10.森の異変
一週間後、最終的に魔力の丸薬は三百ほど集まった。
クズハさんの魔法の手伝いもあって一日で五十を超える日もあり、かなり量に余裕ができた。
「ところで、どこまで魔力を上げるんですか?」
「そうじゃな……一般的なエルフの魔力が150程度じゃ。じゃから180ほどあれば問題なかろう」
丸薬一個の上昇量は1~5程度。平均で3とすると約六十個か。
「あれ?元々二百も必要なかったんじゃ……」
「ワシの研究に使う分とお主の魔力上げに使う分も含めておる。それに、丸薬にも相性があってのう……相性が最悪じゃとほぼ1しか上がらんのじゃ」
1……たったの1?
となると俺の守備が最大で5上がったのは相性が良かったんだろうか。盗賊なのに。
「長の娘……ティアと言ったかの。魔力が上がらん体質じゃったら相性は悪いはずで、最悪百八十個は必要になる。だから最初は二百と言ったのじゃ」
「なるほど……あれ?ということは俺の魔力の上がり方は……」
「うむ、相性は悪くないようじゃな。魔法が使えん職業だというのにその上がり方は不思議じゃが……」
盗賊という職業な以上、守備力も魔力も相性は悪いのが普通だろう。
それなのに守備は最大で5、魔力も毎回平均で3上がったのでどちらも相性は良さそうに思える。
……異世界から転移してきたのも関係しているんだろうか。
カランカラン。
そんなことを考えていると、扉についた鐘がなり、来客を知らせる。
「おお、きたかフィーリアよ」
訪ねてきたのは先日森で約束をしたエルフ、そしてもう一人。
フィーリアさんよりも小さく、まだ中学生ぐらいの外見の女の子。
前髪を長く伸ばしていて目が隠れているのを見ると、少し人見知りなんだろうか。
そして背中には、細い腕には不釣り合いな大剣が背負われている。
……力150は本当のようだ。
「はい、約束通り承認は得ています。そしてこちらが……」
「……てぃ、ティアです……」
ティアはフィーリアさんの後ろに隠れるようにしながら挨拶をする。
たぶん、他のエルフたちの態度のせいでこういう性格になってしまったのだろう。
……今日は、是非とも自信を付けて帰って欲しいな。
「さて、早速じゃが……これが魔力の丸薬じゃ」
「こ、こんなに……!?」
クズハさんが丸薬を机の上に広げる。
まずはざっと五十個。
「さあ、どんどん使うが良い。随時鑑定をし、上がり方も観察させてもらうぞ」
「分かりました。それでは、ティア様……」
「は、はいっ……あの、ありがとうございます……私なんかのために……」
ティアは少し泣きそうな声をしながら、お礼を言う。
魔法が使えないなんて相当なコンプレックスだろうし、それが解消されるなら俺としても嬉しい。
そして、使って、鑑定して、また使って……を繰り返し、最初の五十個で上がったのは……50。
クズハさんの読み通り、やはり相性は最悪だったようだ。
しかし数はまだある。追加で百個を出し、更に作業は続けられる。
あの丸薬、結構食べづらいんだよな。新しい水を汲んできてあげよう。
**********
そして丸薬を使い続ける事百八十個。ティアの魔力は181になった。
本当に1ずつしか上がらなかった……大量に確保しておいて正解だったようだ。
「さて、ティアよ。これでお主の魔力は並みのエルフよりは上になった。魔力が湧くのは感じるか?」
「は、はい……今までなかった感覚が出てきたようです……」
「それでよい。魔法の使い方はフィーリアに教わるがよい。そしてお主ほどの力があるなら、剣と魔法を融合させる『魔法剣』も使えるやもしれぬな」
「魔法……剣……?」
へぇ、そんなこともできるんだ。
羨ましいなあ、俺も魔法が使えるならダガーに魔法を付与できて戦力になるのになあ。
「うむ、使うのには少々コツがいるが――」
クズハさんが説明をし始めようとしたところ……扉がバンッ!と急に開けられる。
入ってきたのはエルフだ。
「む、なんじゃ、騒々しい。」
「はぁ……はぁ……フィーリア様、ティア様、大変です!森にマジックゴーレムが!」
「なんじゃと!?」
クズハさんのこの驚き様……まさかミノタウロスみたいな……。
「もしかして、ミノタウロスのような深層のモンスターが……?」
「いや、マジックゴーレムはもっと質が悪い。なぜなら、魔法が効かんからじゃ」
魔法が効かない!?つまりそれは――。
「エルフには対抗する術がない……」
「そうじゃ、そしてワシの魔法も効かん。……無力じゃのう」
そんな、ミノタウロスを瞬殺したクズハさんの魔法すら効かないなんて……!
