモンスター……例えば石像のようなモンスターや、木のモンスターと同じになる。
つまり、今あいつはその場に身体を縫い付けられているようなものだ。
そして、盗んだステータスは俺に加算される……疾風の実で二倍、更に盗んだステータスを含めるとおそらく300は超えているだろう。
これを使ってやることは一つ。
「さあ、俺がどこから攻撃するか分かるかな?」
悪魔の周りを高速で移動しながら、徐々に距離を詰める。
そして背後から斬りかか――。
「しゃらくさい!」
悪魔は持っていた大剣を自分の背後に振り抜く。
……読み通り。
こういった高速戦闘は、相手の死角から攻撃するのがセオリーだ。
だから対策として向こうも分かってて自分の死角に攻撃するだろう。
俺は背後から斬りかからず、相手が攻撃を外したのを確認してから、横からダガーで斬りつける。
しかし、硬い皮膚に阻まれ、かすり傷を負わせるだけに留まった。
「ふん、所詮は盗賊よ。まるで蚊に刺されたかのような感覚だ」
「……塵も積もれば山となる。その強気がどこまで持つかな?」
俺は再び悪魔の周りを高速で移動し始める。
そして、そのまま攻撃を……しない。
「なぜ手を出してこない?怖気づいたか?」
「どうせかすり傷しか付けられないんでね。俺じゃ力不足だ」
「よく分かっておるではないか。ならば大人しく死ぬが良い」
「……聞こえなかったのか?俺じゃ力不足だと」
「なに?それはどういう……」
瞬間、フロアの空気が変わる。どうやら準備が完了したようだ。
クズハさんの方を見ると、圧縮された魔力が空気を歪めているのが分かる。
「な……バ、バカな……それは……!?や、やめ……」
クズハさんの手から悪魔に向かって、球体状に圧縮された魔力が矢のように放たれる。
悪魔はそれから逃れようとするが、素早さが0のせいで一歩も動けない。
クズハさんの放った魔法が悪魔の身体に着弾すると、急激に膨張を始める。
「爆ぜろ。最上級爆発魔法」
膨張した魔力は悪魔の身体全体をすっぽりと包み込み、クズハさんの詠唱完了と同時に内部崩壊――爆発を始める。
爆発のエネルギーの外への逃げ場はなく、それは全て球体内部の悪魔へと注がれる。
「ギャ、ギャァァァァァァアアアアア!!!!」
悪魔の断末魔がフロアに木霊する。
**********
爆発が収まると、床には悪魔のものであろうドロップアイテムが転がっていた。
「ほう、見たことがないアイテムじゃな。どれどれ……」
クズハさんがアイテムの鑑定を始める。それとほぼ同時にいつもの声が頭に響く。
【『盗む』のレベルが上がりました】
【『盗む』のレベルが上がりました】
あれ?大事な事なので二回言いました?……というわけではなさそうだけど……。
「むむ、これは……得られる経験値が三倍になる腕輪のようじゃ。ワシには必要ないからお主が持っておくと良い」
そんなことを考えていると鑑定が終わったらしい。
経験値三倍か……あの悪魔を倒す前に装備しておきたかったな。
「……さて、今回はワシの判断ミスじゃ。まさか魔王軍の四天王がこのような所におるとは思わぬでな……」
クズハさんが頭を下げる。耳や尻尾もシュンと垂れていて、いつもと違い、しおらしく感じる。
「いえ、なんとか倒せましたし、放っておいたら国が滅んでいたかもしれなかったので、ここで倒せてよかったと思いますよ」
「いや、お主を危険な目に遭わせたのには変わりない……おそらくあやつのレベルは80以上はあったじゃろう」
そんなに。
俺がこのダンジョンに入る前は30だったから……まず適うような相手ではなかったわけか。
職業で油断してくれなければ、もしかしたら瞬殺されていたかもしれない。
「それなら報酬をちょっと多めにしてくれればいいですよ。疾風の実や鬼神の実は使ってみて強いなと思いましたし、ある程度は数が欲しいので」
「それはいいが……その程度でいいのか?命の危険だったのじゃぞ?」
「冒険者なので依頼に危険は付いて回りますし、納得して依頼を受けたのは俺なので……」
「じゃ、じゃがのう……」
クズハさんはまだ納得がいかない様子。
それなら……。
「じゃあこうしましょう。俺が何かのダンジョンに挑戦する時、クズハさんがついて来てくれれば心強いので、今度はクズハさんが俺の手伝いをしてくれる……というのは」
「う、うむ……何度でもついていくぞ」
何度でも、か。クズハさんぐらいの実力者なら相当な依頼金を取れそうだけど……。
それほど責任を感じてるんだな。
「分かりました、ではこれでこの話は終わりです。……ところで、一つ聞きたいんですけど」
「なんじゃ?」
「なんでクズハさんの周りにも赤く光る空間……『盗む』の判定があるんでしょうか?」
「ど、どういうことじゃ?モンスター以外から盗めるなぞ聞いたことはないが……」
そう、さっき盗むのスキルがレベルアップしてから、クズハさんの周りに当たり判定が出てきたのだ。
つまりこれは人からも何かが盗めるということで……でもそれだと窃盗、罪になるよな。
そして二段階上がったということは更に何かを盗めるようになったということ。
……でも今日は疲れたので、検証はとりあえず明日からにしよう。
「今日は疲れたのでまた明日から試してみます。ところで、ダンジョンってどうやって消滅させるんです?」
「……ああ、それはじゃな――」
クズハさんと会話をしながら、俺たちはダンジョンを後にした。