上司のあなたがそうだったんなら納得の失礼さよね!
不安感を煽り立てるように、殊更『女神の怒り』『女神に仇なす』などといった不穏な言葉ばかりを選ぶ大禰宜ムルキャンは、更に大声で警邏隊に追い打ちをかけるように言葉を連ねる。
「女神様の怒りがこの館に満ちて行くのを感じますぞぉ!我々に仇なし、冒涜する者を滅殺せんとする女神様の憤激が、帝に恨まれた不条理への憎しみを伴って巨大に膨れ上がるのを感じまずぞぉぉ!ほっほっほぉ!」
完全に敵認定されて、ムルキャンから睨みつけられ、怨嗟を繰り返しぶつけられる警邏隊員たちの中には、顔色を悪くして怯み始める者も出始めた。隊長は忌々し気に顔を歪ませているが、引く気はないようで、不安げな部下を一喝している。
わたしとハディスはこのパフォーマンスをどこか冷めた目で見つつ、一層強くなり始めた光の出所に視線を向けると、なんと本当にムルキャンの言う通り黄色い魔力が『巨大に膨れ上がり』始めているのか、細い廊下から黄色い半透明なゲル状の何かがムニュリと押し出されたように出て来た。
「隊長!水の探索に向かっていた者達です!」
警邏隊員の切羽詰まった叫び声にに釣られるように見た廊下の中程には、3人の警邏隊員が力なくふわふわと漂い、黄色いアメーバーの核みたいになっている。
けどそれはわたしとハディスには、そう見えるだけで―――。
「何だ?あの隊員たちは空中浮遊なんて高度な魔術が使えたのか!?」
うん。黄色いのが見えないとそうなるよねー。
「ハディス様。見えていますか?黄色い膿みたいなムニュムニュ」
「……うーん?多分同じものは見えていると思うけど、もっと他に何かなかったのー?仮にも大神殿主の魔力だよー」
「何でもいいですよ。気持ち悪いんですもん。どう表現しても良さげなものに例えられる気がしません」
あはは……と乾いた笑いを漏らすハディスと、一層強くなった嫌悪感に腕を擦るわたし、そして警邏隊員が宙を漂う廊下を見比べたヘリオスが、ごくりと唾を飲み込む。
「お姉さまたちには、あの辺りに色がある様に見えるのですね?」
「うん。毒々しいから絶対触っちゃダメなやつね!」
むふん、と自信満々に答えると、途端にヘリオスはへにゃりと眉を下げる。
「では、あそこに浮いている警邏隊員さんたちは大丈夫なのでしょうか?危険なのではないですか!?」
あぁ、こんな窮地に遭って他人の心配の出来る我が弟、天使!
「でしたら警邏隊に協力を求めた僕たちが、ただ見ているわけには参りません!僕、助けに行きます!」
「「ちょっと待ったぁ――?!」」
飛び出そうとしたヘリオスの肩を掴んだハディスと、正面に大の字で立ち塞がったわたしに、期せずホール中の視線が集まる。いや、わたしのこの格好は、あまり目立ちたい姿じゃないんだけど。
「またあなたなの!?さっきも、訳のわからないところで意味の分からないことをして、私達の邪魔をして、一体何のつもりよ!」
占い師の女が憎々しげに振り返って睨みつけたのは、わたしだ。目の前で平伏したうちの一人がわたしを見たことにより、自然とその正面にいたムルキャンの注意もわたしに向けられる。
「ほぅほぅ?その小娘は、我らが女神に仕える者の邪魔をしたと?ほぉーぅ?身の程知らずな。ではまず小娘、お前からだ!女神に仇なす不埒者め、矮小なるお前に偉大で清廉たる女神の怒りの鉄槌が振り下ろされよう!女神の無慈悲なる沙汰を、恐れ、怯えながら粛々と受け入れるが良い!!」
ジャランと、耳障りな音を立てた錫杖がわたしに向けられる。
えぇ――またこの展開?ナントカの一つ覚えじゃなし、いい加減にしてよね!
「セレネ嬢!気を付けろっ」
ヘリオスの影から切羽詰まった声がする。
と、頭の上から冷水ならぬ、黄色スライムを大量にぶっかけられた様に、心地悪い粘着質な黄色いモノが降り落ちてくる。
いやぁぁぁ―――――ぁぁっ!!気持ち悪い!なんてことしてくれんの!?
咄嗟に払い除けようと、心の戦友である扇を開いて、がむしゃらに振り回す。扇はわたしの思いに答えたのか、また放電の様なバチバチと云う音を立て始め、触れる先から纏わりつく黄色い魔力を剥ぎ取ってくれる。
思う様、扇を振り回し、ようやく全身を覆っていた嫌悪感が無くなる頃には、わたしも大分体力を消耗したのか、肩で息をするまでになってしまった。
「お……恐ろしい……」
警邏隊員が、奇異を見る目でひと息ついたわたしを見ている。
「お姉……さま?っお姉さま!?しっかりしてください!!」
半泣きのヘリオスに両腕を掴まれて、ガクガク揺さぶられる。
これはもしや……扇で祓おうとしたのを、気が触れて踊り始めたとか思われた……!?だとしたら、そんなセンス皆無の踊りをする奴だと思われた衝撃にちょっぴり泣きそうだわ。
「ほっほっほぉ!女神様に楯突いた者の末路を、しっかりとお前達の鈍才な頭に刻み付けるが良い!ほぉ―――――っほぉっほぉっ」
錫杖でわたしを示したまま、高笑いを繰り返すムルキャン。さすがに占い師と案内役の男は懐疑的な視線をこちらにチラチラ向けるけど、上司がこの状態では何も言えまい。
「さぁ、さぁさぁ!女神様のご意志を蔑ろにする慮外者どもよ!この愚かな娘と同じく、無惨な末路を辿り、私達に楯突いた自分の愚かさを地の底で悔いるが良い!」
「無惨で悪かったわね!!」
ガシャ―――ン
閉じた扇をフルスイングして、ムルキャンの錫杖を跳ね飛ばす。
「さっきから、あなたたちはわたしのことを、そんな棒で指してっ!部下も大概無礼だったけど、上司のあなたがそうだったんなら納得の失礼さよね!」
「「そこ―――っ!?」」
ヘリオスとハディスの声が揃い、愕然とした表情のムルキャンと、目を剥いた警邏隊が絶句して静まり返った玄関ホールに、錫杖がカラカラと甲高い音を立てて入り口から外へ転がり出て行く音だけが響いた。
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