ここから先は自分の力で何とかしなさい。信じているから。
甘ったるく甲高い声を発しながら、こちらへ駆け寄ってきたのは想像通りの人物だった。しかもその背後には取り巻きの令息たちを引き連れている。
「いやだっ!貴女ったらまた違うご令息や王子殿下に声をかけるなんて!なんて下品ではしたない人なのっ!!」
「へぇっ!?」
思わずひっくり返った声が出た。ユリアンはわたしを視界に収めるなり眉を吊り上げて罵りだしたけど、まさか複数の令息を堂々と引き連れている相手に言われるとは思ってもみなかった言葉だ。しかも彼女の声に同調するように、背後に付き従って来た令息たちも、ユリアンのように声を張り上げたりはしないが侮蔑の視線をこちらに向けてくる。何故か魔力を映すわたしの目には、女豹ユリアンと、その取り巻きと化した令息たちが薄紫色の薄皮にくるまれた様な一塊になっている様に見えているのだけれど。
何だこの気持ちの悪い薄紫饅頭は‥‥絶対にお腹壊しちゃうわー。嫌だわー。
「ちょっ‥‥セレネ?!拒否反応起こしてる場合じゃないよ。取り巻きを見て!」
スバルが珍しく切羽詰まった表情で、トレーを持った手の肘でわたしの脇腹を勢い良く突く。
「ぐぇっ。」っと令嬢らしからぬ声を再び上げる事となったわたしは恨めしい視線をスバルに向けるが、彼女の真剣な表情を見て瞬時に意識を切り替える。
改めて毒饅頭――もとい、ユリアンと取り巻き達を見ると、いまだ罵声を上げる女豹ユリアンと、彼女に追従する見目麗しい部類に入るであろう8人の令息たち。その中に見慣れた珊瑚色を見付けてわたしは目を剥いた。
「へぇっっ‥‥りおすぅ!?」
何やってるの?あなた、いや、取り巻きだってのは分かるけど、なんでよりにもよってその毒饅頭軍団の一員になっちゃってるの!?
口をパクパクさせるわたしに、ユリアンが勝ち誇った笑みを向ける。
「あら、そう言えばへーちゃんは、あなたの知り合いだったんですよねー?ごめんなさい、へーちゃんは、あたしと一緒の方がイイみたいでー。ついてきちゃうんですよぉ。」
困っちゃいますねー?と、口角を吊り上げて、わたしの顔を挑戦的に覗き込む。ユリアンから発せられた薄紫の魔力が周囲を漂い、更に王子の元へも伸びて行く。
ヘリオスが、よりにもよって易々と篭絡されて、1人の令嬢に侍る8人もの令息なんて十把一絡げに成り下がるなんて‥‥。
俯いて無言になったわたしに、ユリアンがクスリと笑い声を漏らす。
「生徒会長ったら、肩を震わせてー。泣いてるんですかぁ?」
「君は色々分かっていないな。」
スバルが溜息交じりに呟いて、わたしが差し出したトレーを無言で受け取る。両手がフリーになったわたしは、毒饅頭の中へ勢いよく大股で突入し、ぎょっとしているヘリオスの頬を両手でバチンと音を立てて挟み込む。
「ヘリオス?唯一無二の品質と性能を謳うバンブリア商会の次期当主であるあなたの立ち位置は、その他諸々に紛れるココでいいわけ?」
挑戦的な笑みを浮かべたわたしは、見開かれた瑪瑙色の瞳を力を込めて覗き込む。
そう、わたしは姉として弟が本当に選び、全力で進もうとする道だったら、それが自分とは趣を異にするものだとしても、頑張って応援する!けど、そうでないのなら―――。
「ねぇ、ヘリオス。誰かのお尻について歩くだけしかできない軟弱者なんて、商会のためにならないわ。わたしが蹴落としてあげましょうか?まぁそれ以前に、百戦錬磨の商会員の中で勝ち残ることすら出来ないでしょうけど。」
言い切って、ヘリオスの頬に添えていた手を放し、腕組みをしながら嫣然と笑う。
「もう一度だけ聞くわ。ヘリオス、あなたの立ち位置はそこで良いの?魅了に屈した、その他諸々の取り巻きの一人――その程度の存在で。」
スバルの「魔王降臨だね。」と云うふざけた呟きが耳に入るけど気にしない。ヘリオスは次期当主だもの、自分の行動に大きな責任が伴う事なんて疾うに分かりきっているはずよ。だったら、きっかけはあげたんだから、ここから先は自分の力で何とかしなさい。信じているから。
「―――や・です‥‥。」
ヘリオスが苦し気に顔を歪ませて切れ切れに言葉を発する。「うそっ!へーちゃん!?」とユリアンがヘリオスの両肩を掴んで揺する。けれどヘリオスは鬱陶しそうに、肩に食い込む細い指を払い除ける。
「いやです!僕はお姉さまと肩を並べるんです!!」
かっと目を見開いたヘリオスに、ユリアンが「うそ‥‥。」と愕然とした呟きを漏らし、アポロニウス王子は楽し気に笑っている。王子の隣ではギリムがこちらに向けて片手を翳しつつ、顔をしかめ、薄紫色の魔力を食い止めているようだった。そうか、魔力の見える護衛担当だったのかー、と眺めているとギリムが苛立たしげな舌打ちをする。
「馬鹿が、王子の御前でいつまで遊んでいるんだ。この鬱陶しいモノを早く何とかしろ。」
うん?この言い方、記憶にあるぞ。つい最近だった気がするけど誰だったっけ?
首を傾げてギリムをじっと眺める。
「お姉さまっ!」
目を潤ませたヘリオスが、視界に割り込んで来た。もう薄紫の毒饅頭には混じっていない。大事な家族だから、見捨てたりなんかするわけ無いのに。
わたしは必死な形相のヘリオスを宥めるように、不安な気持ちを包み込むように、弟へ目一杯の想いを込めて心からの笑顔を浮かべてみせた。
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