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呪術屋  作者: 西屋東
8/10

この作品にはBL要素を含んでいます。

ご注意ください。

 瀬川は扉の裏で立ち尽くしていたが、はっと我に返ってまだ屋上に残っている俊哉の前に出て行った。

「瀬川っ!どうしてここに?」

 俊哉も貴浩と同じような反応を見せる。だが貴浩と違って、瀬川が現れても俊哉はいつも通り落ち着いている。

「・・・見ちゃったの。さっきの・・・」

「えぇっ!」

 芹沢が驚いて声を上げる。だが俊哉は微かに表情を変えた程度だった。

「それで渡瀬が・・・」

「貴浩が・・・?」

 瀬川が言葉を詰まらせたため、俊哉が先を促す。

「渡瀬が・・・走ってどこかに行っちゃって。どうしようっ、あたしのせいだ!」

 瀬川が泣きそうになりながら叫ぶ。どうやらパニックに陥っているようだと俊哉は判断し、とりあえず瀬川をその場に座らせた。

「落ち着いて、もう一度説明して?渡瀬なら大丈夫だから。いなくなったりしないから」

 俊哉もしゃがんで、瀬川にそう優しく諭す。

 少しして落ち着いた瀬川は、先程あった出来事を何も隠さずに洗いざらい話した。話を聞き終えた俊哉はいつもの笑顔で瀬川に礼を言うと、瀬川と芹沢へ授業に戻るように告げる。

「渡瀬は俺が探してくるよ。大丈夫、待ってて」

 瀬川を安心させるために俊哉はそう言ってから、二人よりも先に階段を下りた。校舎内に貴浩の行きそうな場所はあの屋上以外にはない。

(そうなると外に出た可能性が高い・・・)

 そう思っ俊哉は生徒用の靴箱へと向かった。

 俊哉の思った通り靴箱に貴浩の靴はない。どうやら本当に外へ出たようだ。だが一体何処へ、と再び考える。外で貴浩が行きそうな場所はありすぎて何処に行ったのかさっぱり分からない。

 思い当たる場所へ一つずつ回っていくしかない。仕事の事務所、家、貴浩がよく行くお好み焼屋、その他の店など、ざっと思い浮かべただけでもかなりの件数である。

「・・・仕方ないか」

 一度だけ大きく息をついてから俊哉は思い当たる場所を順に回る事にした。



 貴浩はいつもなら絶対近付かない場所へ足を運んでいた。

 街中にある神社。敷地はなかなか広いのだが神主も居らず、寂れてしまっていて誰も近付かないような場所だ。

 その寂れてしまった神社には人の想い等が溜まっているため、貴浩も普段は絶対に近付こうとしない。寂れてしまった神社や寺ほど厄介なものはないと、貴浩はそう思っている。

「・・・なんでこんな場所に来ちまったのかなぁ・・・」

 来てしまってから少し後悔する。街中なのに、囲みこむように立っている木が光を遮ってしまい昼でも薄暗い。

 鳥居の前で一度会釈し、奥に進むと立派な社が三つあった。だが三つとも雑草や塵で汚れてしまっている。

「ひっでぇな・・・。これじゃ祀られてる神様も怒るんじゃねぇの?」

 三つの社の手前に居る狛犬に気付き、その周りに茂っている雑草を抜く。ぶちぶちとまとめて抜いていると何度か葉で手を切ってしまった。その度にこの場に無い、軍手の有り難味をその身で感じる。

「やれやれ、ここって水・・・お、あれか」

 狛犬の周りの雑草を抜き終え、狛犬を洗うための水を探していた貴浩の目に、今では殆んど無くなってしまった汲水ポンプが映った。

 そのポンプの側へ行くと、運良くバケツまで見つけた。汚れてはいるが、まだ使える。

 ポンプの方もちゃんと水が汲めるようだ。

 貴浩はバケツに水を汲んで、狛犬の所へ戻った。さすがに落ちているのはバケツまでで、布などは何処にも落ちてはいない。どうしようかと少し悩んだ後、先程抜いた雑草の葉を使ってしまえという結論が出た。

