ナニそのホラー!怖すぎるっ。
突然、周囲を覆っていた白銀の魔力がビリビリと震えて、何か別の異変が起こったらしい事実が伝わって来た。もともと、この魔力に覆われた時から車酔い状態のわたしだったけれど、更に肌にチクチクするような違和感が増したものだから堪らない。
「うぐぅ、一体何事なの!?」
吐く!と焦燥感に襲われて辺りを見回してすぐに理由が分かった。
緑濃い森の中に大量に現れた緋色のネズミが、木から木へ飛び移りながらこちらへ向かって飛び交っている。彼らがわたし達を掠める度に、白銀の魔力がビリビリと震えるのだ。
しかも、はっきりと捉えられない対象物の位置を探ろうと、周囲をムササビみたいに飛び回って、動線で網の目を張り巡らせようとしている意図を感じる。王立貴族学園側の森が、緋色のネズミ大量生息地なんて話は聞いたこともないし、学園へ通い始めて3年が経つけれど、森の中を飛び交うネズミがいるなんて話は、聞いたこともなければ、見たこともなかった。懐かれる覚えも、攻撃されるくらい嫌われる覚えもない。
魔力酔いとでも言ったらいいのか、そんな内からの具合の悪さと共に、緑の背景に飛び交うネズミの赤色といった、反対色の組み合わせが目に入るチカチカとした視覚からの刺激が重なって、足元がふらつきはじめたわたしはダウン寸前だ。
「セレネ嬢!」
その時、焦ったような声とともに、両脇の下をしっかりと大きな掌で支えられて、何かから引き抜かれた感覚をおぼえた。と、同時にオルフェンズの「残念。まぁ、でも愉しかったので良しとしますか」と云う呟きが聞こえる。
「ハディス様?」
「良かったぁ。何も、異常はない?」
白銀色の紗が無くなったクリアな視界の中で、安堵の笑みを浮かべた垂れ眼のハディス様が下から見上げている。どうやらハディス様はわたしをオルフェンズの魔力の中から大きな蕪よろしく引っこ抜いてくれたらしい。今は高い高いをされている子供の様な格好だ。
それはさておき、垂れ眼の整った顔がへにゃりと笑うのは反則だ!しかも上目遣い!なんだこの反則コンボ。
「――――っ」
「何?」
赤くなった顔を誤魔化すのは不可能だし、けれどそれを目にしながら心配気な表情で聞かれるとは、なんて拷問なんだ!それでも両手で顔を隠して、なんとか声を絞り出す。
「は……吐きます」
「えぇー……」
ほぼ収まっていた吐き気を言い訳に、ハディスから解放されたわたしはしばらくその場にしゃがみ込んで、顔の火照りが収まるのを待ったのだった。
「まったく。オルフェンズに深入りするなと僕は言ったはずなのに、なんでのんびり2人でお出掛けなんてしているのかな?しかも銀の魔力に捕まっているなんて、そのまま閉じ込められてもおかしくない状況だって気付かなかったわけじゃあないよねー?」
打って変わっていつも通りの身長差で、見下ろされる形となったハディスの視線が痛い。まぁ、なんだかちょっとまずいかなぁーとは思ったけど、ハディスがわたしを引っ張ったらすぐにオルフェンズは魔力を解いてくれたじゃない。
「オルフェは途中から付いて来ただけよ。一緒に出掛けた訳じゃないわ」
ふんす、と鼻息荒く胸を張って言う。
当人はデートなんて言ってたけど、そんな甘いものじゃなかった気がするし。とばっちりの襲撃にもあったし。そもそもわたしが暗殺者とデートする理由は無い。
「バンブリア邸で僕のすぐ後に出た時の最初から、銀の気配は君のすぐ側にずっとあったから一緒だったのかと思ってたけど……違ったの?」
あれ、ハディスが半眼でじっとりとわたしを見てくるけど、なんでそんな不審そうなの?
いやそれよりも最初から近くに居たってことは、あの魔力でこっそりわたしの側に居たってこと!?ナニそのホラー!怖すぎるっ。
まさかの事実を突き付けられて慄いていると、ハディスがころりと表情を変えて軽い感じで言葉を続ける。
「じゃあ、一人で僕の後を追い掛けて来てたんだねー」
「うん、そうね」
ふぅん、とハディスは微かに目を眇める。
「やっぱり尾行してた訳ねー。困ったご令嬢だなぁー」
「はっ!」
引っ掛けられた!
「ハディス様ずるいです!」
「大人はずるいもんだよー。僕は君たちよりずっと大人だもん、仕方ないよねー」
「ですので、赤いのは捨て置いて、私と共に行きましょう」
「「どこへ!?」」
って言うか、オルフェンズいたのね。そうね、さっきから場所も移動していないし、魔力で存在感を分かり難くしていれば隠れたり、急に現れたりは簡単よね。
今更さして驚きも湧かない自分は、ここのところ連続して現れる規格外の人間たちと出来事に随分鍛えられたものだ、と背後に立ったオルフェンズを振り返ると、途端に視界にわらわらと飛び込んでくる緋色のネズミたちが入って来る。ネズミたちはあちこちから現れてはオルフェンズに体当たりをしたり、周囲を駆けまわったりと大騒ぎの様子だけれど、ぶつかられたはずのオルフェンズの身体どころか衣服に髪の一本までもが揺れもしないところを見ると、頭の上の大ネズミと同類といったところだろうか。
「赤いの。何もする気は無いから、この鬱陶しい奴らをけしかけるのは止めろ」
ハディスは苦虫を嚙み潰したかのような表情をしながら「余計なことを」とぽつりと呟いた。
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