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呪術屋  作者: 西屋東
5/10

この作品は微かにBL要素を含んでおります。

ご注意ください。

 次の日、貴浩は休み時間を幸田夏美の周辺探索に費やした。それでわかった事は、夏美が友人の少ない大人しいタイプの人間であると言う事。あと、瀬川のクラスにいるリーダータイプの津上由利子つがみゆりこという人間からいじめに近い事をされているという事だった。それ以上の事は直接本人と接触するしかないだろう。

 だが今まで面識の無かった人間に急に話し掛けられても、相手は不信を抱くだけだろう。 昼休みに夏美の教室の前で考え込んでいると、さっきから遠目でこちらを見ていた女子の集団が近づいてきた。

(津上由利子のグループかよ・・・)

 貴浩はげんなりしてその場を逃げ出そうとした。だが、タイミングが一歩遅れてその集団に行く手を阻まれてしまう。

「このクラスにぃ何か用?」

 津上由利子が貴浩に話し掛けてきた。由利子は髪を茶色く染め、化粧バッチリのコギャルと呼ばれる部類の人間たった。貴浩はハッキリ言わなくてもこの部類の人間は嫌いだった。周りの女子が小さく囁きあっては黄色い声を発している。

「別に、友達に本借りに来ただけ」

「ホントにぃ?あたしぃ津上由利子って言うんだけどぉ、アンタなら付き合ってあげてもいいかなぁなんてぇ」

「はぁ?お前何言って・・・」

「名前なんていうの?どこのクラス?アンタみたいなのあたしが知らないはずないんだけどなぁ」

 この部類特有の話し方で次々と質問をしてくる由利子にたじろぎ、貴浩は一歩引いた。

(何だよ、この女。どうすりゃいいんだよ・・・)

 貴浩はノーコメのまま固まっていた。こんな人間の対応は面倒くさいから嫌いだ。

「ねぇ由利子、この人ってもしかして噂のいつも寝てる人じゃない?あの佐原君がいるクラスの」

 由利子の取り巻きの女子が閃いたように言った。由利子がそうか、と言う顔をする。

「え〜っとぉ、渡瀬貴浩くんだっけぇ。貴浩でいい?あのねぇ貴浩、あたしと付き合わない?いいでしょぉ?」

 攻め寄ってくる由利子に、貴浩はウンザリを通り越して諦めが入っていた。こんな人間には常識が通じないのだと。きっとこの由利子と言う人間は今、自意識過剰と言う言葉すら知らないに違いない。

(・・・誰でもいいから助けてくれ。ここで鋼鬼が呼べたら・・・)

 鋼鬼がいてくれたらこんな人間、すぐに追い払ってくれるのにと貴浩は思う。

「貴浩っ!」

 突然名前を呼ばれて、その場にいた人は声のした方を見た。貴浩は鋼鬼が降りて来たのかと思った。だが、そこには佐原俊哉の姿がある。

「ト・・・」

「佐原くん!」

 危うく学校でトシと呼びかけた貴浩の声は、途中で由利子の声によって掻き消された。「佐原、お前何でここに?」

「昼休みが半分終わっても帰ってこないから、様子を見にきたんだよ。大丈夫?」

「・・・正直なところ、助かった」

 貴浩はほっと肩を下ろした。そんな貴浩の横で由利子が嬉々とした顔で俊哉を見ていたが、俊哉は気付かないフリを決め込んだ。

「佐原くんとでもいい!どっちでもあたしと付き合わさせてあげる!」

 相変わらずな調子で由利子が言った。自分は誰からも好かれていると思い込んでいるようだ。そんな由利子に、俊哉は怪訝な顔を一瞬見せた。俊哉も由利子のことは知っている。

 俊哉は少し考えて、いきなり貴浩の肩を抱き寄せた。

「うわっ!佐原何すん・・・」

「静かに!彼女から逃げるためだから何もしない」

 声を上げかけた貴浩に、俊哉が貴浩にだけ聞こえるように囁く。それを聞いた貴浩は仕方なく俊哉に肩を抱かれたままうつむいて大人しくしていた。

「・・・悪いんだけど、俺達は貴方とは付き合う気ないから。俺の貴浩に手、出さないでくれる?」

(何言ってんだよ、このヤロウ!誰がお前のだ!)