「何も無いんだからしょうがねぇよな・・・怨むなよ?」

 雑草の葉をタワシぐらいの大きさにまとめて水を含まし、狛犬を磨く。生えている苔を取ってしまうと、それだけで立派な狛犬が復活する。

「・・・思ってたより立派な狛犬だな。次は社の方か・・・」

 二体の狛犬の掃除を終えると、今度は問題の社の方へと取り掛かった。

 狛犬の時と同じように周りの雑草を抜き、水で洗っていく。何度も水を汲みに往復し、途中で暑くなって制服の上着を脱いだ。半袖のTシャツ姿で黙々と寂れた神社の掃除をする。側から見れば何かに取り付かれているのではと思ってしまっても仕方が無いだろう。

 掃除を一通り終わらせると、貴浩はバケツを元の位置に戻して社の前に立った。

 外見はきれいになったが、まだその社は寂れてしまっている。長い間社は祝詞など聴いていないのだろう。ポンプの水しかないので簡単に手水し、一番左にある社の前に軽く一礼して立つ。

「こういうのは専門外なんだけどな・・・」

 小さく呟き、社の前で二拝二拍手一拝をしてから深く呼吸し、気を張り詰めた。

「高天原に神留まり坐す皇吾親神漏岐神漏美の命以て八百萬神等を神集へに集へ給ひ神議りに議り給ひて・・・」

 貴浩は祝詞を唱え始める。本人は集中して祝詞を唱えているのだが、やはり側から見てみれば上着を脱いだTシャツの学生が社の前で祝詞を唱えているなど、不思議に思うに違いない。

 だが、その貴浩を一人の老人が見ていた。貴浩はその老人に全く気付いていない。只ひたすらに祝詞を唱えている。

 老人は貴浩の後ろの方で何をするわけでもなく貴浩を見続ける。

 左の社の前で祝詞を唱え終えると、直ぐに真ん中の社にも同じようにして祝詞を唱える。

 その間も老人に気付く事は無い。老人の方も貴浩に声を掛けようとはしなかった。そのまま貴浩が三つの社の前で祝詞を唱えているのを見続ける。

「・・・給へと白す事を天津神國津神八百萬の神等共に聞食せと白す」

 三回目の祝詞も唱え終わると、貴浩は一拝してから深く息をついた。

「・・・疲れた」

 疲れたが神社がマシになった事を感じると、達成感が湧き上がってくる。自分の努力でこの神社が少しだけでも復活したと思うとやはり嬉しい。

「ご苦労じゃの」

 背後から聞こえた声に驚き、貴浩は振り返った。するとそこには一人の老人が立っている。だが貴浩はその老人に違和感を感じた。

「人間、じゃないよな・・・?何者?」

 貴浩は直接老人に尋ねる。この老人からは人間独特の念のようなモノが感じられないのだ。だからといって霊に感じる感覚も全くない。

「おぉ、すまんかったの。わしは少彦名神すくなひこなのかみと呼ばれておる。ここに住み着いておった」

「少彦名神!?呪術の神の?温泉の神として有名な!?」

「ほほぉ、若いのに詳しいの。祝詞も唱えておったしのう。おぬし、神主の息子か?」

「違うけど・・・」

  少彦名神は貴浩に興味津々で、楽しそうに話す。だが貴浩の方は相手が神様とあって、その答え方に戸惑っているようだ。

「違うのか?しかしの・・・おぬしは何故にこのような寂れた神社に足を踏み入れた?誰も近付かんようなこの神社に」

「・・・何となく。何も考えずに歩いたらここに辿り着いただけで・・・」

「何も考えずにか?変じゃのう、この神社には人が近付きたくないと思う気を張っておったのにの・・・」

 少彦名神は不思議そうに首を捻る。今の話によるとどうやらこの神社がここまで寂れてしまったのは彼のせいのようだ。何のためにそんな事をしたのかは不明だが、もしかすると人嫌いなのかもしれない。

「何にせよここで会ったのも何かの縁じゃろうて。ぬしが祝詞をあげてくれて狛犬達も喜んでおることじゃし・・・」

「うわっ!」

 急に何かが足にぶつかってきて足元を見た貴浩は驚いて声を上げた。先程までどっしりと台の上にいた二匹の狛犬が嬉しそうに擦り寄ってきたのだ。

「ほほほ・・・そうじゃの、ぬしら、この者に力を貸してやるか?」

 少彦名神が二匹の狛犬に尋ねる。狛犬もそれに答えるかのように貴浩の周りを嬉しそうにグルグルと回る。

「そうかそうか、貸してやるか。ならばわしも力を貸そうではないか。ほほほ・・・」

 貴浩はどうしていいのかも分からず、ただ呆然と立ち尽くす。呪術の神に力を借りられるなんて、俄かに信じ難い。

「そんな呆然とせんでもよかろう?わしや狛犬達の力を借りたければ、祝詞を唱えながら念ずるがよい」

「・・・祝詞はどの種類?」

「そうじゃのう・・・何でもよい、ぬしに任せようかの。わしはそろそろ上へ帰るかのぉ。おぉ、そうじゃ。ぬしを大切に思うておる者は大切にした方がええぞ。ほほほ・・・、さらばじゃ」

