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この作品にはBL要素が含まれています。
ご注意ください。
次の日、貴浩と俊哉はいつものように学校へ登校した。相変わらず、新聞部の記事のせいで人の視線は絶えないが、それはもう気にするのをやめた。
始業のチャイムが鳴っても、勝場は来ていなかった。どうやら今日は休んだようだ。おそらく、貴浩に合わせる顔が無かったのだろう。もしかすると、怖くて来れなかったのかもしれない。
教室に現れないのは勝場だけではなかった。今日は瀬川も来ない。いつもなら俊哉に会いに来る彼女も、どうやら昨日のことを気にしているのだろう。今日も来るのは、人の視線が来る原因となった人物、芹沢だけである。
「何か記事に出来そうな事ないですか?」
彼は、貴浩と俊哉にそんな事を尋ねてくる。貴浩は完全に無視して机に突っ伏し、俊哉は困ったように笑いながら一つの提案を出した。
「・・・じゃぁ、以前の俺達を載せた記事のちゃんとした説明をして欲しいんだけど、いい?渡瀬が友人に会いに行ったら津上由利子さんに声を掛けられて、困っていた渡瀬に俺が助け舟をだした場面で、全ては彼女から逃れるための演技だったって」
「それは僕の責任ですし、喜んで記事にさせてもらいますけど、彼女の名は・・・」
「載せない方がいいだろうね」
懲りてねぇのかよ、と文句を言う為に貴浩が起き上がったが、俊哉の笑顔付きの一言に文句を言い損なう。
芹沢は記事のネタを提供されて、喜びながら教室から出て行った。
「アイツも懲りねぇ奴だな」
「仕方ないよ、新聞部なんだから」
「それもそうか。それよりも、昼休みに瀬川の教室に行くぞ。ちゃんと説明しろよ」
「わかってるよ。俺もそう思ってたところだしね」
そこまで話したところで始業のチャイムが鳴り、俊哉は自分の席に戻った。
昼前ののどかな雰囲気が教室内に漂い、貴浩でなくとも睡魔に勝てず机に突っ伏してしまっている生徒が何人か居る。貴浩も、昨日神社の掃除をやった疲れが取りきれておらず、いつものように授業中に睡眠を取っている。
そんないつも通りの彼を見て、俊哉が小さく笑む。貴浩が、出会った頃のように人との関りを絶ってしまうのではないかと心配していたのだが、そうならずに安心したのだ。神社で何があったのか、貴浩はあまり話してはくれないが、それが今の貴浩を留めてくれたのであれば感謝したいと俊哉は思う。
そんな事を考えているうちに終業のチャイムが鳴った。すると貴浩が起きて、購買へ昼食の買出しに行く。そんな姿に、いつも通りの彼なのだと改めて思い、俊哉は安心する。 貴浩が教室へ戻ってきて、自分も昼食を取ろうとしたところで、俊哉は教室のドアの所に居る瀬川の姿に気付いた。
「渡瀬、ドアの所」
俊哉に小声で言われて、貴浩もドアの所に居る瀬川に気付く。
「おい、瀬川!今時間いいなら屋上行かねぇ?」
気付いた時点で、貴浩が瀬川に声を掛ける。驚いた瀬川は一瞬逃げかけたが、小声で「いいよ」と答える。
「先行ってるからな。お前もちゃんと来いよ」
小声で俊哉にそう伝えると、貴浩はパン一個と紙パックのジュースを手に持って教室から出た。その後の教室に、クラスの女子の残念そうな声と、微かなざわめきがあった。
貴浩が屋上に行くと、先に来ていた瀬川が待っていた。瀬川は何も持っていない。まだ昼休みになったばかりなので、昼食はまだ取っていないのだろう。
「瀬川、昼飯は?」
「別に、食べなくても平気。食べる気しないし」
