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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隠れ鬼、撃ち殺します。

作者: マガミアキ

※ホラー作品です。

「隠れ鬼――と、言います」

 と黒ずくめの少女が言った。


 黒い革靴に、黒いタイツ。膝丈の黒いプリーツスカートに、黒いセーラー服。

 襟からのぞくスカーフだけが鮮やかな紅色だ。

 黒い手袋を嵌めた右手には、黒いリボルバーを持っていた。

 長い黒髪の下、顔の前には黒い薄布を垂らしているので表情は見えない。

「この学校を襲った怪異のことを、そう呼びます」

 少女が喋るたびに黒い布が微かに揺れ、桃色の唇が覗いた。


「隠れ鬼……怪異……? あ、あんたは何者だ」

 僕は金属バットを握り締めて言った。

「わたしの名前は五十狹芹いさせりすもも、身分は学生です。警察はこうした怪異による事案に対処する術も法的根拠ももたないので、手出しができないのです。なので専門家としてわたしが現場に派遣されています」

 すももと名乗った少女はリボルバーのシリンダーを開き、黒い銃弾をぱちりぱちりと弾倉に装填していく。

「専門家……つまり、その、助けに来てくれたのか」

「事案の対処と状況の収束がわたしの仕事です」

 すももの事務的な口調がかえって頼もしく感じられた。

 僕は詰めていた息を弱弱しく吐き出しながら、手に持った金属バットを杖に全身の力を抜いた。

 この金属バットは――僕がここで化け物から身を守るための唯一の武器だった。バットには無数の凹みができている。

「クラスメイトが……みんな化け物になってしまった。バットで殴り付けても、すぐに姿を消してしまう。振り返るとまたそこに立ってて……それが何度も、何度も……おかしくなりそうだった。あれがその、隠れ鬼?」

 必死に化け物を追い払った。

 どのくらいの間バットを振り回していたのか、ようやく化け物の気配が消えた教室の隅で僕はこれまで震えて耐えていた。

「隠れ鬼が引き起こした状況には間違いありませんが、あなたのクラスメイトは被害者です。隠れ鬼は憑き物ですから」

「憑き物……? でも化け物になったクラスメイトはみんな消えてしまった。く、喰われてしまったのか」

 教室から化け物を追い払ったものの、外に出ることは叶わなかった。

 廊下側の窓の向こう側には化け物の姿がひしめいて、校庭側の窓から覗いた学校の敷地内にも無数の化け物がうろついていたから。

 なぜか教室内に入って来ようとはしないものの、今も外の化け物はみんなこちらを見返している。

 取り囲まれて、逃げ場がない。

 絶望に圧し潰されそうになっていたそんな時、黒い覆面をかけた少女――すももが、端然と教室に入って来たのだった。


「いいえ、隠れ鬼は人喰い鬼ではありませんから。そうですか、消えてしまいましたか」

「あ、ああ。外はどうか知らないけど、少なくともこの教室には見ての通り僕ひとりだ」

 憑き物というからには、憑く相手がいなくなった教室内だけが今や安全地帯となっていると考えても良さそうだ。

「成る程、道理と言えば道理ですね。確かにそれは、隠れ鬼の仕業によるものでしょう」

 リボルバーのシリンダーを戻し、すももはそう言った。

「じ、じゃあその鬼はまだここにいるのか?」

「はい。隠れ鬼は、その名の通り人に見られることを嫌います。人が見た瞬間に、鬼はまた立ち現れる」

 どこだ。

 どこにいる。

 見られることを嫌う。そう言われたばかりなのに、僕は思わず教室を見回した。

 誰もいない。

 窓から差し込む夕陽に教室は真っ赤に染まっている。その赤い視界に黒い切り絵を置いたかのように黒い少女がいるばかりだ。

「ど、どこに」

 僕は杖にした金属バットを改めて握り直した。

 嫌な予感がする。

 黒い影のようなすももに構えたバットを向け、僕は叫んだ。

「どこにいるんだよッ!」

 

「……()()()

