表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/385

嬉しそう!?けどダメだからねー!

「セレネ嬢!私と婚約してくれ」


 四季咲きのバラが咲き誇る、午後の暖かな日差しが降り注ぐ庭園で、肩口までの淡い金髪を揺らして、貴族のご令息がわたしの前に片膝をつき、真っ赤なバラを一輪差し出した。


「君と私は月の女神が手繰(たぐ)る運命の糸で結ばれているんだ!私の信頼する祈祷師(きとうし)も言っていた、君こそが運命を切り開く(かぎ)だと!」

「まぁ……ステキナ余興デスネ。わたくしにまで、その様にお声掛けくださるなんて、ありがとうございます」


 すかさず言って、おほほと笑いながら(きびす)を返す。バラ?ご子息本人の胸ポケットに入ったネッカチーフにくるんで、ポケットに戻して差し上げたわ。そのうち、その祈祷師に壺でも買わされるんじゃないの?

 愚行をさらした令息の醜聞を、最小限に留める、弱小貴族家の接待対応をしながら、小さく溜め息をつく。


 今日は父テラス・バンブリアと共に、わが商会服飾部門のお得意様であるフォーレン侯爵家で開催されているお茶会出席と云う名のプレゼン訪問だ。


「なかなか楽しい演し物(だしもの)だったね?さっきのはヴェンツ伯爵ご子息かな?」

「えぇ、お父様。本当に場を和ませてくださる愉快な方ですわね」


 2人で口角をつり上げるだけの笑顔を交わし会う。

 まさかここでメルセンツ様に会うとは思いも依らなかった。今回のホストのフォーレン侯爵夫人が、卒業祝賀夜会の噂でも聞いてセッティングしたのだろうか……わからん。


「さあさ、皆さま折角バンブリア男爵自ら、お忙しい中、時間をとってお運びくださったのですから、是非最新のファッションについてお伺いいたしましょう!」


 場の空気を変えるように、フォーレン侯爵夫人が明るい声をあげ、わたしの商品紹介の場が整えられる。よし、気持ち切り替えて行こー!

 まず、わたしの着ているドレス。そう、こう云ったお呼ばれの場では、わたし自身がモデルとなって、新商品のお披露目をする。バンブリア商会は、既製品(オートクチュール)のラインナップを豊富に取り揃え、そこに家格に応じたアレンジを加えていく。わたしが今回纏うのはシンプル寄りだけれども、清楚な甘さを加えたアレンジ。

 次いで、豪奢にアレンジした同じスタイルのドレスを紹介する。今回の目玉、大人のお姐様タイプだ。

 オプションの多様性を皆さまにとくと堪能していただこう!


「オルフィーリア!こちらへ!」


 右腕を大きく振って、腕全体で(そば)のバラのアーチを示す。今回のわたしのプレゼンの秘策だ。

 わたしの動きに参加者たちの視線が誘導されて、アーチの奥から颯爽と進み出る人物の姿に、会場の注目が集まる。


 と、そこには長身でスラリとした銀髪の凄絶な美女が、真っ赤なルージュに彩られた唇に笑みを乗せ、長身の中折れハットを目深に被った紳士にエスコートされて現れた。


 おぉ……と言うどよめきに、ほぅ……とため息が混ざる。


 重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)と、わたしはホクホク顔で、帽子で頑なに顔を隠している紳士を間に挟み、美女の反対側に立った。


「基本は同じでも、ご相談に応じてここまで多様な バリエーション展開をご提案できます!着る人のスタイルや顔立ちを生かし、あなた様らしさを活かしたアレンジをお任せください!」


 どのご婦人も興味津々、百聞は一見に如かず作戦大成功だ!

 しかしメルセンツだけは相変わらす熱っぽい視線を、わたしにチラチラ送ってくる。


「あの坊やも懲りないねー。ちゃんとモノが考えられているのかな?」

「目障りな金の塵芥(ちりあくた)など、灰燼(かいじん)に帰することは容易いですよ?」


 わたしの隣から殆ど口を動かさずに発せられた2人分の言葉に、営業スマイルが崩れそうになる。


「いや、ダメだからそれ!」


 今回の演出は、勿論わたしの商売のためなのだけれど、もうひとつはこの男、オルフェンズのためだ。宣言通り、屋外だろうが居室だろうが、いつの間にか現れるようになった暗殺者は、仕事柄か足音ひとつ立てず、いつの間にか真後ろや、部屋の隅に立っていて、正直心臓に悪すぎる!なので、モデルの仕事を依頼して、気付かないうちに(そば)に居られる怖い状況を減らしたのだ。

 一石二鳥!