 俊哉の台詞に内心怒鳴りながら、貴浩はその場が上手く収まるのを待っていた。

 由利子とその周りの女子は呆然と、俊哉と貴浩を見ている。しばらくして、由利子が教室の中へとさっていった。続いてその周りの女子もキャーキャー言いながら教室へと入っていった。

「いつまで肩抱いてんだよ。ったく、噂が広がるだろうが」

「仕方がないよ。ああでもしないと逃げられないよ?」

 貴浩は言い返せずに黙り込んだ。そもそも捕まったのは自分だ。自業自得なのだと、気が滅入った。

「まぁ、俺とすれば役得だったんだけどね」

 俊哉が嬉しそうに言う。そんな二人の様子を影から見ていた人間がいた。カメラを持った新聞部の芹沢豊だ。

「スクープだ!直ぐに記事を作らないとっ!」

 芹沢はそのまま慌てて部室の方へと走っていった。その姿に、貴浩は気付かなかった。


 教室に戻った貴浩はいつものようにぐったりと机に突っ伏した。そんな貴浩を瀬川がいつものようにからかう。

「由利子に目を付けられたんだって?まぁ渡瀬もカッコイイ部類に入るもんねぇ。それにしてもよく逃げれたね、あの由利子から。どうやって逃げたの?」

 それを聞いてさっきの事を思い出した貴浩は机に沈没した。そんな貴浩の代わりに、俊哉が瀬川の問いに答える。

「噂に便乗させてもらったんだよ」

「噂ってあの?」

「そう、あの」

「それで渡瀬が落ち込んでるんだ。元気出しなよ、噂だってそのうち収まるって」

 貴浩に同情した瀬川が貴浩を励まそうと声を掛けた。貴浩はのろのろと顔を上げ、瀬川を見る。

「な・・・何?」

 いつもと違った貴浩に、瀬川は少したじろぐ。

「ありがとな。あのさ、幸田夏美ってどんな子?」

「え?夏美?夏美はいい子だよ。何?気があるの?俊哉くんも聞いてきたけど・・・二人して?」

「別に・・・ただ気になっただけ。もうどうでもいいわ。俺は寝る」

「ちょっと、気になるじゃないっ!」

 騒ぐ瀬川を横目に、貴浩は机の上に頭を降ろして寝始めた。午後の、あの睡魔の迫ってくるのんびりとした時間が訪れる。いつのまにかやってきた先生の声も遠くの方で聞こえて、貴浩は浅い眠りの中にいた。先生に代わって、俊哉の声が聞こえる。先生に教科書を読まされているのだろう。俊哉は古文を詰まる事なくすらすらと読んでいく。古文だけは貴浩も詰まらずに読む事が出来る。祝詞などで慣れているから。

 俊哉の声は嫌いじゃないと思った。そもそも俊哉自身も嫌いではない。好きと言う事とは違うが、貴浩にとって大切な人間ではある。

 貴浩は微かに顔を上げた。ちょうど俊哉が教科書を読み終えて席に着くところだった。「上手いな佐原。じゃあ同じように渡瀬、読め」

 顔を上げた時に先生と目が合ってしまった。ここぞとばかりに指名してきた先生の顔は俊哉のようには読めはしないだろうと決め込んで、恥じをかけとばかりにニヤついていた。(・・・面倒くさいけど腹立つから)

 ガタンと音を立てて立ち上がり、教室中の珍しいものを見るような視線を無視して教科書を読む前に俊哉のほうをちらりと見た。俊哉は面白そうに笑いを堪えていた。

「昔、男、初冠して、平城の都、春日の里にしるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり・・・」

 伊勢物語だった。身分のある若い貴公子の初恋から始まり、生涯さまざまな恋の遍歴が語られる。男の情熱は「みやび」と賞され、王朝男性貴族の理想像として描かれている。

(よりによって恋物かよ・・・今は一番読みたくねぇのにな)

