アルパの惨劇
今から1000万年前の事、天空神オロンが異世界から転生し、世界が創造された。
広大な大地と果てしなき海原、木々が生い茂る森、雄大な大河、そびえ立つ山々。
この美しい世界を創造された天空神オロンが再び異世界に転生されてから900万年もの時が過ぎ去った。
天空神オロンはこの世に生きる人々の永遠の信仰となっていた。
大陸の横にあるクルール諸島。南北に数十の島が連なり、二番目に大きい島なサラバル島である。
気候は一年のうち温暖で、主に漁業とサトウキビとパイナップルの栽培で有名。
アルパは島内の北にある最大の漁港で人口1000人ほど。丘の上にあるオロン神殿から見下ろす様に煉瓦の美しい街並みが広がっていた。
「神殿に住民は避難しろ」
と大人達が慌ただく叫ぶ。
クルール諸島に最近進出してきた小海賊がアルパに向かっていると報告があり。街の人々は丘の上にある神殿に避難しようとしていた。
「母さん、父さんは大丈夫だよね」
心配そうな顔で聞くデルピ。
「何を言ってるの。あの人は大丈夫よ。こんな小海賊なんてお父さん達の力ならすぐ撃退するわ」
デルピとその母シリーヌも丘の上にあるオロン神殿の中の片隅に座っていた。
港からかすかに4隻の普通の大きさの海賊船が近づいくるのが見えた。
「今回はアレさえ貰ってしまえばいいんだ。他はどうでもいいからな」
海賊の船長バーラは海賊達に慌ただししく話す、
「金も、食料も、女もいらねぇ。アレさえあれば俺達は大富豪になれるんだからな。縦陣を組め」
港にはアルパの男達100人が武装して海賊の襲撃に備えて準備をしていた。
「テレル、久しぶりだが。身体なまってねぇか」
「大丈夫に決まってるだろ。こんな小海賊なんて俺達の餌食になるだけだ。」とデルピの父テレルは自信ありげに話す。
「まあ今回は俺達が戦うまでもねぇかもな。なんせうちにらすごい大砲があるから」
数年前にもアルパに海賊の襲撃があり、その時は海賊の上陸を許したが、テレルらの必死の戦闘で撃退。その後、海賊の襲撃に備えてアルパの港の周りには、最新式の射程が長い大砲を数十門設置していた。
四隻の海賊船は縦陣を組んで、大砲の射程内に入ってきた。
「打てぇー」
数十門の大砲が火を吹く。縦陣の前を進んでいた海賊船に多数が命中した。船体が粉々にあり、沈没していく海賊船。
「この程度の奴らかよ。今回は戦闘にもならないかもな」と港の誰かが言い、周辺で笑い声が起きる。
「なんで縦陣で奴らは侵入してきてんだ。しかも全くこちらに砲撃してこねぇ」
テレルは不可解な行動に違和感を感じていた。
「船長、やつらの大砲の射程が思ったより長ぇ。このままだと四隻やられちまう」
「仕方ねぇな。おい、皿を使うぞ。焦る必要なねぇんだ」
パーラがニヤリと海賊に指示すると、縦陣を崩して一隻の海賊船が横に移動していく。
数人の海賊達が、船尾に置かれていた巨大な皿を持ち上げようとする。
「あれが海賊の本船だ打てぇ」
その時だ、巨大な皿が船頭から港の方に向けられる。
「なんだあのデカい皿は」
港の人々が何事かとその皿を一斉に見た瞬間。
「なんだ、これ・・、動かねぇ」
港の人々の身体がいきなり動かなくなってしまう。
「フッフッフッ。奴等まんまとハマりやがった」
バーラは高笑いをして、港に悠々と海賊船は近づいていく。
テレルらは必死に叫ぼうとするが、声も出ない。
港で全く動けなくなった100人。それを尻目に堂々と海賊船は港に横付けした。150人くらいの海賊達が続々と上陸してくる。
「お前らアレを見つけたら手筈通りにするんだぞ」
そう指示され、辺りを詮索しはじめる海賊達。
「建物は藻抜けの殻だ。後の奴らはどこかに避難してるようだ」
身動きが取れなくなっているテレルに、緑に光る石を持った海賊が近づいてくる。
「くそ。動かねぇ。デルピ・・、シリーヌ・・」
「こいつらアレなようだな」
石を持った海賊がそう話すと、テレルはその瞬間に意識を失い、その場に倒れてしまった。
意識がなくなったテレルを縄で縛り上げられた。
「船に運び込め」
テレルは数人の海賊に抱えられ海賊船に運びこまれていく。
