別に嫌な訳でもないしねっ。
黒塗りの馬車は、高貴な一部の人間しか使用できない乗り物。それを使用する相手に警邏隊員程度では強制力が足りなかったのだろう。
開け放った大扉のすぐ向こうまで、馬車は進入して止まった。拘束された禰宜達のと同じ、白いローブ姿の男が馭者席から降りると、馬車の扉に手をかけた。
「お前達の無礼もここまでよ。大禰宜がお見えになったわ」
勝ち誇った笑みを浮かべる占い師の女と、案内役の男は、馬車に向かって平伏する。
気のせいか、女の纏う黄色が濃くなっている気がするし、占術館の奥から漏れて来る黄色い光のせいか、さっきから気持ちの悪いゾワゾワが止まらない。
さっきまでハディスと共に話していた隊長が、部下を数人引き連れて馬車へ向かう。
「厄介な奴が来たなぁー」
面倒臭そうに微かに溜め息をついたハディスは、馬車の主に見当が付いているみたいだ。
「お知り合いですか?大禰宜って云うと、神官よりも格上の禰宜達の更に上の人ですよね。けど、トップでもないし、中間管理職みたいな立場の人かしら……?」
最後は独り言だったはずなのに、ハディスはブハッと吹き出し、ヘリオスには胡乱な目を向けられ、平伏していたはずの2人は揃ってきつめの視線を向けてくる。
「見知ってはいるけど、知り合いと言える相手ではないかなー。あと、神官達と違って、自ら癒しの魔力を使ったり、祭祀を行うのが禰宜、そしてそれを束ねるのが大禰宜だよ。その上が神殿司、そしてトップの神殿主だね。まぁ、君の言う中間管理職も誤りではないねー」
よしよしと頭をポンポンされる。
くっ……なんだか屈辱だわ。けど神頼みよりも実利主義だから神殿のお世話になったことが無いし、興味もなかったからね。言い訳もできないし、今回はこのおこちゃま扱いも享受しよう。別に嫌な訳でもないしねっ。
何だか一人で悶々としていると、いつの間にか隊長たちの静止をものともせず、ひと際豪奢な金の刺繡がふんだんに使われた白いローブに、目に痛い程の鮮やかな黄色のマントを左肩に引っ掛けた、グレーの髪の父程の年齢かと思われる男が、2人の禰宜と見られる男を伴って、入り口から強引に侵入して来た。
男は肩よりも少し長いグレーの髪を左手でばさりと背後へ払いつつ、右手に持った錫杖を音高く玄関ホールの床に突き立てる。石の床に打ち付けられた錫杖の柄が、ホール中に響く金属の甲高い音を鳴らして、一瞬で周囲の視線を集めてしまった。
「ほぉぉ~お?有象無象が集っているかと思えば、これは何の騒ぎだ!何故女神の使徒たる私の、何の罪もない配下たちが不条理な仕打ちを受けている!?」
平伏していた占い師達が低い姿勢のまま男の前まで素早く歩み寄る。
「大禰宜 ムルキャン様!どうか我々にお力を。この慮外者共が大禰宜の御作りになった救済の場を踏みにじる真似をっ……どうかお力をっ!」
「ほぅ、ほぅ?女神のご加護を頂く我らに仇なすと?」
ばさり、と大袈裟にまた髪を払って大仰にホール内を見渡す大禰宜ムルキャンは、王都警邏隊 隊長に目を留めぎろりと睨みつける。
「何の咎もない訳では御座いません。我らは確固たる調査で得た証拠を元に、違法な売買を商う者を検挙しに来たのです!貴方が何と言われようと、こちらには証拠と証言が揃っているのです。貴方様の部下たちが勝手に行ったこと故、知ってはおられ無いやもしれませんが、ここはお引きになっていただけませんか?それとも、貴方様からも何か情報が頂けるのでしょうか?」
隊長は下出にでているけれど、大禰宜に対しては一歩も引かない構えを見せる。
「ふんむっ……番犬風情が目障りな。この場から引くのはお前たちだ。女神のお怒りに触れたくなくば即刻立ち去るがよい!」
ジャラン
と、耳障りな音を立ててムルキャンが錫杖を振ると、占術館の奥から漏れて来ていた黄色い魔力が呼応したのか、今までじわじわとくる気持ち悪さだったものが、大きな気持ちの悪い圧となって押し寄せて来る感じに変わった。
いや、感覚だけじゃない、実際遠くに見えていた黄色い光が強くなって来る。
「近付いて来てる!?」
「神殿に仕える禰宜よりも上の者は、殆どが魔力を使えるんだ。多分、忌々しいけど、間違いなくあいつがあの黄色を呼び寄せてるなぁ」
「何を仰っているんてすか?お姉さまたちは」
参ったなぁと、わざとらしく鼻の頭に皺を寄せるハディスに、ヘリオスが不安気に周囲を見渡してオロオロと瞳を揺らす。
まあ、見えないのも不安だよね。かわいい弟を怖がらせるなんで許すまじ!
「大丈夫よ!お姉さまが何とかするわ!きっと出来ちゃうから、ヘリオスはどんと構えていれば良いのよっ」
「いえ、そっちの方が心配です」
秒で返された。なんでさ。
けど、不安感は和らいだみたいで、いつもの落ち着いたヘリオスの表情に戻っている。
そんな他愛の無い話をしている間にも光は強くなってくる。そして同じく魔力を感じ取っているのか、ムルキャンは錫杖を真上に振り上げ、それに付き添う禰宜2人は大きな物を抱えようとするように両腕を前に伸ばす。
「ほっほっほぉ!女神様の大いなる怒りを感じますぞぉ。さぁ、我らが領域に土足で踏み込んだ犬達よ、逃げ出すなら今のうちぞ!それ、女神様のお怒りはすぐそこまで来ておるぞ?さぁさぁ!」
怒気と嘲笑の混じった醜悪な表情の大禰宜が、更に大声で警邏隊へ向けて捲し立てた。
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