噂の転校生その1
朝から散々ネチネチと怒られ、教室に入れたのは1時間目が始まる少し前。国語の授業の準備をし、前を向いたらガラガラと先生が入ってくる。と同時にチャイムがなった。国語は得意科目だ。前世で自国の言葉しか分からなかったぶん、今世では世界の様々な文章を読みたかったから必死に勉強した。そのお陰で今では3ヶ国語まで読める様になった。だから、外国語も得意。前世の言葉は自分のいた国のしか知らない。前世では日記を書きたいがために子育ての間に必死になって覚えた。
授業の終わりのチャイムがなると同時に生徒達が一斉に立ち上がり、後ろの席の友だちと思しき人と話し始める。
鞄に国語の教科書とノートを仕舞い、次の授業が外国語であることを確認し、教科書とノートを出した。
いつの間にか隣には李菜が来ていたがしえりの後ろを見て感心するような声をあげた。
「それにしても転校生くんはイケメンですなぁ!そう思うでしょ?」
そういえば転校生はどこの教室なのか知らない。サザ高に入学して一月しか経っていないこともあり、クラスの全員を把握しきれていない。
「どこ?」
「何言ってるの。しえりの後ろの席よ、彼」
確かに後ろに人がいるなとは思っていたが、その席は入学した当初からあるものだし、転校生が座るとは思っていなかった。
「え、元々違う人の席だと思ってた」
「本当は入学当初から来る予定だったらしいけど、親の都合で1ヶ月遅れたんだって!だから、正確には転校生じゃなかったらしい!」
そういう事か。でも、1ヶ月もズレるなんて大変だな。授業についていけなくなりそう。
ただでさえ、サザ高は田舎にあるくせにお金持ちの進学校と言われている。進学校だけあって偏差値は高く、内部入学と外部入学があるが、外部入学は頭の良い数十人しか入れない。
しえりと李菜はその数少ない外部入学者である。内部入学は幼稚園からのエスカレーターでその金額は年間1000万円かかるという噂だ。
「神咲琉蒼君っていうらしいよ。赤銅色の髪なんだけど、なんでも父方の祖先から代々受け継いでいる色なんだって!珍しいよね!」
赤銅色…。ルヴァルアも赤銅色で金の目を持っていた。彼に瓜二つの息子もまた然り。もしかしたら、息子の血族かもしれない。
私が亡くなる少し前に息子は世界中を探し回ってでも父親を連れ帰ってくると言っていた。もしかしたらその旅の途中で愛する人を見つけたのかもしれない。
なわけないか。ラキペディアで息子を検索したら出てきた情報にはそんなこと1つも書かれてはいなかった。
「でねでね、瞳は金色に近い明るい茶色なの!それもまた良いよねぇ〜」
ますます疑惑が深まった。もしかしたらもしかして本当に有りうるのかもしれない、想像に胸がドキドキする。息子の子孫なら前世の私とルヴァルアの子孫ということにもなるのだから。少しだけでも見てみたいと胸を掻き立てられる。
「それなら見てみたいね」
「ほら、今なら見えるわよ!なんか、人が…」
「坂本李菜さん、席に着いてください」
チャイムがなっていたことに気づかなかったが、教壇には外国語の厳しいと評価されている先生が立っていた。
通りで周りが静かになったと思った。話に夢中で興奮していた李菜の耳にはチャイムの音が聞こえなかったのだろう。考え事をしていたしえりにも責任がある。
「では、授業を始めます。坂本李菜さん、教科書の26ページを読んでください」
先生の流暢なヒイ語が耳に入ってくる。ヒイ語は世界で多く使われている公用語で、最も基本的な言語として学校で教えているものだ。元々はヒイス帝国で使われていた。前世はヒイ語ではなく、忘れ去られたジン語、つまり神の言葉を用いていた。神の言葉などとははったりであるが、ジン語と呼ばれる言葉を使っていたことは間違いない。歴史的に証明されている。主に私の個人的な日記によって。世界に類を見ない不可解な言語としてその大部分は意訳気味に解釈されているのがせめてもの救いだ。
「次、しえりさん」
李菜が読み終わったあと、先生に指名される。さっきの罰だろう。
「はい」
まだ少し肌寒い5月の風が吹き抜ける教室で、もう何度も読んだヒイ語の、有名な作品が載っている教科書を持ち席を立つ。
流暢にヒイ語を読みながら、『転校生の顔見損ねたな』と思った。