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本当にそうなるつもりはなかったけど、わたしは起爆剤になる!

「商談の件についてですが。」


 バネッタ・ニスィアンの澄んだ声が馬車内に響く。


「今回の件は私の独断でしか無いので、大した利益を生むもののご提供は出来ません。けれど、家名にかけて貴女の不利益になる様な取り引きをするつもりもありません。お望みの物は何かありますか?」

「それだと何もこちらからご提示出来ない、なかなかあくどい条件の付け方ですね。」


 わたしの言葉に、バネッタがギョッと目を見開いた。「けど、そんなこと初めから分かっています。」とにっこりと笑って見せると、バネッタの表情から僅かに緊張の色が緩んだ。


「貴女から何かをいただいたり、購入していただくつもりはありません。ただ、明日学園でこれを身に付けていただければ、それで充分です。」


 ハディスに目配せすると、預けていたわたしの荷物から小箱を取り出して手渡してくれた。わたしはその箱の蓋を開けると、中身が見えるようにバネッタの前に差し出す。箱の中には鳥の純白の羽根と、透明な硬質樹脂を使用したビーズで形作った小花を合わせた髪飾りが入っている。この『ビーズ』は、スライムの粘性とトレントの繊維を合わせて作った樹脂的な繊維の調合変化の賜物で、ヘリオスの研究熱から派生した。


「これは‥‥新製品?」

試作品(プロトタイプ)です。本当なら今日、講義室で皆さんの意見が聞ければと持参していたんですが、クラス全体に影響力のある貴女が持てば更に販路が増えます。結果的にわたしには利益が舞い込みます。」

「まぁ‥‥ふふっ。いいわ、あなたも悪い人ねぇ。」

「ふふふっ。」


 2人で笑い合っていると、ハディスがげんなりとした表情で「悪徳商人みたいな会話やめて‥‥。」と呟いた。



 馬車が緩やかに速度を落とすと、目の前には円筒形の柱が均等に配置された白亜の豪華かつ重厚な建造物、王都中央神殿が現れた。以前にここへ来たのは月の昇る夜であったため、月光に照らし出された神秘的な印象だったけれど、日の高い今の時間では見上げるほどの大扉に施された女神の神話にまつわる情景のレリーフも濃い影を作り、精緻さを殊更強く出して一層近付き難い威圧感を伴っている。

 前世の『病院』の安心感ある落ち着いた雰囲気とは違い、寺社の様な日常とは隔絶された近付き難さを感じる。


「ラシン伯爵家ご令嬢の静養室へご案内いたします。個室ではありますが、女人(にょにん)のみの立ち入りとさせていただいておりますので、お付きの男性方はそちらの控えの間でお待ちください。」


 いつかの占術館で見たものと同じ紺色のローブを纏った巫女が、わたしたちを案内するために治癒院の長く白い廊下の向こうから現れ、わたしの護衛ズとバネッタの従者に傍の扉の無い待合室の様な一室を示して腕を伸ばした。

 3人は静かに指示された部屋へと入ったけど、わたしの頭の上には今だ緋色の大ネズミが乗ったままだ。ひょっとしたらメスなのかもしれないし、ここは気にしないでおこう。


「こちらです。先触れは致しましたので、どうぞ。」


 簡素な木造りの扉で閉じられた一室の前で巫女は立ち止まり、コンコンコンと軽く握った手で扉を叩く。返事は無かったけれど、巫女は構わず扉を開けた。


「アイリーシャ様、お邪魔いたします。」


 わたしの先に立って、遠慮がちに声を掛けながらバネッタが室内へと踏み入る。

 そこは、調度類の白木の淡い色合いを除いた他は、壁もシーツも床までも全てが白で統一された清廉な空間だった。アイリーシャは、虚空を見詰めるようなぼんやりとした視線のままこちらを見もせずに、ただ静かに簡素なベッドの上でシーツを脚に掛けたまま座っている。


「アイリーシャ様、しつこいと思われるかもしれませんけれど、私またお邪魔してしまいました。お許しくださいね。」


 明るく声を掛けながらバネッタがベッドに近付くが、アイリーシャは何の反応もしない。ただ、時折思い出したように瞬きする様子を見て、人形ではないと分かるような状態だ。怪訝な表情が出てしまったわたしを見た巫女が「身体は健康です。病を得ている訳ではありません。」とそっと伝えてくれる。まさかアイリーシャがこんな弱り切った自失状態だとは思っていなかったから、目の前の彼女がわたしに「やっておしまい」と暗殺者をけしかけた強気な令嬢と同一人物とはとても思えず、呆然とする。


「アイリーシャ様、見てくださいこの髪飾り。珍しいでしょう?先程頂いたばかりのバンブリア商会の新作だそうですよ。」

「バンブリ‥‥ア?」


 僅かにアイリーシャの唇が震え、呟くような声が発せられる。バネッタが顔を紅潮させ、巫女は息を呑むと慌てた様子で「治癒院長をお呼びしてきます!」と叫んで部屋から駆け出して行った。わたしは大きく息を吸うと、正面に立ったバネッタから一歩横へずれて腰に両手を当てて胸を張る。

 これまできっと何をやっても反応しなかった彼女が、わたしの名前に反応した‥‥そんなところね。なら、やるしかないわ。


「久しぶりね、アイリーシャ先輩!やっと会えた!借りを返してもらいにやってきたわよ!」

「バンブリア男爵令嬢っ!?」


突然大声を張り上げたわたしに、バネッタが目を剥いて振り返る。と、同時にアイリーシャの目の焦点が合い、バネッタの言葉を反芻する。


「――バンブリア‥‥セレネ・バンブリアっ!」


 ただ様子を見るつもりだったけど急遽計画変更!本当にそうなるつもりはなかったけど、わたしは起爆剤になる!

 アイリーシャの瞳に意志の光が宿ると同時に、いきなり睨みつけられる。けれどここで怯むわけにはいかない。


「ただの商会活動を貴女の婚約者が勝手に勘違いして暴走してくださったお陰で、わたしは殺されかけるし、ゾンビ集団や巨大ウミウシと対峙する羽目になるし、ありもしない醜聞の火消しに走り回らされて散々な目に遭わされたのよ!こんなところで呆けているんじゃないわよっ!!」


 一気に捲し立てると、アイリーシャの顔はみるみる高揚して顔を憎々しげに歪ませ、唇を戦慄かせる。


「こっっのぉ、泥棒猫!よくも私の前に堂々と姿を現せたものね!!」

お読みくださり、ありがとうございます。


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