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何かの物語のヒロインなのでしょうかね私は……。

「殺す気はない。闇に沈む湖水に鮮やかな滴を煌めかせて、水面に彗星と見紛うばかりの軌跡を顕す姿に感動した。俺の手をとれ」


 黒装束のしっとりとしたテノールの声が、緊迫感に包まれた夜会会場に響く。


 わたしは信じられない言葉に、思わず目を剥く。

 なんだろう、黒装束の背後にきらびやかな光と花が見えるけれどときめくことなんてない。あなた殺人者。わたし被害者。けどそんな因果関係など、わたしと同じ様にギッと目を見開いている依頼者のアイリーシャしか知らない。

 けれど周囲の観客は、黒装束の歌うような心地好い声色に魅せられて恋愛劇を観ていると勘違いしているのか、ほぅとため息を漏らす。特にご令嬢たちは頬を赤らめているものまでいるけど、そんな良いモノじゃないからね!?


 拒絶の意味を込めて睨む視線に力を入れ、黒装束に向かってはっきりと宣言する。


「わたしを殺そうとしておいて、よく言えたものよね!」


「なっ!」


 メルセンツが驚いてるけど、今更?


「何だって?」「どういうことですの!?」と、令息令嬢たちは口々にさざめき合い、かすかな動揺が広がってゆく。

 黒服の男は何者かという声や、表立ってアイリーシャの名前を出さないまでも不快気な表情で彼女へチラチラと視線を遣る者まで出てくる。


 アイリーシャは、微かに眉根を寄せて不快気ではあるけれど、どこか腑に落ちない様子で黒装束を見つつ無言を貫いている。関係者全員が、きっとこの舞台がどこを目指して転がりだしたのか見えなくなってしまっているんだろう。




 ここへきて、庶民の私を捕らえることでドロンジ……アイリーシャが私を殺そうとした事をうやむやにしようとしていた衛兵たちも、躊躇したのか動きを止めている。赤髪の騎士は顎に手を遣り、目を眇めて思案の形をとった。


「セレネ!大丈夫か?」


 ふいに聞きなれた声が大きく響く。救いを求めて自然と引き寄せられた視線の先には、人垣を縫って駆け寄る父と弟の姿があった。今日は、大切な商談が重なっていた筈だったのに、厄介事の予感しかしないメルセンツからのエスコートの申し入れに(おのの)くわたしのため、随分無理をしてやって来てくれたらしい。


――良かった、お父様とヘリオスにはアイリーシャの手は及んでいなかったのね。


 ホッとして2人に注意を移したわたし同様に、会場中の注意がそちらに引き付けられていたらしい。


 誰も気付かぬ僅かの隙を突いて、黒装束が近付いていた。


 ぐい、と腕を引かれ、流れるように背後からがっちりと拘束される。


「つかまえた」


 耳もとで囁く声の艶っぽさに、思わず膝から力が抜けそうになるけど、これ違うから!抱き締められてるんじゃなくて、羽交い締めだから。

 わたしの顔は、赤くなったり青くなったり大忙しだ!

 いや、そんな場合じゃない!


 気合いを入れる意味ですうっと大きく息を吸い、そっと魔力を体内に巡らせる。


「どんな熱烈なお誘いもお断りです!わたしは入り婿になってうちのバンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる人以外には まったく 興味は ありませんっっ!!」


 その瞬間、わたしを拘束する腕からわずかな動揺が伝わり、黒装束の腕とわたしの体に隙間が出来る。


 一気に魔力を解放して、全身の筋肉に漲らせる。


 両手で黒装束の胸元と腕を掴み、片足をさばいて蹴りあげると同時に、重心をグッと落としながら前方へ放り投げる。

 しかも、怯えてしゃがんだ拍子に、偶然足が相手にかかった様に見せかける偽装付きだ!




 想像以上に派手に投げ飛ばされた男は、くるりと空中で一回転すると、着地と同時に数回背後へとんぼ返り(バク転)を繰り返し、見惚れるような優雅さでバルコニーへ着地した。さっきわたしが入ってきたオドロオドロしい雰囲気とは雲泥の差だ。憎らしいほど華麗だ。くそぅ。


 ちらりと黒装束から覗くアイスブルーの目と、わたしの視線が交差した気がした。笑みを含んだ口許が苦々しい。わずかに口許が動き、紡いでいた言葉は嘘だといってほしい。


 黒装束は、そのままバルコニーの柵を乗り越えると、あっという間に外の暗闇に姿が紛れて行方は追えなくなった。夜会に居合わせた者たちがザワザワと言葉を交わし合い、衛兵が黒装束を追って動き出す。


 わたしは呆然と立ち尽くしながら、さっきの黒装束の去り際の記憶を反芻(はんすう)する。


『 あきらめないから 』



 何かの物語のヒロインなのでしょうかね私は……。

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