 ちなみに帽子男の方は、ハディスだ。

 今回の茶会出席とオルフェンズ同行に最後まで頑なに反対していたが、彼が変装の上、共に出演することで、話がついた。


「全く、君信じられないことするよねー」

「どこかおかしいですか?帽子で折角のお顔が隠れちゃったのは残念ですけど、丁度見目美しい人材(あなたたち)が揃ったんですよ。これを活用しない手はないでしょう!適材適所ですよ」

「まぁ、君ってそういう子だよねー。薄々気付いてたよ」



 帽子で隠れているが、おそらく遠い眼をしてハディスが呟く。

 ぼそぼそと2人で会話していると、いつの間にか父がご婦人方に囲まれていた。


「なんて美しいモデル達でしょう」

「あの2人はどこの家の者ですの?」

「男爵家にはもったいない者ですわ、是非我が家へ雇い入れたいのですけど」


 おやぁ~?父に近付いているご婦人たちが、何だか不穏な事を話し出しましたねぇ。話しているのは何れもうちより家格が上の方々だ。

 あとは、年若いご令息達の中にオルフィーリアへ熱っぽい視線を送っている者が何人か居る。


 ヘリオスが難色を示したのは、こんな事態を危惧していたからなのだけど、言った通りになった。

 上級貴族に囲まれて、けれど顔色ひとつ変えない父は、わたしが見ているのに気付いて、パチンとウインクを返し、おもむろに口を開いた。


「今回、娘たっての依頼で快くモデルを引き受けてくれたお二方には、今後も永くお付き合い願いたいと思っているのですよ。人との関わりは、信頼の積み重ね。わが商会はモデル始め従業員一同、掛け替えのない財産だと思っているのですよ」


 取り囲んだ貴族たちに笑顔で堂々といい放つ。


「そして、わが商会が扱うのは商品と信用。大切な商会の者達が開発した、自信作のみです。人の身を売り買いするような商売は、この先もするつもりは御座いませんし、それを望む方とのお付き合いを続けるつもりも御座いません」


 父は商売に誇りを持っている。貴族との取り引きの便宜のために男爵位は得たが、それい以上の権力への欲はない、尊敬する商売人だ。爵位や権力を盾に、無理な取引を望まれれば、あっさりとこの国を捨てるだろう。バンブリア商会には、この世界ならきっとどこへ行ってもやって行ける技術力と商品力がある。さすがお父様、カッコいい!


 父の雄姿に惚れ惚れしていたのがまずかったのか、いつの間にか目の前にやって来ていた3人のご令息が、眉を吊り上げてわたしを睨みつけている。


「おい、いつまで俺を無視しているんだ!」

「バンブリアの娘、いつまでもそのご令嬢を拘束するな!おれ達の話がある」

「そこのお前!名は何と言う?」


 偉そうだけどナンパ?しかもわたしじゃなくて、まさかのオルフェ―リアを……。

 ちらりとオルフェンズがわたしを窺う。

 ―――灰燼に帰しても良いですか?

 と、言外の声が聞こえて来たよ!?もちろん駄目だよー。


「お前だ!お前。返事もできないのか?」


 令息の一人がオルフェンズの腕に手を伸ばすのが見えたけど、もちろん掴ませたりしない。その手をばしりと扇で叩き落とす。


「わたしのための仕事を担ってくれる、大切な子達ですよ?無体な真似はわたしが全力をもって阻止しますからね」

「生意気な……」


 さらに顔を赤くした令息が、はくはくと口を動かすと、大きく右腕を振りかぶって来た。パンチか!?と迎撃態勢……ではなく、令嬢らしく「きゃー」とでも叫んで避けようかと思っていたのに、飛んで来たのは手袋だった。拍子抜けして唖然と目を見開くと、急に視界に背中が飛び込んでくる。


「危ない!セレネ嬢!」


 メルセンツが、両腕を広げて手袋の前に飛び出した。

 わたしとハディス、オルフェンズは静かにそれを見守る。

 ぺちり

 と、頼りない音を立ててメルセンツの肩に当たった手袋は、静かに地面に落ちた。


「か弱い女性に、この様な真似をするなど、男の風上にも置けぬ!何を考えている」


 ほあぁ~メルセンツが漢気(おとこぎ)を見せたよ!けど手袋の勢い弱っ!

 なんとなく締まらない状況に困惑していると、銀髪をふわりと揺らして前へ進み出たオルフェンズが、流れるような動作で手袋を拾い上げ、薄い笑みを浮かべて令息たちを見遣った。


「誰との決闘をお望みかしら?」


 オルフェンズ嬉しそう!?けどダメだからねー!

お読みくださり、ありがとうございます。


よろしければ、ページ下部の☆☆☆☆☆にチェックを入れて、評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