同じように、他にも数十人が海賊船に運ばれていく。
「船長、どうやら丘の上にある神殿に後の奴らは避難してるようです」
「神殿の奴等は無視しろ。十分な収穫だ。欲張る必要もねぇ」
「船長、女の一人、二人くらいならいい・・・」
剣を抜いてその海賊の首をはねるバーラ。
「逆らう奴はどうなるか、忘れんじゃねぇぞ」
バーラがそう一喝すると、海賊達は怯えた表情をする。
「あとの奴らは皆殺しにしろ。港でこれを見た奴は一人残らず殺せ」
海賊達は次々に剣で人々を殺害していくが、身動きが取れなくなった人々は無惨にも抵抗すら出来ない。
「これも指示だ。お前に恨みがあるわけでもねぇが悪いな」
涙すら流せない男にそう言うと、海賊は剣で急所を刺す。
辺り一面、港は血と死体で地獄絵図となった。
その姿をしっかり確認する様に辺りを見回したバーラは、ゆっくりと船に乗船していく。
「アレも手に入れたし、大成功だ。出航だ」
三隻の海賊船は帆を上げて、港から堂々錨をあげて出港する。
「クルール諸島もおさらばだ。少し長旅になるが、丘に上がった時は褒美は惜しまねぇ」
バーラの言葉に海賊は歓声をあげた。
「これで俺達は一生遊んで暮らせるんだ」
海賊の中には内心、この船長ともおさらば出来るかもと思ったものもいた。
神殿に避難していた人々は港で起きている事には全く気づいていなかった。
この神殿は元は要塞で固く守られており、特に大扉は大砲の砲弾ですら跳ね返す程である。外部とは完全に遮断されていた。
「大砲の音がしなくなってから結構たつけど。もう海賊は追い出したのかな母さん」
「そろそろ知らせがきてもいい頃だけど」
デルピがそう母と話していた時だった。
ドンドン、ドンドン、ドンドン。
「おーい。大変な事が起きた。早く扉を開けてくれー」
と神殿の大扉を叩く音と男の声が神殿内に響く。
神官の一人が大扉の横の小窓の錠を解除して、小窓を覗き込む。
「どうした、慌てて。さっきから大砲の音も聞こえないし、もう済んだのか」
小窓に見えたのは、港の近くにある酒場の店主サベルだった。
「皆やられちまった。皆殺しだ」
サベルが神殿の奥にも聞こえるほど、大きな声で口早に話す。
「冗談だろ。今回は小海賊相手だし、アルパには大砲だってしっかりある」
「お前酒でも飲んで酔ってるんじゃないのか」
サペルの言葉を聞いた、神殿内に動揺が走る。
「あれは妖術だ。急に皆の身体の身動きが取れなくなった」
「嘘言うんじゃねぇ」
誰かがそう叫んだ。
「嘘じゃねぇ。酒場の倉庫で鍵を確認してたんだ。たまたま物陰にいたから俺は助かった。港で海賊達を待ち構えてた奴等らは皆殺しにされちまった」
騒然となる神殿内。
「神官、大扉を開けてくれ。港を確認したい」
そう言われ大扉を開く神官。
神殿の外にまず数人が飛び出て、丘から港の方を確認した。
「よく見えねぇが、海賊はもういないようだ」
それにつられて他の人々を恐る恐ると外に出ていき、丘を降りて港に向かいはじめる。
「父さん大丈夫だよね」
デルピとシリーヌも港に向かっていた。
「ギャアー」「キャアー」
港についた人々から次々に上がる悲鳴。
その悲鳴を聞いたデルピとシリーヌも港に急ぐ。
辺り一面を見回すと、港には血と大量の死体が散乱している。
デルピはそれを見た瞬間震えが止まらなくなり、シリーヌはとっさにデルピを抱き締めた。
「父さんが・・・」と呟いて、デルピは泣きだした。
シリーヌの目にも涙が溢れだす。
港は人々の阿鼻叫喚で騒然となってしまう。
そうしてると、神殿の神官衆が人々の前に出た。
「港の処理は神殿に仕える我々神官衆が責任をもって行う。安心されよ。きちんと弔い、オロン様がこの人達の無念を慰めてくださるであろう」
オロン神殿の神官衆を背に、神殿の長である神殿主パクタが人々に語りかける。
「作業の邪魔にならぬよう各々は家に帰宅して、しっかり休んでほしい」
人々はその話を聞き、港から離れていく。
デルピとシリーヌもパクタに会釈し、帰宅する事にした。
道中は憔悴しきった顔のままの二人。アルパの外れにある自宅の扉に手をかけた。
「シリーヌ、ちょっと話しがあるんだ」