 静かに告げた彼女は、黒い覆い布を自らはぎ取った。


 布の下から現れた顔は、めちゃくちゃに歪んでいた。

 顔じゅうのパーツがサイズも場所もてんでばらばらに散らばっている。

 縦向きになった右目だけが異様に大きく、顔の半分以上を占めている。左目は残り半分のスペースを埋めるように不定形な形で収まり、眉や鼻はその両眼の隙間に申し訳程度に添えられている。

 まともな場所にあるのは桃色の唇だけだ。


「う……あああッ、うわあああああッ!?」

 クラスメイトに化けた鬼と同じ顔だ。隠れ鬼だ。

 すもも――いや、すももだった黒ずくめの鬼は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 その手に握られたリボルバーの銃口は真っ直ぐ僕に向けられていた。そのくせ巨大な目のようなものの表面に浮かぶ黒目は焦点が合うことはなく、目尻や瞼の隅をせわしなく蠢いている。

 そこだけまともな口が、ぱくぱくと動いた。

「隠れ鬼はここにいます」

 少し考えれば分かることだった。

 教室の外は化け物で溢れ返っている。そんな外から平然と教室に入って来たすももと名乗る少女が、まともな存在であるはずがなかったのだ。

「く、来るなッ! 来るなああああッ!」

 僕は絶叫して金属バットを振り上げた。夢中で突進し、目だけが大きい歪な顔面に振り下ろす。

 次の瞬間、教室中に破裂音が響き渡り、僕の身体は衝撃と共に背後の壁にぶち当たっていた。

「あ……」

 鬼がリボルバーの引金を引いていた。

 手を突いて身を起こそうとしたが、突いた手がぬるぬると滑って上手く動かすことができない。ようやく上半身だけ壁にもたせかけることができた。

 息が苦しい。制服の胸元に穴が空き、みるみる赤く染まっていく。


「先ほど伝えたように、隠れ鬼とは、人の視線を忌避する鬼――」

 リボルバーのハンマーを起こしてシリンダーを回転させる。

「人がその鬼に憑かれると、自らを見る者全てが、異形の化け物に見えてしまいます」

 鬼の銃口が、僕の眉間に向けられた。

「そして衝動的にその化け物に見える人へ襲い掛かり、殺戮してしまうのです。鬼にとって、死体は人ではない。見られるという意識が消えると同時に、存在を知覚することもできなくなります」

 喉の奥から血の塊が突き上がってきた。

 どくどくと脳内で響く音と共に、胸の赤い染みが広がって行く。

 いや、もう全身が赤い。

 これは窓から差し込む夕陽に染まっているのか。

「クラスメイトはみんな消えてしまった、と先ほど言っていましたからね。あなたにはもう、見えていないのでしょう」

「な……にが」

「教室を埋め尽くす、頭を散々に砕かれた教師および生徒達十一名の死体ですよ」

「した……い」


 僕は暗くなっていく視界を、夕陽が差し込む校庭側の窓に向けた。

 いや――夕陽なんかじゃない。

 教室が赤いのは、窓ガラスが血で赤く汚れているからだ。

 血を透かした外光が差し込んでいるからだ。


 窓ガラスに飛び散っているのは、殴りつけた時に噴き出した返り血だ。

 そして僕の全身を赤く染めているのも、同じ返り血なのだ。

 床に付いた手がぬるぬると滑るのは、流れ出た血が辺りに溜まっているからだ。

 全部、隠れ鬼の血だ。


 いや違う――。

 クラスメイトだった者達の、血だ。


「……助けて……」

 まともに呼吸ができなくなっている僕の口から、細く声が漏れた。

「隠れ鬼に憑かれてしまったあなたも被害者ですから気の毒に思います。ですが、鬼と人は不可分なのです。人が死ななくては鬼も消えない。今、あなたにわたしの顔はどう見えていますか」

 暗くなっていく視界のなか見えたリボルバーを構えた少女の顔。

 顔じゅうのパーツがサイズも場所もてんでばらばらに散らばっている。

 いびつな鬼のままだった。

「あ……ああ……嫌だ……嫌だよ」

 少女は手元の腕時計にぐるりと巨大な眼球を向けた。

「苦しいでしょう。……もう、いいですよね」

「やめて……ま、まだ」


「十三時十六分――隠れ鬼、撃ち殺します」

 銃声が響いた。



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