瀬川にそう訊いた貴浩は、手に持っていたパンと紙パックを瀬川に手渡す。
「やるよ、食え。多分話長くなるから」
「いらないよ、渡瀬の分でしょ?もらえない」
瀬川がそのまま貴浩に返そうとする。
「俺はいいの。昨日の晩も、今日の朝もちゃんと食ったから。昼だって教室に戻ればまだある。それよりも、お前昨日から何も食べてないんだろ?顔色悪ぃし・・・」
そう言われて瀬川が小さくなった。おそらく貴浩の行った通り、昨日から何も食べていないのだろう。
「そう小さくなるなよ。別に瀬川を責めてる訳じゃねぇんだから」
「・・・だってあたし、覗き見したし・・・」
「驚きはしたけど怒っちゃいねぇよ。むしろ、俺の方が悪かった。何も食べられない程、重い気分にさせて、悪かった。ごめん」
謝って頭を下げる。貴浩のそんな行動に、瀬川が慌てる。
「ちょ、ちょっと、謝らないでよ・・・・・・」
語尾に違和感を感じて貴浩が頭を上げると、瀬川が俯いて泣いていた。
「なっ、何で泣いてんだ?謝っただけだろ?」
こんな時にどう対処していいのか分からず、今度は貴浩の方が慌て出す。
「いつも寝てるくせに・・・こんな時だけ、変に勘が鋭くて優しいんだもん・・・泣きたくも、なる、よ・・・」
泣きながらそう言われても、どうしていいのか分からない貴浩はますます慌てる。
瀬川は貴浩に謝られて緊張の線が切れ、気が軽くなった安堵感で泣いてしまったのだが、貴浩がそれに気付かない。変に勘が鋭く、何かと回りのことに気付くのだが、自分のことにはかなり鈍感なのである。
もし俊哉がこの場に居て、瀬川の言葉を聞いていたのであれば、彼女の気持ちに気付いていたであろう。
「とりあえずパンでも食え。人間腹が減ると泣きたくなるから、パンでも食って落ち着け」
瀬川が泣いているのは腹が減ったせいだと決め付けた貴浩は、そう言うとその場に座り込んだ。それ以上は何を言っていいのか分からないということなのだろう。瀬川もようやく泣きやみ、そんな貴浩を見て小さく笑った。
「・・・ありがとう」
「おう、気にせず食って落ち着け」
瀬川がその場に座ると、貴浩は逃げるように立ち上がってフェンスの前へ行く。周りを見下ろした、この風景が密かなお気に入りなのだ。
「浩、ごめん。遅かったかな」
聞き慣れた声がして、貴浩は振り返り、やっと現れた俊哉を少しだけ睨みつけた。
「遅ぇっての。さっさと説明しろよ」
「ごめん、ごめん。瀬川、俺の話聞いてくれる?」
パンを食べてジュースを飲んでいた瀬川は、その手を止めて頷く。それを見て、ありがとうと言うと、俊哉はゆっくりと話し始めた。
「何から言えばいいのかな・・・。瀬川はどの辺りから屋上に来てたの?」
「勝場君が新聞部の人を人質にした辺りから・・・。銀色の狼が消えるトコは見た」
「そっか。瀬川、約束して。今から話すこと、絶対に他言無用だよ」
真っ直ぐにそう言われて、瀬川は何も言わずに頷いた。それを確認してから、俊哉は再び話し始める。
「以前に瀬川は俺達に訊いた事があったよね。呪術屋について知ってるかって。あれね、実は俺と浩のことなんだ。俺達の仕事なんだ」
「トシっ、それはっ!」
「式を見られてるんだし、瀬川になら話してもいいと思ったんだけど?浩は駄目だった?」 そう言われてしまうと、駄目だったとは言えなくなる。それを見越した上で、俊哉はそう言ったのだが。
「別に。もう言ったものは仕方ねぇし」
「じゃぁ続けるよ。呪術屋ってことで気付くと思うけど、浩にはそういった力がある。勝場はそれを狙ったみたいだね。あと、勝場は浩に惚れてたのは、見ていた瀬川にも分かるよね。そうでなければ、あんな事しないだろうから」