 さらさらと読み続けながら、貴浩はそんな事を考える。

 一方貴浩を指名した先生は、貴浩の慣れたような読み方に驚き、聞き入っていた。そんな光景に俊哉は一人笑いを必死に堪えている。

 結局一度も間違える事無く読み終えた貴浩は、面倒くさそうに席に着き、再び机に突っ伏して寝始めた。

 その授業が終わると、俊哉が貴浩の横に立った。

「何だよ」

 相変わらず無愛想な貴浩に俊哉は微かに笑った。

「素晴らしい朗読ぶりだったね」

「古文だけはな。読みなれてる」

「あんなに通る声で読んだら仕事の事ばれない?」

「あ?そんなのわかる奴この教室にいないだろ?」

「それもそうだね。でも、女子の人気急上昇って感じだよ」

 俊哉にそう言われてまさか、と辺りをグルリと見回す。俊哉の言った通り、男女を問わず多くの人間が貴浩に視線を寄せていた。

「マジ?勘弁してくれよ・・・」

 モテるのは悪い気はしないが、声を掛けられたりするのは面倒だ。少なくとも今こうして視線を浴びるのもあまり好きではない。

(見せ物じゃねぇぞ、俺は)

「そういえば今日は芹沢君来ないね。忙しいのかな」

「来なくていいだろ。少なくとも俺は居て欲しくない」

「冷たいね」

「そう言う問題じゃねぇっての」

 この日曜まで仕事の無い貴浩は、ここのところ元気だった。日曜からも俊哉が仕事の量を今までよりも減らすように調節してくれることになっている。それは貴浩があまりにも学校で眠りこけるせいだった。さすがに俊哉もこれではまずいと思ったのだろう。

 国語の次の授業からは貴浩も一応起きていて、微かに先生を驚かせていた。

 そして放課後、先生の手伝いをさせられている俊哉を貴浩は紙飛行機投げながら待っていた。今日の帰りに晩御飯を奢ってくれると言うからだ。貴浩としては、家で俊哉の作った物を食べるのが一番落ち着くのだが、今日はどうやら作る気がないようだ。

(何で飯食うためにヤロウに待たされてるわけ、俺は・・・)

 そう思って帰ってしまおうかと考えもしたが、結局オゴリという言葉に負けて待ってしまう自分に落ち込む貴浩だった。いつぞやのせいで貧乏性の貴浩は、オゴリという言葉に弱いのだ。それを知っていて、俊哉も貴浩にそう言ったのだが。