酒場の店主のサペルが二人に話しかけきた。
「どうしましたか」
「テレルは生きてる。連れ去られたんだ。他にも何人か一緒にな」
「それは本当の話ですか。でもパクタ様達もそんな話・・」
「違うんだ。皆が港に向かった後に神官衆にその事を話した。でも混乱するから、皆に話すなって言われてんだ」
「おじさん、本当。父さんは生きてるの」
デルピは聞いた。
「ああ縛られて船に運び込まれるのを俺は見た」
サペルが答えると、シリーヌがまた泣き初める。
「とにかくこれはあんたらにしか話してねぇ。ほとんどの人が殺されちまったし、生きてる奴がいるって分かれば何かとうるさい奴等もいるからな。神官衆から公に話があるまでは内緒にしたいてほし」
「分かりました。本当にありがとうございました」
とシリーヌとデルピは丁寧にお礼をすると、家に入った。
「父さんとはまた会えるんだよね」
「ええ、会えるわよ。あなたも知ってるでしょうがオロン神殿は何処にでもあるから、パクタ様が各地の神殿からお父さんの居場所を聞いてくれると思うわ」
デルピは嬉しそうにシリーヌに頷いた。
凄惨な悲劇から一週間が過ぎた。港は清掃が済み、遺体の埋葬も神官衆が行い、すっかり元の港に戻っていた。アルパも落ち着きを取り戻していが、人々はまだ明るさを取り戻せずに、どことなく暗い雰囲気だ。
オロン神殿でパクタ率いる神官衆によって合同の葬儀が執り行われていた。デルピも少年会の一員として出席した。
「アルパで先日起こりった悲劇の犠牲者達に天空神オロン様の慰みが必ずあるであろう。人々を団結させるのは天空神アロン様のご加護があるからこそ。各地のアロン神殿からも沢山の見舞いがあった。犠牲者に対して共に祈ってくれるとの話で、心強い限りだ」
そうパケタが話した後、右手の手のひらを頭の上に置く人々。そうやって、一斉に天空神オロンに祈りを捧げる。
「天空神オロン様、この世界を産みだしたあなたと共に我らはあります」
祈りが終わる。
最後は魂送りの儀式として、神殿の奥にある像の前に置かれた箱を出席者が列をなして手で触れていく。デルピと少年会の一員も順番に箱に触れていたった。
そうして神殿を出た少年会の一員。
デルピの隣にいた、少年会で仲がいいケレルが言う
「デルピ、やっと終わったな葬儀」
「おいお前ら。知っての通り大人の男はほとんどがやられちまった。これからは少年会の俺らが頑張らないとダメだ」
少年会長のエレロは皆に檄を飛ばし続けた。
「落ち込んでなんていられねぇ。いつまた奴等がくるか。その時は俺らがやらないと」
「私たちもこれから頑張らないとね」
少女会の会長ミレーンがデルピの側に来た。
「ミレーン、お前もか。エレロもそうだけど、皆その覚悟はしてると思う。二度とあんなの見たくないからな」
そう答えて、デルピは丘を降りて、家に帰宅していった。
シリーヌは婦人会の用事でまだ家にいないので、デルピは一人でいた。
「おーい、デルピ。話があるんだ」
家を訪ねてきたのは、少年会長のエレロだった。
デルピは扉を開ける。
「どうしたエレロ」
「噂なんだが港で亡くなった人以外に、連れ去られた人がいるかもって話知ってるか」
デルピはサペルからその話を聞いていたが、どう答えていいのか分からなかった。
「そういう噂は聞いた事ないけど」
誤魔化してそう答えた。
「神官衆がその話をしてるのを聞いた奴がいるらしい。話によるとその話は禁命になってるって」
「禁命。それって一生の秘密って事だよね」
「ああ。本当に連れ去られた人がいるなら、きっちり連れ戻さないといけない。でも神官衆はその事を秘密にしたいんだ」
事の重大さに気づいたので、デルピはエレロに真実を話す。
「実は酒場のサペルさんから、父さんと数人が連れ去れたのを見たって聞いていたんだ」
それに驚いた顔をするエレロ。
「でも神官衆に任せて、皆に話すと混乱するから、黙っていろって。だから俺もずっと黙っていた」
「これは大変な事じゃないか」
「俺も協力するから二人でもう少し色々調べてみないか」
「あぁ、そうだな。まだ色々分からない事だらけだ。明日サペルさんの所に二人で聞きにいこう。この話は家族にもするなよ」
