それよりこれはわたしのせいじゃなくって、この銀の地雷男のせいでしょ――!
学園内では、ヘリオスは一人2年棟へ向かい、わたしは3年棟へと向かう。赤・銀の眼に眩しい護衛ズは、黙してわたしの後ろに2人並んで廊下を進むが、この姿は‥‥。
危惧した通り、美男達を引き連れた姿は早速わたしを標的にする鉄砲玉令嬢の目に留まってしまったらしい。嬉々とした表情で、早足で2人の令嬢が近付いてくる。
「ごきげんよう、バンブリア男爵令嬢。使用人を学園内にまで連れ歩くなんて、なんて良いご身分でして?」
「ごきげんよう、ストゥレス子爵令嬢。皆様をお騒がせしない様、学園側からの配慮ですの。」
「まぁ、まぁ!騒ぎは周りから起こっている様なお言葉に聞こえましてよ、ねぇ皆様っ。」
「ごきげんよう、ミュノー男爵令嬢。魔力が体内飽和度を越えてしまった為、心を病んでしまった憐れな貴族が一部存在し、学園内にもこの出来事にかかる被害があったことは王家と王都中央神殿が認められたと、昨日学園からも連絡がありましたでしょう?滅多なことは仰るものではありませんわ。」
ハディスの報告を若干曲解して利用させてもらったけれど、卒業祝賀夜会での婚約破棄劇で大いに活躍した二人の伯爵家令息令嬢が、この被害者にあたることは、昨日のうちに学園からの通達により全学園生徒にも伝えられた。どんな力が働いたのか、とんでもない速さでの展開に背後に立つハディスの素性が益々恐ろしく感じられるけれど、今のところ益はあっても害はないので深くは考えないことにしておこう、と自分に言い聞かせる。
そして、正式に発表が成されたことにより、わたしの護衛を密かに行う必要は無くなったと云う訳だ。と、同時に何故か「我こそがバンブリア男爵令嬢をお護りする」と、正義感に溢れた令息が多発したらしく、今朝の早歩き登園に繋がる。
「そうだよ、セレネは被害者だって、王家や王都中央神殿が認めたも同然。しかも対策がなされたとはいえ、恐ろしい目に遭ったセレネの心理的瑕疵を慮って、信頼できる家人を付けると云う特例は学園に正式に認められているんだから、君たちに文句を言われる筋合いはないはずだよ。」
心理的瑕疵なんて、なんだかお化けでも出てきそうな言葉で元気にわたしに助け舟を出してくれたのは、うら若い乙女でありながら自身が自らの武功で騎士爵を得たスバル・エクリプスだ。今日も颯爽と一括りにした長い榛色の髪をさらりと背に流している。「おはよっ。早速めんどくさいねー!」と、溌溂と付け加えるから、正面の令嬢達の表情がさらに歪む。
「べっ‥‥別に王家や王都中央神殿のご判断に異を唱えたつもりはありませんわ。学園の配慮もさすがだと思っておりますもの。私が言いたかったのは、そのように‥‥その‥‥。」
食ってかかってきた割に、急にストゥレス子爵令嬢が、ちらちらとわたしの背後へ視線を投げ掛けて、歯切れ悪く口籠る。一体何を言いたいのだろう?と首を傾げると、オルフェンズがそっと屈んで背後から耳元に口を寄せて「そろそろ講義の始まる時間では?」とテノールのやたら良い声で囁く。オルフェンズの長い白銀の髪がわたしの首筋にぱらりと降りかかったので、鬱陶しく手で払うと、超至近距離に薄い笑みを浮かべた美形顔が飛び込んで来る。
ひゅぅっと、息をのんだのは、勿論わたし――含め、正面の令嬢たちと、スバルもだ。
「そっ‥‥そんな、はっ‥‥破廉恥なっ‥‥。」
顔だけでなく、首元までも真っ赤にしたストゥレス子爵令嬢とミュノー男爵令嬢がわなわなと震える。
破廉恥って!また言われた!?いや、それよりこれはわたしのせいじゃなくって、この銀の地雷男のせいでしょ――!
「それがただの家人だなんて認めませんことよ――!!」
廊下中に響き渡る声で叫んだ鉄砲玉令嬢2人は、途中何もないところで躓きながら、ぱたぱたと廊下を駆けて行った。その後ろ姿をしばらく呆然と眺めていると、いつも元気なスバルが珍しくもじもじした様子で口を開く。
「セレネ、親し気な彼は、その――婚約者かな?」
「「違います!」」
んん?と、声の揃ったハディスを仰ぎ見ると、何故か慌てたように視線をそらされた。けれどすぐにこちらへ向き直り「ほら、本当に時間もあまりないから、お友達と一緒に早く教室に行きなー。」と、頭をぽんぽんと撫でられた。なんだか忙しい反応だ。
「では、行って参ります。」
家人の同行は特例で認められているとは言え、学園生が受講する邪魔になってはいけないので、受講中は2人はわたしの座る扉横の席の、扉を挟んだ廊下側に控えてくれることになっている。スバルと共に教室の扉を開けると、どこからともなく大きな緋色ネズミがぽよんぽよんと丸いお尻を揺らしながら駆け寄って来て、迷わずわたしの頭の上に飛び乗った。
何を考えてこんなタイミングでやって来るかなぁー?まぁ、別に重さも感じないし、他の学園生には例によって見えていないみたいだし、慣れたし‥‥もう良いよ。
若干肩を落としながら教室へ踏み入れる。
「バンブリア男爵令嬢?お話がありましてよ。あなたが巻き込まれたラシン伯爵令嬢の事で。」
教室のボスことニスィアン伯爵令嬢が、珍しく一対一で話し掛けてきた。
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