「ごめん、終わったよ」

 教室のドアが開いて俊哉が戻ってきた。貴浩が暇つぶしに窓から紙飛行機を投げたところだった。

「見つかったらゴミを投げるなって怒られるよ?」

 そんな貴浩を見て、俊哉が苦笑しながら言う。

「平気、戻ってくる。力のコントロールの練習」

 貴浩の言った通り、紙飛行機は空中で旋回して教室の中へと戻って来た。そして教室の中を大きく旋回した後、貴浩の鞄の上へ着陸した。

「そんなに自由に飛ばせるなんて、さすがだね。尊敬するよ」

「トシも出来んじゃねぇの?」

「俺、コントロールが苦手だから」

「じゃあ練習しろよ。気分いいぜ?飛ばすの。俺の力なら貸してやるよ」

「ありがとう。じゃあ、また時間があるときに頼むよ」

 俊哉はそう言って自分の鞄を持った。

「行こう、何が食べたい?」

「美味くて腹に溜まるモン」

 貴浩も紙飛行機を窓の外に投げて鞄を持った。投げられた紙飛行機はどこかに飛んで行く。窓の鍵を閉めて、俊哉と貴浩は教室を後にした。


 校舎から出ると、外は夕暮れで赤く染まっていた。太陽はもう沈もうとしている。

「バイクどうすっかな・・・」

 学校に置きっぱなしにしておくのも心配だが、男を後ろに乗せて走るのだけは絶対にしたくなかった。

「俺、バイクに細工してくるわ」

「細工って?」

「ん?盗ろうとした人にはそれなりの事をな。因果応報って言うだろ?」

「だから何を?」

「軽い呪詛を。鋼鬼を見張りに付けるって手もあるけど、そんな事させたらアイツ怒りそうだしな。第一俺がさせたくない」

 上機嫌で貴浩はバイクを止めてある駐輪場まで歩いていった。駐輪場に着くと自分のバイクの前に立ち、柏手を一つ鳴らした。それから何やら唱え終わると、バイクの方をじっと見て呟いた。

「悪いな。明日は乗って帰ってやるから、今日はここで我慢してくれ」

 何も答えるわけ無いバイクにそう言うと、貴浩は俊哉のところへ戻った。

「終わった?」

「まあな」

 貴浩は鞄を持ち直して、俊哉よりも先に歩き出した。俊哉も貴浩の後を追うようにして歩き出した。

 二人が話し合った結果、貴浩がよく行くお好み焼屋へ行くことにした。安くて美味くて、腹にも溜まる、と貴浩は上機嫌のようだ。俊哉としても低コストで少し安心した。

「おっさん、食いに来てやったぞ」

 貴浩がそう言ってガラガラと扉を開くと、中から威勢のいい声が聞こえた。

「いらっしゃい!おぉ、タカか。久しぶりだな、おい。元気してたか?」

「まあまあだな。この前熱出してダウンしてた」

「何だよ、あんまり食ってなかったんじゃねぇのか?今日はたらふく食って行けよ」

「おぉ、そのつもり」

 店内に客は居らず、貸切状態だった。多分ここが店だと知る人が少ないのだろう。貴浩達の事務所と同じぐらい分かり難く、暖簾もただの飾りのようにも見える。少なくとも俊哉は貴浩に連れてこられるまでここがお好み焼屋だとは全く知らなかった。

「おっ、今日はトシも一緒か!珍しいな、タカが人と来るなんて。今日はトシのオゴリか?」 貴浩の次に俊哉を見つけた店のおじさんが、人懐っこい笑顔を見せながら言う。

「オゴリだ!じゃなけりゃ、一人で来る。おっさん、まずはいつもの頼む」

「トシも大変だろ、タカに奢るのは。細ッこい身体して馬鹿みたいに食うからな」

 店のおじさんはそう言って貴浩のいつも頼むネタを作り、渡す。それを受け取った貴浩は簡単にかき混ぜ、鉄板の上に置いた。

「おじさん、俺も同じやつ頼むよ」

「はいよっ」

 おじさんは俊哉にもすぐに同じネタを作って渡した。俊哉も貴浩と同じように鉄板の上に置く。

「タカはもうお好み焼屋でバイトできるな。その辺の店なら、店長よりも上手いだろ」

 貴浩が焼け具合を見計らって上手くひっくり返すのを見ながら、おじさんはそう言った。「ここでするにはまだまだ、なんだろ?」

「当たり前よ、あと三年は早いな」

「三年か・・・長いようで短いな。もうちょいか」

「三年後には雇ってやるよ」

 そんな会話をする貴浩とおじさんを俊哉は見ていた。まるで仲の良い親子のようである。 貴浩の父親もこんな人だったら良かったのにと考えたところで、貴浩の父親がこんな人だったら自分と出会う事は無かったのだと思い出す。貴浩が夜の街を不思議な烏を連れて歩いていたからこそ出会う事が出来たのだと。