瀬川がまた頷く。貴浩としては、この話を聞くのは複雑な気分である。本音としては、聞きたくない、この場から立ち去りたいと思う。だが、そういう訳にもいかない。
「それで、好き勝手された浩が切れちゃったわけ。呪殺してやるって言い出すくらいにね」
穴があったら入りたいと、貴浩は真剣に思った。改めて聞くと、凄く恥ずかしい。
そんな貴浩の方を見るでもなく、俊哉は話し続ける。
「周りの見えなくなってる浩を、戻すために俺が強行手段に出たんだよ」
「・・・もしかしたら俊哉くんが呪殺されるかもしれないのに?」
俊哉の話を何も言わず聞いていた瀬川が、初めて尋ねた。それに驚くでもなく、俊哉は落ち着いて頷く。
「浩に呪殺されるなら、それはそれでいいかなって。あの時、勝場を呪殺するのを止めたいって一心だったからね」
「勝場君、人質まで取って悪い人なのに」
「勝場はどうでもよかったんだ。俺はね、その場の怒りで呪殺して、後で傷つく浩が見たくなかったんだよ。浩を傷付けたくなかったから」
貴浩が恥ずかしくて聞くに耐えなくなり、再びフェンスの前へと逃げる。だがそこに行ったからといって、話し声が聞こえなくなるわけではない。
「どうして?」
瀬川がそう訊いた。
「俺は、貴浩が好きだから。浩の傷ついた姿は見たくない」
俊哉は迷わず、そう答える。
「っトシ!」
貴浩が耳まで真っ赤にして怒鳴った。だが俊哉は、そんな怒鳴り声など軽く受け流す。
「本当のことだよ。浩にもいったよね」
「・・・じゃぁ、二人ってやっぱり両おも・・・」
「瀬川っ!それ以上言うなよ!トシの片想いだっ!」
「酷いな、そんな大声で否定しなくてもいいのに」
俊哉の残念そうな声に、瀬川が笑う。そして立ち上がると、貴浩の前まで走って行き、貴浩の時間を止めた。
「・・・俊哉くんの片想いって事は、まだあたしにも付け入る隙があるんだよね」
最後にそう残して、瀬川は走って校舎内へ逃げる。
貴浩は呆然と立ち尽くしたまま、動けずにいた。
「おぉい、貴浩。大丈夫?」
俊哉がからかうように、固まった貴浩へ尋ねる。
「・・・・・・あいつ、トシに惚れてたんじゃなかったのか?」
「まさか。あれはフリだよ。瀬川、本当は貴浩に惚れてたんだよ。気付かなかった?」
「全然・・・・・・。オレンジジュースの味がした・・・」
「何か妬けるなぁ。俺も勢いに乗っちゃおうかなっ!」
「うわっ!と、トシっ、落ち着け、落ち着けって!」
抱きついてきた俊哉を慌てて引き剥がそうとする。しばらく引き剥がそうとしていたが、引き剥がせず諦めて貴浩が大人しくなると、俊哉は貴浩から離れた。
「だってさ、浩はハッキリ決めてくれないからさ。浩が瀬川と付き合うって言うのなら、俺は手を引くよ。別に瀬川じゃなくても、誰かと付き合うって言うならね」
フェンス越しに、街を見下ろして俊哉が言う。その表情は、貴浩から見る事は出来ない。
「このまま浩がふらふらし続けるのなら、俺は好きなままでいるよ」
ハッキリとそう続けて言ったところで、俊哉は息を吐いた。
「だけど・・・・・・浩が、俺をウザイとか、邪魔だとか思うなら・・・俺が消えるから。俺があの家から居なくなるから、言って。変に気を使ったりされるのはごめんだからね」
「・・・・・・」
「で、浩は本当にどう思ってるの?俺としては、そろそろ限界なんだよ」
「・・・・・・正直なところ、驚いてる。瀬川はトシに惚れてると思ってたからな」
