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乙女ゲーム的展開はなかなか難しいみたいね。

 暦は皐月(さつき)、若葉の美しい季節となり、王立貴族学園に新入生や編入生がやって来る入学式が執り行われる日となった。この世界の暦は日本と同じく12ケ月が1年となっているのだけれど、なんと月の呼び名が和風月名となっている。いつもより早い時間だと言うのに城壁の大門を潜って、新米令息令嬢が乗ったであろう見慣れない馬車が何台も、徒歩で進むわたしたちの横を通り過ぎてゆく。


「バンブリア男爵令嬢!よろしければ学園正面までご一緒致しませんか?」


 そして、いつものように側で馬車を止め、声を掛けてくる面々には「わたし、こんな距離は何ともありませんし、折角の弟との時間を大切にしたいんです。」と、にっこりお断りさせてもらう。隣ではヘリオスがよく似た顔をにこやかにしているだけなのだけれど、最近は不思議な圧を放つスキルでも身に付いたのか、視線を向けられた令息がそそくさと立ち去る姿をよく見るようにもなった。ヘリオスったら成長したのね、とほっこりしながら玄関前のロータリーへ向かう。


 すると、今回は珍しく馬車から降りた女の子がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 既に玄関前なのに声を掛けてくるとはどう云うことだろう?初めて見る顔だけれどヘリオスの知り合いだろうか?と視線を送ってみるが、彼も小首を傾げている。走り寄る少女は赤みがかった金髪のゆるふわウエーブで、大振りなリボンでハーフアップに髪をまとめている。更に近付いてくると、少女は眉を吊り上げた険しい表情で、何故かわたしを睨み付けている。あと、眉と睫毛は煉瓦色だから、この金髪はきっと脱色の賜物なのだろう。薄紫の瞳は生来のものだろうけど、見事に華のある容姿を作り上げたなかなか気合いの入った少女だ。


「貴女!どういうつもり!?」


 愛らしい高く響く甘い声ではあるのだけれど、憎々しくわたしを睨みつける表情はとても険しい。はて、この目の前の見ず知らずの少女に何かしただろうか?と小首を傾げるが、なにも思い当たるものが無い。隣のヘリオスと「誰コレ?」のアイコンタクトを交わし、背後の護衛ズを振り返るとハディスは成り行きを楽しむようににこにこと綺麗な笑顔を浮かべているし、オルフェンズはいつもの薄い笑みと、双方ともに何とかしようとする気は全くない反応だ。どこかの令息の時は迅速に動くうちの弟と護衛ズにとって、突然身に覚えのない因縁をつけて迫って来る令嬢は警戒対象には当たらないらしい。


「そうやってあちこちのご令息に色目を使って、学園にまで侍らせてくるなんて、そんな浮ついた下品な人が、王国を支える次代の若者が通うこの由緒正しい王立貴族学園に居るなんて、なんて酷いの!?貴女、一体何のつもりなの!?」


 言いながら、隣に立つヘリオスや護衛ズにちらちらと視線を向ける少女。


「失礼ですが、貴女は一体どのご家門のご令嬢でしょうか?」


 ヘリオスがいきり立った少女を宥める様に、優し気な口調で話し掛けるけれど、何だか黒いオーラが立ち昇っている気がするのは何かの見間違えだろうか?けれど少女はその表面の仮面に騙されたようで、ほんのりと頬を染める愛らしい表情と、胸の前で両手を組み、上目遣いにヘリオスを見上げるおどおどとして内気そうな仕草にころりと態度を一変させる。


「あたしったら、名乗りもせずにごめんなさい。ホント、あたしってドジでダメなんです。えへっ。」


 ぺろりと舌を出して、自分の頭を握った拳で軽くこつんと叩いて見せる。一瞬でわたしのことは意識から削除されたらしい。


「レパード男爵家の18女、ユリアン・レパードですっ。ユリアンってお呼びください。」

「レパード男爵ですか。」


 うきうきしたユリアンの声音と表情とは対照的に、返すヘリオスの表情は張り付けた笑顔だし、声は氷点下を思わせる冷え冷えとしたものになっている。なんだろう、この少女のメンタルの強さは。それとも気付いていないのだろうか?と、オロオロしだしたわたしを余所に、ヘリオスは表情を崩さずに、更に全身から溢れ出す「圧」を強める。


「ヘリオス?見ず知らずのご令嬢にそれは‥‥。」

「は?ちょっと貴女、まさかの名前呼び!?それより邪魔しないで‥‥」

「失礼は貴女でしょう。入学早々レパード男爵に苦情が行くことを望まれないなら、速やかに立ち去ってください。」


 それぞれの言葉を遮りながら会話が連なり、最後のヘリオスの言葉を聞いたユリアンは大きく見開いた目をヘリオスに向ける。外商や商会統括の補助を行っている彼にしては珍しく攻撃的な言葉に、わたしもぎょっと目を見開く。

 ちょっと!見ず知らずのご令嬢にきつい言葉を投げ付けるなんて、次期当主として出来たあなたにしてはらしくないわよ?何やってるのよ。


「あ‥‥会ったばかりのあたしのことを思い遣って、この場からあたしを逃がしてくれるなんて。」


 ユリアンの瞳はうっとりと潤み、頬はほんのりと色付いている。

 いや、それよりもこの()は何をイッテイル??


「ありがとう!()()()()。あたし、これで行くねっ。じゃあ、()()ね!」


 愛らしい笑みでくるりと踵を返したユリアンは、弾むような足取りで玄関へと消えて行った。


「なんだ?あいつ‥‥。」


 ヘリオスの呟きに、咄嗟に前世の記憶「乙女ゲーム」のヒロイン登場の場面が思い起こされる。ここで「面白い奴だ。」とか、にこりとして言えばまさしくそのフラグなんだろう。けど、ヘリオスの眉間には深々とした皺が刻まれていて、口角は完全に下がっている。

 うん、ごめん。本当に駄目なヤツだったみたい。


「レパード男爵への苦情を本気で考えておいたほうが良さそうですね。念のためお父様への手紙は僕が書いておきます。」


 乙女ゲーム的展開はなかなか難しいみたいね。

お読みくださり、ありがとうございます。


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