「おい、ひっくり返さねぇと」

 貴浩に肘をつつかれて俊哉は我に返った。そして言われた通り、お好み焼をひっくり返す。そしてバカな事を考えていると自分自身に苦笑する。

「何一人で笑ってんだよ、変な奴だな」

 そんな俊哉に気付いた貴浩が焼けたお好み焼を食べながら、不思議そうに言った。

「何でもないよ」

 それからは他愛の無い話を三人でしながら晩御飯を済ませた。


 次の日、貴浩は学校へ着くと教室へ入る前に、昨日置き去りにしたバイクの呪詛を解除するために駐輪場へ立ち寄った。

「・・・よし、ちょっかいも掛けられなかったみたいだな」

 昨日と何ら代わりの無いバイクを見て、貴浩はほっとした。呪詛の方も発動した形跡は無い。

「よかったよかった。さて教室に・・・ん?」

 教室へ向かおうとした貴浩の目に、こちらへ走ってくる瀬川の姿が映った。

「わっ渡瀬!何、どういう事!?あれ、本気なの!?」

 目の前で止まった瀬川は止まると同時に貴浩へ質問を浴びせた。だが貴浩には、瀬川が何を言っているのかさっぱり分からない。

「何の事だよ」

「惚けたって証拠は挙がってるの!俊哉くんとの事よ!」

「佐原?アイツがどうかしたのか?」

「だから惚けたって無駄なの!」

 そんな事を言われても貴浩には意味が分からない。そもそも何故瀬川が驚いたように質問を浴びせてくるのだろう。

「惚けるって何の事だよ」

「・・・惚けてないの?本当に?」

「だから何の事だよっ!」

「・・・教室へ行く前に、新聞部の掲示板見て。スクープになってる」

 その意味が分からないほど貴浩も鈍くは無い。瀬川はそれだけ言うと再び走り去ってしまった。後には顔色を変えた貴浩だけが残されている。そんな貴浩も直ぐに生徒用玄関にある新聞部の掲示板へと向かった。

 貴浩がその場所に着くと、大勢の女子が集まっていた。どうやら貼り出された新聞部の記事を見ているようだ。貴浩はその女子を掻き分けて記事の前へ立った。記事を見ていた女子から黄色い声があがる。

「っ何なんだよ、これっ!」

 そこに貼り出されていたのは昨日、由利子から俊哉に助けてもらって時の写真だった。 一体どこから撮ったのか、絶妙なアングルだ。まるでドラマか何かのワンシーンのように撮れている。

「渡瀬君よ!あの二人がデキてたって本当だったんだ?」

 女子の話す声が貴浩の耳に届いた。

「っそんなんじゃっ・・・!」

 貴浩が怒鳴ろうとした時、急に腕を引っぱられた。

「いいから早く教室へ」

 俊哉だった。女子の黄色い声がさらに大きくなる。貴浩はそのまま引っぱられるようにして、俊哉に教室の中へと連れて行かれた。

「どういう事だよアレ」

 教室の中に入っても、視線は二人から離れない。

「分からない。だけどあの時に撮られちゃったみたいだね。芹沢君かな・・・多分先生にも呼び出されるだろうね。本当の事言えば大丈夫だとは思うけど」

「本当の事って・・・」

「幸田由利子さんから逃げるためって事だよ」

「ああ、その事か。そうだな」

 貴浩が頷いたところで、瀬川が教室に入って来た。そしてそのまま二人の前に立つ。

「これ・・・記事のコピー。あの場所じゃ見れないと思って。要らないかもしれないけど。あと、あたしから忠告。しばらくは別々に居た方がいいよ。二人だと余計に視線を集めちゃうから」

「ありがとう」

 俊哉に礼を言われて、瀬川は視線をそらした。

「そっそれじゃ!」

 そしてそのまま逃げるようにして瀬川は教室を出て行った。貴浩は瀬川がくれた記事のコピーに目を通す。

『噂の真偽を確かめるために二人を追っていた新聞部の部員Sは昨日、ついに写真のような場面に遭遇した。この時、佐原俊哉君は渡瀬貴浩君を自分のもの宣言をした事が分かっている。これで噂の真偽は確かめられたようなものだが、我々新聞部は今後もこの二人の関係進展について調べていく予定である。』

