しかし まわりこまれてしまった!
目を潤ませたヘリオスが、視界に割り込んで来た。
「お姉さまっ!」
わたしは必死な形相のヘリオスを宥めるように、不安な気持ちを包み込むように、弟へ目一杯の想いを込めて心からの笑顔を浮かべてみせた。対するヘリオスは、安堵の笑みを浮かべるどころか、強い意志を感じさせる瞳をこちらに向けて来る。
「不甲斐ない僕だからこそ‥‥乗り越える目標のお姉さまの壁は巨大すぎますが、けどっ商会を思う気持ちの強さがお姉さまに負けていないように、僕はお姉さまに絶対に負けませんから!」
んんんっ?まさかの決意表明だ。っていうか、ライバル認定されてたの!?
男兄弟じゃないのに、まさかの好敵手扱いだったことに、軽くショックを受けつつ、弟の向上心と、薄紫色の魔力を自力ではね除けた成長に目を細めていると、スバルが「ただ微笑んでいれば儚い精霊もかくや、って君なのに、なんでこう魔王じみていたり落差が激しいかなぁ。」と楽しげな呟きを漏らす。なにその怪しげな人物像は、失礼な!と視線を向けると、スバルの向こうから、毒饅頭令息たちも惚けながらこちらを眺めていた。
彼らの視線に気付いたヘリオスが、わたしと令息の間に立ちはだかる。けれど、魔力に毒された新入生の身も生徒会長としては心配だし、何とか彼らを見ようとヘリオスの影から右に左にぴょこぴょこ動いて覗き込み、未だ呆けている彼らの正気を確かめるために前に両手を差し出してぱたぱた振ると、ぎょっとしたように目を見張り、視線を外してきょろきょろしたりと、挙動不審に慌てた様子だ。けれど何故か、薄紫の薄皮は消えていた。
なんだか知らないけどよかったーと、ヘリオスの頭を撫でる。すぐにパシリと払いのけられて、恨めし気な上目遣いが返ってきた。そんな睨んでも可愛いだけなのにー、とにやけていると王子がクツクツ笑い出した。
「確か、レパード男爵令嬢だったな?」
毒饅頭令息たちの次々の離反に呆然として膝をつかんばかりの様子だったユリアンだったけれど、アポロニウス王子に呼びかけられた途端、予備電源でも入ったのか、輝かんばかりの笑顔で「はいっ!」と勢い良く返事をしている。そしてすかさず王子との距離を詰め、手を伸ばそうとしたところで、すかさず王子のご学友たちが身体を割り込ませて阻止する。さすがにお触りは厳禁とされているみたいだ。けれどユリアンはめげずに攻める。くねくねと科を作り、再び薄紫色の魔力を王子に向けて伸ばしだした。
「王子殿下ぁー!覚えて貰えていたなんて、あたしすっごくうれしい!あたしのことは堅苦しくなく、ユリリンとかアンとか、王子殿下の好きに呼んもらえたらうれしいなっ。」
「そうか面白いことを言うな。」
挫けない女ユリアン‥‥駄目だ、ちょっと面白くなってきた。いや、それよりも王子のこの反応はもしかすると今度こそ乙女ゲーム的な「ふっ、面白い奴フラグ」来たんじゃないの!?やだ、ちょっと生で見られちゃうの!?
魔力はギリムが、護衛を担当している様で、向かってくる薄紫色に再び片手を翳す。すると、薄紫色の魔力は見えない壁に当たったかのように動かなくなり、王子に辿り着くことが出来なくなる。ユリアンに向かって手を突き出したままのギリムを、王子はチラと見遣ると微かに首を振る。驚くギリムに王子は笑みを返す。
「構わん。命令だ。」
「―はい。」
眉間に皺を寄せたギリムが翳した手を下ろすと、途端に薄紫色は勢い付いて、アポロニウス王子を覆い尽くしてしまった。王子は薄紫を纏いながら興味深そうに自身の手を見て、それから期待に目を輝かせるユリアンへ視線を移すとニヤリと口角を釣り上げた。
「この程度の力か。ならば用はない。」
「え!?王子殿下っ!」
愕然とするユリアンをよそに、王子が静かに呼吸を繰り返すと、薄紫色は見る間に薄れて消え去った。
ちょっと待って、今の言い方だと弱い力でなければ用があったって事だよね!?いや、王子なに期待していたわけ!?
スバルに視線を向けると、彼女も微かに苦いものを口にした様な表情になっていた。そういえばこの王子は「入学式は実に興味深い挨拶を見せてもらった。」とか言っていた。王子に興味津々のユリアンには用はなくて、関わる気は毛頭ないわたしには興味深いって、この幼さで歪んだ性癖の持ち主なんだろうか。いや、ないわー。早めに立ち去りたいわー。
「馬鹿が、不遜なことを考えているんじゃない。」
心の声が溢れ出ていたのか、心底嫌そうな顔をしたギリムに釘を刺された。そんなことはありませんよーと惚けるための微笑を張り付けて「ではこれで。」と会話をぶった切る。これ以上、王子&お騒がせ爆弾娘と一緒にいると、悪目立ちが過ぎる!商会イメージに傷がついたらどうしてくれる!?と、早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。
しかし まわりこまれてしまった!
「バンブリア生徒会長、これから食事を摂るようだな。丁度良い、学園に不慣れな私たちの案内を頼む。」
王子が笑顔で退路を断ってくれた。
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