いや、ほんと男の子(?)って意味わからん。
バンブリア邸に戻ったわたしたちは、それぞれの自室へ一端戻った。
けれど、双子かわいい衣装を脱ぐ時間ももどかしく、かつらだけを外したわたしは、あたたかな日差しが降り注ぎ、爽やかな風の吹き抜けるの春の花が咲き乱れる庭で、日傘を差してきょろきょろと周囲を見回している。
「オルフェ―?どこにいるのかなー?」
ふむ……返事が無い。
やっぱ、やましいことをする人だったら、明るいお日様の下には出て来辛いものなのかしら?
低木の影を屈んで覗き込み、呼びかける。
「オールーフェー?」
「猫でも探しているのかな?」
いえ暗殺者です。けどたしかに、ここから返事をされても怖い。
しっかり着替えていつもの衛士服になっているハディスが、にこにこ貼り付けた笑顔で現れる。
「着替えで部屋に戻ったはずなのに、外から声がするからまさかと思ったら、本当にいるなんてねー。しかも探しているのがオルフェンズ?ここで会える当てがあるのかな」
そう言われても、いつも気付いたら近くにいるから連絡を取るのに苦労したことはなかったのよね。改めて会おうとしたら使用人でもないわけだし、いつどこにいるのか全く見当もつかない。
オルフェの仕事を考えれば、まさしく今、人殺ししていてもおかしくないはずなんだけど、改めてそう考えるとぞっとするな……。せめて、わたしの近くに居るつもりなら、その間は暗殺禁止としておけば良かった。怖すぎる。
「その笑顔は感情が読めなさ過ぎて怖いんですけど……。そんな貴族らしいハディス様は、『蓬萊の珠の枝』をご存じですか?」
「女神の神器の?有名だよね。どうして急にそんな話を?」
あの夜会の時「やっておしまい」で現れたのがオルフェンズだった。
つまり、アイリーシャが雇ったのはオルフェンズ。そして、暗殺者や祈祷師のための資金を賄うためにアイリーシャは『珠の枝』を持ち出した……と、ラシン夫人は言っていた。
「やっておしまい・と」
「はい、金のをですか?」
何の気配もなく、薄い笑顔を浮かべて腰までの白銀の髪をふわりと揺らした男が傍に現れる。
「それともそこの赤いのをですか?」
「やめて、君に狙われたくないから」
ガキンと硬い音が響き、ハディスの首元に突き付けられた短剣が、鞘から半分抜いた長剣の刃の面で受け止められている。長剣の鋼が、短剣の切っ先に押されキリキリ音を立てる。
「危ないでしょ!」
言いながら閉じた日傘を振りかぶって、短剣と長剣の交差した箇所を一撃する。もちろん魔力を込めて。思った通り押し合っていた箇所に別方向からの力が加わったことで、2本の剣はあっさりと軌道を反らした。
「怪我したらどうするんだ!」
なぜか仲裁したはずのわたしがハディスに怒られた。オルフェンズは唖然とした様に一瞬目を見開いたけれど、その後はいつも通り口角だけを微かに釣り上げる。どんな反応よ?
取り敢えず聞きたかったことを聞かなきゃ!
「オルフェ様、ちょっとお伺いしたいんですけど」
「オルフェで構いませんよ。先程、私を呼んでいた時も、オルフィーリアの時も敬称など無かったでしょう?私で良ければ、なんなりとお申し付けください」
「では、オルフェ……。あなた祈祷師なんてやってたりする?」
ハディスが小さく息を吞むが、オルフェンズの表情は変わらない。
『珠の枝』は、アイリーシャが祈祷師と暗殺者を雇うために持ち出したとラシン夫人は言っていた。2つの異なる役割の者を、稀有な物で――それこそ、神器であるなら売り払うこともままならないはずだ――雇おうとするのは無理があるのではないか?と考えた時、その2役が同一人物であるなら説明がつきやすい。
「まだありませんね。吟遊詩人となら呼ばれてはいますが」
なんだろう……暗殺者なのに吟遊詩人って呼ばれてるって。
「眩き桜花が輝く様への遭逢が叶うのならば、何にでもこの身を変じる事は厭いませんよ」
こう云うことかー!納得。けど、だとするとまた疑問が浮かぶ。
「じゃあ、アイリーシャから『珠の枝』を報酬として受け取ったりした?」
その言葉に、うっとりと細められたアイスブルーの瞳に得も言われぬ色香が漂う。けれど嫌な予感も同時に漂う。
「受け取っていませんね。報酬など、どうでもよかったのですよ。ただ、興味深く姿を追っていたうちの一人への邂逅の機会を貰い受けだけのこと。今までも心惹かれた者のその生命の輝きを、ただ一人この掌中で砕き、崩し収めて来ました。それなのに、朽ち果てる様ではなく花綻ぶ姿を追いたいなどと――俺は今、生まれて初めての理解しがたい感情に襲われている」
「オルフェンズは、気に入った者の生命を奪うことで充足感、高揚感を得てきた困った男だ。君は、あまり深入りしないほうがいいよ」
「いや、あなた達が勝手に付いて来ているんでしょ!?」
ここ大事!わたしの心からの叫びを、赤と白銀の2人は是非聞いてほしいな!
「わたしは静かにバンブリア商会発展に尽くしたいだけなんですからね!安全な商会活動のためにも、『占いと、薄黄色い魔力を使う祈祷師』と、ちゃんと話をつけたいのよ!」
ふんすっ!と鼻息荒く言い切ると、ハディスは眉間に皺を寄せて不味いものでも食べたような表情に。逆にオルフェンズは静かに、口許を緩ませて笑みの形をとる。
「まさかまだ首を突っ込もうとしてるわけー?もぅ、嫌だー」
「桜花は禍つ光に飛び込み、更なる光彩を獲ることを欲しますか。やはり見込んだ通りのあなたです」
けなされて、褒められた。
「好きで突っ込んでる訳じゃないですからね。婚約破棄やら暗殺やら、わたしは巻き込まれているから、その火の粉を払いたいだけですよっ?わたしの近くにいるならきっと巻き込みますから、悪いことは言いません、離れることをお勧めします!」
きっぱり言い切ったつもりなのに、なぜか2人からはさっきと同じ表情が返ってきただけだった。解せぬ……。
「だそうですよ?赤いの」
「君こそ」
ガキン
そしてまた始まる剣戟の音。
いや、ほんと男の子(?)って意味わからん。取り敢えず、放っておくのも危険なので、剣がクロスする瞬間にその間に日傘を差し入れて、ぽんっと開いたら、2人とも目を丸くして飛び退いて戦闘体勢は解けたみたい。
うん、2人とも怪我がなくて良かった。
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