「・・・こんなのいいのかよ。俺たち、さらしモンじゃねぇか」

「彼らにとってはスクープこそ第一だからね・・・これからもパパラッチ紛いな事、してくるんじゃないかな。家はばれないようにしないと。あと瀬川の忠告通り、学校ではバラバラに居た方がよさそうだね」

 俊哉が冷静に言う。貴浩は俊哉程冷静にはなれそうにない。

「渡瀬、ごめん」

「な、何謝ってんだよ。俺は助けてもらっただけだ」

 俊哉から急に謝られて、貴浩は戸惑いながらそう答えた。

「これからしばらく、少なくとも日曜までは式を護衛に付けておいたほうがいいよ。出来るだけいつも」

 俊哉にそう忠告され、貴浩は「わかった」と答えて、小さな白い皿を鞄から取り出した。 それをそっと制服のポケットにしまい込むと席を立ち、教室から出た。そしてそのまま校内の自動販売機がある場所まで来て、ミネラルウォーターを買う。

(さすがに手洗い場の水ってわけにもいかねぇからな)

 相変わらず人からの視線を浴びながら、貴浩は屋上へと向かった。

 屋上へ上がると、貴浩は直ぐに貯水池のあるところまで登って身を隠す。

「・・・あれぇ?確かに渡瀬君が屋上へ来てた筈なんだけどなぁ・・・」

「どこに消えたのかなぁ・・・」

 案の定貴浩が読んでいた通り、後をつけて来た人間が何人か居たようだ。貴浩はその人間が屋上から去るまで身を隠し、始業のチャイムが鳴ると屋上の中でも人目につかない場所に立った。

「サボり決定だな・・・ったく、つけてくんなよな」

 そうボヤキながら、小さな白い皿をポケットから取り出て足元に置いた。そこに先程購入したミネラルウォーターを注ぐ。残った水は、自分と皿の周りを囲むように屋上へ撒いた。それから貴浩は皿の前に座る。

 精神を集中させてから、一礼の後に柏手を一つ打つ。

「・・・今、汝の力を必要とする。鋼の如き鋭さをここに示せ、鋼鬼降来!」

 何処からともなく、真っ黒な烏が貴浩の腕へと舞い降りた。貴浩の腕に止まった烏は落ち着いて貴浩に尋ねた。

「何用だ?このような場所で呼ばれたのは初めてではないか?」

「まぁな。俺の周りを見ていて欲しい。多分つけてくる人間がいるだろうから、そんな人間に自宅及び事務所の位置を知られたくない。だからつけてくる人間がいる場合に知らせて欲しい。あと、危害を加えようとする人間も、いたら教えてくれ」

「承知した、が何故(なにゆえ)そのような事になっている?」

「・・・いろいろと訳有りでな。出来ればトシのほうも同じように頼む。一人ではキツイならもう一体式を呼ぶけどいるか?」

「我一人でも平気だ。問題ない」

「頼んだぞ、鋼鬼」

「任せておけ」

 鋼鬼は自信を持って貴浩に答える。そして翼を広げると、空へと羽ばたいた。貴浩は鋼鬼を見送ってから、白い皿を持って教室へ戻ろうかと考える。

(今戻っても面倒なだけだしな。別に出席日数足りてないわけでもないから一時間ぐらいいいか)

 結局その時間はそのまま屋上でサボってしまおうと結論出した貴浩は、日の当たる場所へ寝転んだ。

 雲が空をゆっくりと移動している。誰の視線も無い場所は、時間の流れが止まったようだった。心地よい風がさらさらと貴浩の髪を揺らした。風の音と共に、日常の音も遠くのほうで聞こえる。この空間だけ日常と言う輪の中から抜け出している気がして、不安と優越が混じったような不思議な感じがする。自由な時間とは、このような時間のことを言うのだろうか。

 このままもうしばらく寝転んでいたいと思った矢先に終業を告げるチャイムが鳴り響いた。貴浩は仕方なく起き上がり、屋上から教室へと戻る事にした。


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