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「効かないとはいえ、足止めぐらいはできる。物理攻撃の強い冒険者が来るまでの時間稼ぎができれば……」
「……あっ、あのっ……!」
割って入ってきたのはティア。
「わ、私の力では……ダメでしょうか……?」
そういえばティアの力は150。もしかしたらマジックゴーレムにもダメージを与えられるかもしれない。
「……できるか?」
クズハさんがティアを見つめて問う。
「は、はい……!わ、私もエルフです……同じ仲間、みんなのために……」
陰で彼女のことを蔑んでいるエルフも仲間と言い切る。……心優しい子なんだな。
「よく言った。それでは準備ができ次第、森へ向かうぞ」
「はっ、はいっ……!」
**********
冒険者ギルドにも声をかけてマジックゴーレム討伐の依頼を出し、俺たちはそのまま森に向かう。
森に到着するなり、異変が起きているのはすぐに分かった。
「木々が倒されてる……」
「マジックゴーレムの仕業じゃな」
マジックゴーレムが通ったであろう道の木々が全て倒されていたのだ。
そしてその行く先は……。
「この先にはエルフの集落があります……もしかして狙いは……」
「マジックゴーレムにそのような知識があるとは聞かぬが……妙じゃな」
倒れた木々を乗り越えながら、マジックゴーレムの後を追う。
しばらく進んだ所で前方に石の塊が見えた。おそらくマジックゴーレムだ。
周りの木とほぼ同じ大きさで、その両腕で木をなぎ倒しながら進んでいる。
エルフたちが矢を射っているが、まったく効いていないようだ。
「クズハさん、俺が時間を稼ぎます!その間にティアさんに魔法剣の使い方を!」
「……できるのか?」
「はい、あのマジックゴーレムのステータスはどのぐらいでしょうか?」
「うむ、少し待て、鑑定する」
体 力:212
力 :180
技 :10
素早さ:5
守備力:200
魔 力:150
運 :0
「……魔法障壁を張るだけあって魔力は高いのう」
「魔力が無くなれば、魔法障壁は無効化されるのでしょうか?」
「うむ、おそらくそのはずじゃが……なるほど、そういう事か」
「時間稼ぎでの効果が切れるのはおよそ5分後です。それまでに魔法剣を……」
「分かった、では行ってこい」
「はい!」
俺はゴーレムに接近すると、赤く光る空間に触れ、ステータスを盗む。
盗むのはもちろん力だ。これで攻撃が当たっても痛くない。
そして、盗んだことによって俺の力はその分上がっている。
魔法剣の準備が整うまで、ある程度マジックゴーレムの体力を削ってやる。
素早さを活かし、常にゴーレムの死角から攻撃を仕掛ける。
ダガーである以上大したダメージは与えられないが、雨垂れ石を穿つとも言うしやれるだけのことはやってやる。
「ゴウ!準備ができたぞ!」
聞こえて来たのはクズハさんの声、どうやら魔法剣の準備ができたようだ。
ちょうどいい、俺の力が弱くなった――ステータスを盗む効力が切れた――つまり、再びステータスを盗めるようになったタイミングだ。
俺は再び赤く光る空間に触れると、クズハさんに声をかける。
「いつでも準備はできています!俺が合わせますのでいつでもどうぞ!」
「うむ、行ってこい、ティアよ」
「はっ……はいっ!」
ティアは水を纏った大剣を握りしめ、木々を使ってマジックゴーレムの頭上へと飛んだ。
ゴーレムはそれを見て両腕で防御の姿勢を取る。
「……ここだ!」
俺はマジックゴーレムから魔力を盗む。
その瞬間マジックゴーレムの魔力が枯渇し、身体を覆っていた魔法障壁が姿を消す。
「やぁぁぁぁぁっ!!!」
ティアが大剣をマジックゴーレムに振り下ろす。
すると、あれほど頑強だったゴーレムは真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちる。
そして身体が光って消え、ドロップアイテムが出現する。
【『盗む』のレベルが上がりました】
……!?
今回は俺が倒してないんだけど……アシストしたからか、それとも高レベルであろう敵に二回使ったからか……。
まあいいか。エルフの集落は守られたんだし。
がんばってくれたティアに声をかけようとティアの方を見ると、マジックゴーレムに応戦していたエルフたちに囲まれていた。
……ティアとフィーリアの表情を見るに、ティアの力を見直してくれたんだろうということは遠目にも分かる。
「……俺たちは邪魔なようなんで帰りますか?」
「そうじゃな、あとは任せておいても大丈夫じゃろう。さて、冒険者ギルドに報告するかのう」
そういえば依頼を出してたな……その辺の処理もしないといけないし、早めに帰ろう。
俺たちが歩き始めると、背後からフィーリアさんの声が聞こえてきた。
「あ、あの……マジックゴーレムを討伐して頂き、ありがとうございました」
「いえ、やったのは俺たちじゃなくてティアさんです。俺は足止めしかできなかったわけですし」
「そうじゃな、ティアのお手柄じゃ。……これをきっかけに本人も周りも、変われるといいのう」
「は、はい…!はい…!」
フィーリアさんが目に涙を浮かべる。
今まで腫れ物のように扱われてきたティアが変われるかもしれないんだ。
長年一緒に過ごしてきたフィーリアさんが一番喜んでいるだろう。
「さて、落ち着いたらまた錬金術の館へ来い。待っておるぞ」
「それではフィーリアさん、また」
「はい、ありがとうございました……!」
俺たちは町へと歩き始める。
俺たちの姿が見えなくなるまで、フィーリアさんはずっと見送ってくれていた。