なんと言うか、照れくさくて、空を見上げる。返事を待つ俊哉のために、自分の中にある答えを探した。だが、そう簡単に見つかる物でもない。
「・・・勝場は?」
「論外だ!天変地異が起こっても、奴を好きになる事は無い!」
俊哉が小声で尋ねてきた事を、即答で思いっきり否定する。コレだけははっきり言えるのだと。
「じゃあ俺は?」
その後で本題をさらっと訊かれた。こんなところから、俊哉は曲者だと、貴浩は認識する。そう真っ直ぐ訊かれては、上手く逃げる事も出来なくなるからだ。
「・・・・・・瀬川よりも、大切な奴だ」
貴浩は小声でそう言った。その小声の声ですら聞こえたのか、俊哉が嬉しそうに笑う。
「っ別に!好きとか、そんなんじゃ・・・・・・」
慌てて否定しようとするが、語尾を濁らしてしまう。貴浩はもともと嘘がつけない人間なのである。
「一つ訊いていい?」
「何だよ、今更・・・」
「もし俺と瀬川が呪詛を掛けられて苦しんでいたら、貴浩は俺と瀬川、どちらから呪詛を解く?」
そんな俊哉の質問に、貴浩は一瞬キョトンとする。
「どちらからって、そりゃ・・・・・・って何でこんな事訊くんだよ」
「いいから答えてよ。どっち?」
「俺はそもそもトシにも瀬川にも、呪詛なんて掛けさせねぇ。でも、もしそんな状況になったら、俺は迷わず瀬川を先に助ける」
「・・・・・・」
俊哉は何も言わずに貴浩の話を聞いていた。
「・・・その代わり、トシには俺を貸してやる。だから、そうなったらトシは自分で呪詛を解いてくれよな」
正しくは「俺の力」と言うべき所だが、貴浩はそんな事まで気付いてはいない。
「・・・・・・ありがとう。やっぱり俺は、浩が大好きだよ」
「なっ何言ってんだよ!恥ずかしい奴め!俺はそんなんじゃないからな!」
「うん、知ってるよ」
そう俊哉にあっさり引かれて、少しだけ不安になる。だがその不安が、一体何を意味するのか貴浩はまだ気付いていない。
「・・・だけど俺に、トシよりも大切な人は居ない。これからもずっと・・・」
俯いて呟いた貴浩のその言葉は、俊哉に聞こえる事無く、昼休み終了五分前の予鈴によってかき消された。
「ん?浩、何か言った?予鈴で聞こえなかったんだけど・・・」
「別に。トシは俺の家族だって言っただけ」
そう誤魔化して、貴浩は教室に戻ろうとする。その後に俊哉が続いた。
「本当に?でもそれじゃぁ浩との両想いなんて殆んど望みナシじゃないか」
「だから期待するなって言ってるんだ!ったく、懲りねぇ奴」
変わらない俊哉に呆れながら、笑みを溢す。その笑みが全ての原因などと、当人が知る訳もなく。
「・・・浩!人前であんまり笑わない方がいいよ」
「何だよそれ。何でだ?」
今でも結構多いのに、これ以上貴浩に好意を持つ人間を増やしては、と俊哉が忠告すれば、何も知らない貴浩は不機嫌そうにそう答える。
「男女問わず、皆から好かれちゃうよ?」
「そんな馬鹿な」
「少なくとも俺と瀬川はそれで惚れたと思うけどね」
「・・・・・・わかった」
階段を下りながら貴浩が頷く。俊哉の言った一言がかなり効いたのだろう。貴浩の階段を下りるペースが落ちた。そんな彼の背後で、俊哉が小さく笑う。
「そんなに気を落とさなくても・・・。浩、今日の晩は何処か食べに行こう。奢るよ」
「マジ?お好み焼屋!あそこが一番安くて美味い!」
奢りの一言に、貴浩の表情が嬉々としたものに代わる。そんな貴浩を見て、俊哉は単純だなぁと思うのだが、それはあえて言葉にしない。そんなことを言えば、怒りを買うだろうと解りきっているからだ。
階段を下りながら、俊哉はもう一度だけ小さく笑った。