1.異世界転移したけど、職業もスキルも使えない扱いされました
「あなたの職業は『勇者』、スキルは『神々の加護』……」
「あなたの職業は『賢者』、スキルは『無詠唱』……」
「あなたの職業は『聖女』、スキルは『大いなる護り』……」
職業とスキルの鑑定が行われる度に、周囲に「勇者様だ……!」「今では失われたスキルのはず……」「数十万人に一人と言われる職業だ……」などと、どよめきと歓喜の声があがる。
……事の起こりは数分前。
俺、石川豪は高校が終わり、いつも通り幼馴染たちと駄弁りながら帰宅していた。
小学校からの付き合いなので「またいつもの四人だな」などと周りからは言われていた。
そんないつもの四人で、いつものように公園で夕食までの時間を潰していたら、急に足元に魔法陣が現れ……気がついたときにはこの城内へと転移していた。
周りには鎧を纏った騎士たちと、宝石の付いた豪華な服を着た国王様、そしてそばにはローブを深々と被った魔法使いらしき人がいた。
急な出来事に戸惑う俺たちに、「この世界に魔王が復活し、それに対抗するために伝承に伝わる異世界召喚の儀を行った」と説明された。
そして、それぞれの特性を知るために鑑定士と呼ばれる人に、「職業」と「スキル」を鑑定してもらうことになったのだ。
順番に鑑定されていき、最後に俺の番。
他の三人が貴重な職業とスキルなのだから、おそらく異世界人は恵まれているのだろう。
きっと俺も同じように貴重な職業とスキルなのだろう、と考えていたのだが……。
「あなたの職業は『盗賊』、スキルは『盗む』……」
周囲が静まり返る。
……あれ?これってもしかして……。
「盗賊?素早さが高いだけの非力な職業だ……」
「『盗む』スキルも、スキルレベルが成長しないスキルのはずだが……」
……ハズレじゃん!!!!!
「そこの異世界人よ……そなたの職業、スキル、共に他の三人と釣り合うものではない。よって、そなたは魔王討伐隊から外す。……召喚は一方通行のため、元の世界に帰してやることはできぬ。あとは自由に生きるがよい」
おいおいおい。
勝手に召喚した上に放り出すのかよ。
こっちの世界の知識なんてないし、お金だってない。
モンスターがいる世界なんだろうけど、戦闘経験もない。
……俺、詰んでないか?
「待ってください王様!僕たちはこの世界のことを何も知りません、このままだと豪が死んでしまいます……せめて、生活が安定するまでは豪の補助をお願いします!」
王様に進言したのは『勇者』と鑑定された幼馴染の勇斗。
頭を深々と下げ、王様に懇願する。
「……分かった、勇者にそこまで言われるなら、ゴウとやらに三か月分の宿代などを渡そう。……これで良いか?」
「ありがとうございます、王様の計らいに感謝いたします」
――こうして俺は三か月分の宿代とこちらの世界の服や盗賊用の装備を渡され、城を出ることになる。
「僕たちは最初は戦闘に慣れるためにこの周辺でがんばるから。できるだけ豪にもお金を回すようにするから。」
勇斗はこういうやつだ。
困っている人がいたら放ってはおけない、ゲームで言えば確かに勇者気質だ。
他の二人からも「豪の生活が安定するまではここを離れない」「豪のためにいろいろ調べておくから、宿が決まったら教えて」などと声をかけられた。
……やっぱり皆、いいやつだなあ。
とりあえず俺は、町の様子を知るためにぶらりと歩き回ることにした。
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不思議だった。
この世界の文字を知らないはずなのに、まるで日本語で書かれているかのようにスラスラと読めるんだ。
(いわゆる転移特典なのかなあ……)
などと考えつつ、もしかしたら筆記もできるんじゃないかと思って土に文字を書いてみると……書かれたのは日本語だった。
「さすがにそこまで万能じゃないか……でも読めるだけでもだいぶ楽だ」
この世界の識字率は分からないが、書けないでも生きてはいけるだろう。
……宿に泊まるために名前を書かないといけないかもしれないが、まあ……なんとかなるだろう。おそらく。きっと。
その後、大通りの露店を見て回り、武器屋、防具屋、道具屋、そして宿屋と一通りの施設を巡った。
何件か見て回った宿屋は少し町はずれにあるところが安いらしい。商業施設から遠いからだろうか?
