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一体、彼女の『想い』とは何だろう?

 突然話し掛けて来たこのご令嬢(ニスィアン伯爵令嬢)の声を面と向かって聞くのはこれが初めてではないだろうかと、記憶を手繰らなければならない程の関係の希薄さだったはずだ。代わりに鉄砲玉扱いのストゥレス子爵令嬢と、ミュノー男爵令嬢のキンキン甲高い声は嫌というほどよく聞くけれど。


「ごきげんよう、ニスィアン伯爵令嬢。内容によっては、わたしも心に傷を負った身ですから、冷静にお伺いすることは出来ないかもしれませんが――どんなお話でしょうか?」


 いや、もう完璧に立ち直っている。色々ありすぎて構っていられなかったと言った方が正しいかもしれないけれど。取り敢えず、彼女の背後で何か口出ししたくてうずうずしている様子の取り巻き達を牽制するつもりで、眉を下げて心の傷を訴えてみる。ただ、夜会後に元気(暴走気味)な様子を見られたメルセンツに対し、全く姿を見ることが出来ていないラシン伯爵令嬢(アイリーシャ)の事が気掛かりだったことも確かだ。


「私、今日は学園の講義を終えた後、神殿の治癒院へ行きますの。彼女とは隣の領地の間柄ですから知らない仲でもありませんもの。」


 強い瞳でわたしを見詰めるけれど、それは敵意と言うには少し違う真摯な光が宿る。


「力を借りたいとは露ほども思っていません。けれど、着火剤くらいにはなるのではなくて?」


 力を貸せと言えばいいのに、命令するには優しすぎるし、頼むには高位貴族のプライドが邪魔をする不器用な令嬢だった様だ。まぁ、同行はむしろ渡りに船だった訳なんだけれど。と言うのも、わたしがアイリーシャを尋ねたところで会えないのは、これまでのラシン家への打診への返答で分かり切っている。だからこその双子可愛いコーデでの侵入だったのだ。それならば彼女が望みを言いやすいように――。


「わたしは商人ですから、ただでは動きませんよ?」


 柔らかく笑みを浮かべて返すと、背後の令嬢たちが色めき立つ。しかし、伝えたい相手にはちゃんと伝わったようで、ニスィアン伯爵令嬢は同じように笑みを浮かべると「では、今日の講義が終わりましたら我が家の馬車で共にまいりましょう。商談もそこで。」とさらりと告げて去って行った。

 あっけにとられながらも後に従う取り巻きたちを引き連れて、教室の最後列へと戻る後ろ姿を見送っていると、それまで黙っていたスバルがにこりと笑う。


「商談なんてなくても、受ける気だったんでしょ。」

「どうかしら?わたしは商会令嬢ですもの。取れる商談なら取りたいし。見返りがあったから受けただけよ。」

「そこは善意を強調して相手に貸しを作るのも手じゃないかな?そうすればなんちゃって貴族達への牽制材料にもなったかもしれないのに。」


 そんな頭脳労働はわたし向きじゃないわ。とため息交じりに答えると「セレネも大概不器用なんだから。」と笑われてしまった。そんなつもりはないんだけどなぁと、ぷくっと頬を膨らませると「セレネにはそんな武器もあるし、まぁこのくらいが可愛くていいのかもね。」と更にカラカラ笑われた。

 何この人、男前なんですけど。




 講義時間はあっという間に終わりとなり、ニスィアン伯爵令嬢の取り巻きの刺々(とげとげ)しい視線と、スバルの「セレネならやれる!」との根拠のない力強い応援を受けたわたしは今、ニスィアン伯爵家の馬車でバネッタ・ニスィアンと向き合って座り、アイリーシャが療養する治癒院へ向かっている。

 内装や大きさは、さすが伯爵家のものとあって豪奢ではあるけれど、車体の揺れや、座面の柔らかさなど居住性の良さは我が家の物も全く引けを取っていないと再認識したわたしは少々上機嫌だ。

 あくまでも()()だ。それは何もこの馬車や、我が家の馬車を比較しての事ではない。両肩にかかる物理的圧が大きいのだ。


「狭いわ‥‥。」


 思わず口から零れ落ちた言葉に、バネッタは僅かに目を見張る。


「驚いたわ。好きでそうしているものとばかり思っていたわ。」

「そんなわけないでしょー!」

「僕達はただの護衛なんで、空気だと思ってお気遣いなくー。」


 すし詰めな状況に似つかわしくない上品な笑顔を浮かべたハディスがしれっと会話に加わる。そう、わたしの両脇には、何故か登園風景の再現とばかりにハディスとオルフェンズが座り、再び渓谷が形成されている。どうして、人様の馬車内でこんな羞恥プレイの暴挙に出た?!と恨めしげな視線を左右に送る。


「貴方も――今回の事で随分と、肩身の狭い思いをしているのね。」


 ポツリと呟くバネッタに「文字通りね。」と云う言葉は辛うじて飲み込んだ。


「アイリーシャ様は今、王都中央神殿の治癒院にいらっしゃいます。大神殿主(だいしんでんぬし)みずから治療に当たられ、問題の魔力は全て取り除いたとのお言葉を賜りましたのに、一向に回復の兆しを見出すことが出来ないのです。」


 急に深刻な話題を振られて、慌てて表情を引き締める。

 その症状は覚えがある。王都中央神殿でのムルキャンとの戦いの後、魔力の影響を受けた王都警邏隊員から黄色い魔力を取り除いたにもかかわらず、即座に回復出来ない者が複数人存在したのだ。あの時は、ハディスの助言もあって隊員たちを鼓舞した事により、回復させることが出来た。アイリーシャも、きっかけを作った魔力を取り除いたにも拘らず自分の作り出した『想い』に縛られたままだと云うことだ。一体、彼女の『想い』とは何だろう?暗殺者を送り込んだほどだから、標的(ターゲット)のわたしを見て本当に爆発しなければ良いんだけど。


「本当に着火剤になっちゃうかもなぁー。」


 窓の外を眺めてぽつりと呟いた。

お読みくださり、ありがとうございます。


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