「うん」
顔を見合せ、お互い頷いく。そうしてエレロはデルピの家を後にしていった。
それから数時間が立ち母が帰宅してきた。
「母さん、父さんの事だけど」
「どうしたの」
「さっき少年会の友達から聞いたんだけど、父さん達が連れ去られた話は禁命になってるみたいだよ」
驚くシリーヌ。
「やっぱりそうなのね」
「母さんも知ってたの」
「いや知らなかったわ。でも母さんだって馬鹿じゃない。父さん達の事を誰も話しないんだもん。おかしいって気づくわ」
シリーヌは厳しい顔してこう話した。
「何か詮索しようと考えてるならやめなさい。この事は絶対誰にも話したらダメ」
「でも神官衆が・・・」
「ダメなものはダメなの」
「うん・・」
嫌々だが、母の厳命に返事をするしかなかった。
その後、夕食を取りデルピは眠りについた。
「デルピか」
「父さん、誰」
家の外の光の中に男の人の後ろ姿が見えた。
振り返る男。
「父さん帰ってきたんだね」
しかし振り返った男の顔は見た事もない顔だった。
「デルピ、父さんだ」
声は父と同じだが、顔が違う男が呼びかける。
「父さんを忘れたのか。この親不孝者が」
と話しニヤニヤと笑う男。
デルピはとっさに目が覚めてしまう。
「なんだ夢か」
冷や汗が止まらなかった。
状況を把握して落ち着きを取り戻すと、外が慌ただしい事に気づいた。
「大変だ。燃えてるぞ」
外から人の声が聞こえたので、母のシリーヌも起きてくる。
外の様子を見ようと扉を開けると、港の方で火事が起きているのが見えた。
「酒場が火事らしいぞ」
「サペルさん大丈夫かしら」
母がそう粒やくと、デルピは港の方に走っていった。
港には野次馬が集まっていて、そこにはケレルとエレルも居ので、二人に聞いてみた。
「どうしたんだ一体」
「俺達も今着いたばかりだけど、酒場から火が出てこの有り様さ」
エレルがそう答える。
「夢にうなされて起きたら火事でびっくりしたよ」
デルピは二人に夢の事を話した。
「お前もか。父さんの夢だと思ったんだけどな。別人だったよ。気味悪かった」
ケレルが答えて、エレルも続け様に
「俺も同じ夢を見た。目が覚めて、そしたら火事が起きてて」
「こんな偶然ってあるのかな。もしかしてただの夢じゃないのかも」
「もしかしてお前らもあの話聞いてるのか」
とケレルが聞くので、デルピとエレルは顔見合せて、頷き返した。
「ならもしかして俺達の・・・」
デルピはケレルの口を手で塞いだ。
「ここではダメだよ。少し遠くに離れよう」
そうして三人は人がいない港の外れに移動した。
「海賊に連れ去れた人がいるってケレルも話知ってるのか」
「あぁ、俺はサペルさんから父親を見たって聞いてたんだ」
デルピはびっくりした顔で、
「俺も同じさ、ならもしかして同じ夢を見たエレルの父さんも連れ去れたんじゃ」
「どうなんだろうな。デルピと明日、サペルさんに連れ去れられた人達の話を聞きにいくつもりだったんだ」
エレルは深刻な顔をしている。
「この様子だとサペルさんも火事で・・・、折角大事な話を聞こうとしていたのに」
「おーい」
少女会の会長のミレーンが近づいてきた。
「ちょっと大事な話があるの。ある預りものがあるから」
そうして一通の手紙を手渡される。
中身を三人で呼んでみた。
「酒場のサペルから、ミレーンちゃんに手紙を託しておいた。君達にまだ話していなかった事がある。君達の父さんが連れ去られた話は神官衆が禁命にしてしまった。疑問に思ったので、知り合いの神官を酔わして聞き出した。世界のどこかで肉体と魂を分離出来る魔術師が現れたって。最近各地の闇市場で特別な力を持つ人達を買いまくってて、魂を集めてるみたいだ。よく分からないけど、オロン神殿のタブーにも関わる事で、一切無視する事にしたらしい」
「私もちなみに父さんが連れ去れて、さっき変な夢で父さんらしき男の人を見て目がさめたの」
「俺達も同じさ」
驚くミレーン。
そうこうしてるうちに夜が開けて、太陽が上がるのが港から見えてきた。
デルピは三人に
「神殿に話を聞きにいこう。大人達にも話そう」