 言いたい事を言ってしまうと、少彦名神はそのまますっと消えてしまった。狛犬達も何事も無かったかのようにそれぞれの台の上に戻っている。

「・・・何だったんだ?」

 さっきの老人は本当に少彦名神だったのだろうかと自問してみるが、その答えが出るはずも無く、貴浩は小さく呟いた。

 いつの間にか太陽は沈み、辺りは既に暗くなっている。肌寒く感じて、とりあえず脱いでいた制服の上着を拾い上げて着た。

「・・・これからどうするかな。何か帰り辛いし・・・」

 今日の出来事を思い出して、再び気が重くなる。どうして自分がこんな目にあっているのだろうと考えようとして、やはりやめた。そんな事をしても虚しくなるだけである。

「・・・きれいにしたのは俺なんだし、今晩はここで夜を明かしてもいいよな。な?」

 結局行くあても無く、台の上に戻った狛犬達に軽く尋ねて社の境内に座る。すると狛犬達は再び台から降り、貴浩の両横に着いた。風除けのつもりなのだろうか。

 貴浩がそれぞれの頭をそっと撫でてやると、狛犬達はその場にうずくまった。

「・・・明日からどうするかなぁ。学校とか、行き辛いよなぁ。まあいいか。何か・・・今日はもう眠い・・・疲れた・・・」

 貴浩もその場に小さくうずくまって、ウトウトとし始める。


『ねぇお母さん、あの人あんな所で何やってるのかなぁ』

『・・・!?何言ってるの、この子っ!』

 母親はそう言って、まだ幼い子を手の平で打った。

 すぐにそれが夢なのだと貴浩にはわかった。自分の過去であると。

『あ、お母さん。見て、あの白い光。何だかキレイだよ?あれって何なのかなぁ?』

 そう言って母親の方に振り返った幼い子に母親の平手打ちがとぶ。幼い子は何故叩かれたのかわからずに、母親の顔を見た。母親は化け物でも見ているような目で幼い子を見ていた。

 思い出したくない過去の夢。悪夢というモノ。

『お父さん、あそこに居るのってネコさん?』

『ワケの分からない事言うなっ!』

 ただ尋ねただけなのに怒鳴られて殴られた。

 どうして怒るの?何か悪い事した?ゴメンナサイ。怒らないで。

『あ、イヌさんだ!見てお父さん!でっかいイヌさんがいるよ』

『貴浩っ!いい加減にしないかっ!!』

 また殴られて、怒鳴られる。

 どうして怒ってるの?どうして叩くの?僕が見つけちゃったから?何も言っちゃいけないの?もう言わないから、怒らないで。

 そう思って、それからは何かを見つけても何も言わないようにした。いろんなモノを見たけど、全部一人だけの秘密にした。誰にも、何も言わずに・・・。

『・・・ねぇ君』

 隣から声が聞こえた。

 両親が離婚して、お金も無く駅の中で鋼鬼を連れて座り込んでいたら、自分と同じくらいの少年が横にしゃがんでいた。どうせこんな所に居る自分をからかいに来たのだと無視する。

