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え?ちょっと待って、わたし消えたままなんだけど.

 慌ただしい休日は、あっという間に終わり、今日からまた学園の日々が始まる。王立貴族学園は5日通うと、2日休みの週7日がセットだ。


 城壁の見上げるばかりの巨大な門を徒歩で潜りながら、令嬢連れとは思えないスピードでさくさく進む一団を形成するのは、わたし、ヘリオス、()()のハディスとオルフェンズの4人だ。そう、物騒な男オルフェンズはわたしの狩りに付いて来た実力が家族に認められて、今やハディスに並ぶわたしの護衛として認識されている。暗殺者のはずなんだけど、って云うのは家族には言えていない。

 わたしたちの側を通り過ぎて行った馬車の一台が少し先で止まると、お互いに何の言葉も発さないまま、わたしの視界をふわりと白銀の(しゃ)が覆う。


「そこの人、今ここに麗しい桜色の髪の乙女が居なかっただろうか?」


 馬車から降りてきた令息がキョロキョロと辺りを見回しながらこちらに近付いて来る。

 オルフェンズの魔力によって存在が隠されたのはわたしだけで、目の前の令息や、道行く人々には、他の3人の姿は見えたままのはずだ。オルフェンズがそんな特異な魔力を持つことは、登園前にヘリオスには説明済みだ。驚くかと思ったら、意外に冷静で「どうしてお姉さまの周りには、こんな想像の斜め上の事ばかりが起こるのでしょうねぇ‥‥。」とため息をついただけだった。

 流石、次期バンブリア家当主は冷静で頼りがいがあるわ!


「さて?見ていませんね。乙女など、ここには僕と護衛たちが居るだけですが。君たちは誰か見たかな?」

「さあ?そんな乙女‥‥な、ご令嬢が徒歩なんてことあるの?」

「普通のご令嬢ではなく、あの方はそうなのです。」


『乙女』で少し言葉に詰まったハディスだったけれど、突然わたしの姿が見えなくなっても、平然と令息への対応をしてくれる。令息は残念そうにしながらも「私の見間違えだった様です。失礼しました。」と礼を述べて去っていった。


「お二人とも、ありがとうございます。」

「礼には及びません。愚鈍な(やから)に煩わされる桜の君の一助になれるのなら、こんな魔力(ちから)など幾らでも奮って差し上げましょう。ただ、どこかで急に悪い魔法使いの気紛れが起こらないとも限りませんが。」


 ヘリオスの礼に対し、わたしへの想いをただ告げた言葉の後半に妙な寒気を感じてオルフェンズを見ると、見えないはずのわたしとしっかり目を合わせて薄い笑みを浮かべる。

 え?ちょっと待って、わたし消えたままなんだけど。


「おい!」


 ハディスの焦った声が響くと同時に、あちこちの建物の影や、森の中から緋色のネズミ達がわらわらと湧き出てきた。ネズミ達はこちらへ勢いよく駆けつけると、見えないはずのわたし目掛けてぴょんぴょんと飛び上がり、見えないこちらに体当たりを仕掛ける。


「ちぃっ。(あるじ)に似て煩わしいネズミめ。」


 うん、物の例えではなく、ちゃんとしたネズミね。あと、ハディス様をネズミの「主」扱いするから眉を吊り上げてるわ。ヘリオスには、わたしも、緋色の小さなネズミの姿も見えていないから、キョトンとしているわね。

 ネズミ達の頑張りのお陰か、重苦しい白銀の紗が霧散して視界がクリアに戻る。


「銀の!いい加減に―――」

「オルフェ!勘違いしている様だから言っておくけど。」


 むぅ、とほほを膨らませてアイスブルーをじっと睨む。不機嫌なわたしに対して、悪い魔法使いことオルフェンズは、余裕の薄い笑み(ポーカーフェイス)だ。


「自分の魔力(ちから)を、そんな風に軽く扱わないで欲しいわ。だってそれは、オルフェの個性を活かす素晴らしいものだもの。『幾らでも』なんて、雑な扱いは勿体無さすぎるわよ。そのへん、ちゃんと分かってるのっ?」


 白銀色の魔力は、他に見たことがない。黄色い魔力と同じく、心地は最悪だけれどそれはわたし個人の感想であって、魔力が引き起こす奇跡は(たぐ)(まれ)なる素晴らしいものだ。使い方に若干の問題がある気はするけど、それはひとまず横に置いておく。

 プリプリしながらじっとアイスブルーを見詰めていると、その瞳は大きく見開かれ、何か言いたげに開きかけた口を片手で慌てて押さえると、ふいっと外方(そっぽ)を向いてしまった。


「桜の君は、私の事を――いえ、知っていますか?悪い魔法使いが現れないようにする(まじな)いを。魔法使いは、褒められることが、(こと)(ほか)――弱い様です。」


 あちらを向いたままでぼそりと呟く声は、いつもの笑いを含んだ様な余裕のあるものではなく、どことなく早口な言い回しで――。けれどわたしはその理由も分からず、こてりと首を傾げると、ヘリオスがげんなりした様に肩を落としたのが目に入った。


 それから何度か馬車から降りる令息から隠れることを繰り返し、全員の歩調がぐんぐん速くなって小走りになったかという頃、わたし達4人は、ようやく遠かった学園玄関へと辿り着いたのだった。こんな事なら今度から走って行こうかと提案したけれど「それはさすがにご令嬢としてあるまじき姿になりますからお控えください。」とのヘリオスの強めの反対にあってしまった。

お読みくださり、ありがとうございます。


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