ワルいおじさんは、お仕置きよっ
超巨大ウミウシは大禰宜ムルキャンを乗せてゆっくりとこちらに向けて前進し始めた。
黄色い魔力はウミウシを象ると先程よりも圧迫感を増しており、一層嫌悪感を掻き立てる。
とは言うものの、わたしとハディス以外にはムルキャンの空中浮遊にしか見えていないんだろう。何故だか分からないけれど。
―――ふと、疑問が浮かぶと、心に隙間ができた気がした。
何故、魔力の色が見える人と見えない人がいるのだろう?どうして黄色い魔力を扇で祓えるんだろう?
わたしには 分からない事だらけだ。強くは ナイ 存在だから、婚約破棄に巻き込まれ、殺されかけ、ウミウシに襲われ、ゾンビもどきに襲われ、何故か巻き込まれてしまうのは、わたしが ゲンイン?『鬱アニメのヒロイン』ナノ かも……。
「まずいっ、セレネ嬢!気を確かに持ってっ!」
「え?」
切羽詰まったハディスの声を聞いた途端、わたしはまたぞわぞわと気持ちの悪い心地しかしない黄色に包まれていた。
「ほぉ―――っほっほぉぅ。よぉっくも散々邪魔だてをしてくれたなぁ、小娘。今度こそ女神の怒りの魔力に捕らえたぞぉ!ほっほっほ」
気持ちの悪いものに包まれたのに、振り祓おうとする扇を持つ手に、なぜか力が入らない。
―――怒りの魔力かぁ、それのせいだったら ナンダカナットク かなぁ。わたし、色々 マキコマレル のは シカタナイ みたいだし。
「むっふぅ、面妖な動きで私をよくもおちょくってくれたなぁ!お前たち下々とは違う、女神に仕える絶対的存在の私との力の差を思い知るが良いぞぉぉ!」
ジャララァン
ムルキャンが魔力を乗せて投擲した錫杖が、派手な音を立ててこちらに鋭く飛んで来る。
―――力なんて ナイ ただの レイジョウ だし、当たっちゃう ベキ だよね。
危険だと分かっているのに、別の考えが浮かんで身体が、逃げるどころか錫杖へ向けて動こうとする。ハディスとヘリオスが肩や腕を引いて、落下地点から逸らそうとするけど、身体はその場に縫い付けられたように動かない。
「セレネ嬢!動いて!!」
「お姉さま!傷がついたらプレゼンに差し障ります!!」
瞬間、新作説明の場に立つも、大きな傷の出来た顔を見た顧客が顔を顰める場面がありありと脳裏に浮かぶ。
「それは困るわ!」
ガシャン
間一髪、体勢を変えて投擲の軌道から逸れたわたしの衣服のみを掠めて、錫杖が地面に突き立つ。
「あぁっ、私の制服がぁ!」
スカート部分が裂けて、太ももからのぱっくりスリットが出来上がっている。
「そんなことより!……無事でよかったです」
目元を赤くしながらヘリオスが鼻を啜る。
「だっ大丈夫よ泣かないで!わたしはこの通り全然問題ないから」
どうだ!と仁王立ちで右手の親指を立てて自分を指し示すと、何故か想像以上に周囲の視線がわたしに集まり、ハディスとヘリオスに揃ってスカートに上着を当てられてようやく自分の失態を悟った。
「大丈夫じゃないですっ!それに僕は泣いてなどいませんっ」
「さすが姉弟だねー。正直かなり焦ったけど、君の商売への情熱を改めて感じさせられたよ……。うん、セレネ嬢は、揺るがないものがあるからムルキャン程度には負けない」
よく頑張ったね、と大きな掌でポンポンと頭の上を優しく抑えながら撫でられる。褒められているんだかどうだか分からないけど、とにかく肯定されて、なんだかぽわぽわと温かい気持ちになる。
自分の単純さを実感していると、上空から「うぬぬぬぬ……」と自己主張の強い唸り声が聞こえて来た。
「あいつは、ちょっとやりすぎだよねー」
軽く雑談をするような調子で呟きながら、ハディスが地面に突き立っている錫杖を掴むと、腕に朱色の魔力を纏わせて上空めがけて投擲する。錫杖は、先程上空から放たれた勢いを格段に上回るスピードで、驚愕に目を見張ったムルキャンの頬を掠めて更に向こうへ跳んで行く。しばらくしたところで、ガシャンと派手な音がして、占術館の屋根に突き立ったのが見えた。
「ほぉぁっ!おまっ……え?まさか」
頬に赤い擦り傷をつくったムルキャンが、錆びついた様な歪な動きで投擲元へと首を向ける。目が合ったらしいハディスが柔らかな貴族の笑みを浮かべてそっと手を振ると、ムルキャンは慌てた様子で視線を反らす。
と、突然超巨大ウミウシが門の外へ向かって凄まじいスピードで進み出した。
「待ちなさいよ!」
反射的に追おうとするが、2人分の上着を押し当ててくるヘリオスに留められる形で動けない。と言うか、動く訳にはいかなかったことを思い出した。このままの恰好だとヘリオスから動く許可は得られないだろうけど、幸いにして今日は学園があり、部活動もあった。
2人分の上着を腰回りに不格好に巻き付けたわたしは、学園から占術館へ移動する時に乗ってきた我が家の馬車へ飛び込んだ。
そして大急ぎで着替えた。ちょっとハードボイルドな魔法少女風運動着に!
「待ちなさい!黄色い魔力を撒き散らすワルいおじさんは、お仕置きよっ」
上空には月が昇り始めていた。
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