『ねぇってば!』

『・・・何だよ。うるせぇな』

 しばらく無視していたけれど、あんまりしつこいからそう言って睨みつける。でも相手は動じずに、顔に笑みまで浮かべた。

『君、不思議な烏を連れてるよね』

 その言葉に驚いて、少年の方をガバッと見る。裕福な暮らしをしていそうな顔が目の前にあった。

『お前コイツが、鋼鬼が見えるのか?』

『鋼鬼って言うんだ?立派な烏だよね』

 嬉しいと思った。自分以外にも見える人間がいるんだと。見えるのは自分だけではないのだと。

『家に来る?君、昨日もここに居たからワケ有りだよね?』

 二つ返事で少年の家に行ってしまいたいと思う。でもそんな分けにもいかない。

『いい・・・メイワクがかかる』

 そう答えた。少年が良くても、少年の両親に迷惑が掛かるだろうと思って。

『・・・掛からないよ。俺も・・・いや、俺は独りぼっちだから。来て欲しいんだよ』

『・・・独りぼっち?』

『両親は海外で、帰ってこない。ずっと向こうに居るみたいなんだ。だから独りぼっち』

 その言葉で、首を縦に振っていた。


「・・・ろ・・・ひろ、浩っ」

 揺すられながら名前を呼ばれて、貴浩は目を覚ました。肌寒さにぶるっと震える。狛犬達は台の上に戻っていた。人が来たからだろうか。

「浩、どうしてこんな場所で寝てるの!?」

「トシ・・・?」

 よく見ると、前に立っているのは俊哉だった。何故ここに俊哉が居るのだろうとボーっとした頭で考える。考えていると、ふわりと肌寒い感じが消えた。俊哉が抱きついているのだと気付くのに少し時間が掛かる。

「・・・トシ?どうかしたのか?」

「どうかした、じゃないよ。人がどれだけ心配して探し回ったか・・・」

 俊哉の声が震えていた。気温は肌寒いぐらいなのに、俊哉の身体は運動をした後のように温かかった。本当にずっと探し回っていたのだろう。

「・・・・・・ごめん。心配かけて、迷惑も・・・」

「謝るのは俺の方だよ。俺があんな事したから・・・。だけどあの時、余裕が無かったんだ。君を勝場に連れて行かれちゃうんじゃないかって・・・ごめん」

 あんな事とはきっと今日の学校での事。瀬川に見られてた、あの事。

 そんな事があったからこの神社へ来ていたという事を忘れていた。多分神社の掃除をしていて頭の中が空っぽになったのだろう。

「もう終わった事だろ・・・・・・今更後悔したって遅い!瀬川にも芹沢にも、見られた事はもう変えられない。俺が、どう足掻いたって変える事は不可能だ・・・・・・」

「・・・・・・こんな時はいいよ?」

「何がだよ」

「泣いたって」

「誰が泣くかっ!俺は怒ってんだ!」

 俊哉のこんな所がよくわからない。一瞬核心を突かれたような気はしたが、そんなのは気のせいだ。

「本当にごめん・・・・・・」

「もういい。あの時どんな手段を取ってでも俺を止めてくれなかったら、俺は確実に勝場の野郎を呪い殺してた」

「・・・・・・俺が、守るよ」

「は?何?」

「貴浩は俺が守る。貴浩が傷つかないように、俺が守る。貴浩が後で傷つくような事は俺がさせない」

 俊哉が真剣に目を見て話す。いつもであれば、何言ってんだよと笑い飛ばせるはずなのだが、今はそうもいかない。

「俺を・・・守る?」

「守るよ」

 俊哉はハッキリと言い切る。その何処からくるか分からない自信を含んだ力強い声が、妙に心地良くて安堵感を覚えた。

「・・・・・・だいぶ肌寒くなってきてるし、帰るか。・・・ありがとな」

 貴浩が小声で礼を言う。あの時呪詛を止めてくれた事に、礼を言っておきたかったのだ。瀬川に見られた事は、明日にでも学校で説明すればいい。

 貴浩は境内から立ち上がると、二体の狛犬へも礼を告げた。

「お前達もありがとな。助かった」

 俊哉がそれを不思議に思うのも仕方が無いだろう。俊哉は少彦名神がここにいた事や、狛犬が貴浩の風除けになってくれた事などを知らないのだから。

「・・・その狛犬と、何かあったの?」

「まぁな。キレイにしたら懐かれただけだ」

「そういえば綺麗になったね、この神社」

「あたり前だ。俺が掃除して、祝詞まで唱えたんだからな」

 俊哉の言う通り、神社は以前よりも綺麗になっていた。見た目だけではなく、その場の氣も清められている。

「一人ですごいね、ご苦労様」

「か、帰るぞ!明日、瀬川にはお前が説明しろよっ!」

 人から誉められる事に慣れていない貴浩は、照れ隠しをしながら足早に神社を立ち去る。

 やれやれと肩を下ろした俊哉も、そのまま貴浩の後に続いた。


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