お値段は食事は付いてなくて一泊千ガルド。暦はどうなっているか分からないが、一か月を三十日と考えると三万ガルドだ。
お城を出る時に渡されたお金は二十万ガルド。良い宿屋に泊まれるぐらいのお金を入れてくれていたらしい。
「三か月どころじゃなく泊まれるが……余ったお金は生活費に回さないとだな」
ちなみにほぼ円=ガルドと考えていいようだ。
「あとは……仕事を探さなきゃだなあ……」
もらったお金はいつかは尽きる。
その前に継続してお金がもらえる仕事を探さないと。
向こうでは多少のバイト経験はあるものの、こちらの世界で役に立つかどうか……。
あとどこで求人を見つければいいんだろうか、などと考えながら歩いていると、目の前にある建物が見えた。
「冒険者ギルド……か」
一応職業もある。スキルもある。盗賊用のダガーももらっている。
この職業とスキルを活かした仕事があるかもしれないな。
俺は冒険者ギルドの扉を開けた。
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「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」
出迎えてくれたのは物腰柔らかい、少し年上の女性。
俺はここに来る経緯を、勇者とか王様とかの大事になりそうな要素は除いて、軽く説明した。
「なるほど……ゴウさんの職業が非力な『盗賊』で、スキルもよくある『盗む』だから見放された、ということですね」
「実際に他の仲間が有用な職業だったから、仕方がないとは思う」
「ですが、悲観することはありませんよ。『盗む』は敵のドロップアイテムを盗めるスキルなのですが……盗んだ後に倒してもドロップアイテムも手に入ります。例えばスライムは薬草をドロップするのですが、盗んだ後に倒すと更に薬草がドロップします」
「つまり、報酬が倍になると」
「そうですね、そしてここ最近は魔王が復活した影響でモンスターも増え、それに伴い冒険者の数も増えています。そのため、薬草などのアイテムの需要が高まっているので、アイテム納品の依頼も増えているんですよ」
「なるほど……そうそう悲観するようなスキルでもないということか……ありがとう、気が楽になったよ」
「どういたしまして。そしてこの町の周りの草原には最弱のモンスター、スライムが出現しますので、スキルの練習相手にちょうどいいですよ」
「重ね重ねありがとう、宿の受付をしたら行ってみるよ」
「はい、お気をつけて」
俺は冒険者ギルドを後にして、目星をつけていた宿で受付を済ませた。
宿が決まったので勇斗たちに連絡をしたかったのだが、町が広すぎてどうやって探せばいいのか分からず、しばらく留まるらしいからいつかは会えると思い、とりあえず草原へと向かうことにした。
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おぉ……見渡す限り緑一面の草原……向こうの世界じゃこういうのはなかなかなかったな…。
アスファルトで舗装された道路も、電柱も電線もない、視界が開けた自然にちょっとした感動を覚えた。
おっと、感動に浸ってる場合じゃない。まずはスライムを探さないと……。
しばらく散策をしていると、茂みがガサガサと不自然に揺れる。
モンスターだろうか。ダガーを抜き、臨戦態勢に入る。
すると、茂みの下から緑色の液体のような物体が現れる。
……なるほど、こいつがスライムか。
向こうもこちらに気づいたのか、動きを止めてこちらを窺っているようだ。
「……なんだ、あの赤い空間……?」
スライムの傍に不自然にある赤く光る空間。
この世界の人たちにはなかったので、モンスター特有のものだろうか。
……もしかすると。
「あれが『盗む』の当たり判定……だったりするんだろうか」
仮説を検証するために、ジリジリとスライムとの距離を詰める。
そして敵が突進してきたのを避け、態勢を立て直している間に赤く光る空間に触れる。
すると、手の中になぜか草が握られていた。
もしかして……これが薬草なんだろうか?
よし……ドロップしたものと見比べてみるか。
俺は態勢を立て直したスライムの突進を再び避け、バランスを崩したスライムにダガーを突き立てる。
するとスライムの身体が光り、次の瞬間にはスライムのいた場所に草が落ちていた。
「なるほど、これがドロップアイテム……盗んだ草と同じだな」
盗み方が分かったらあとはもう同じことをするだけだ。
二時間も経つころには道具袋がパンパンになるぐらいの薬草が手に入っていた。
「よし、じゃあコイツで最後にして冒険者ギルドに戻ろう」
慣れた手つきでスライムにダガーを突き立て、ドロップアイテムを拾おうとして気付く。
「……薬草じゃ……ない?」
スライムを倒したはずなのに、薬草ではなく何かの袋が落ちていた。
中を覗くと小さい丸薬のようなものが一つ。
「うーん……考えてもしょうがないし、冒険者ギルドの受付嬢さんに聞いてみるか」
とりあえず袋を回収し、俺は帰路についた。