4
この作品には微かにBL要素が含まれています。
ご注意ください。
一日ぶりに教室に入ると、一瞬人の視線が集まった。
(何だ・・・?)
それはすぐに散ったものの、ちらちらとこちらを窺うように視線を再び向けてくる。それが貴浩はとても気になった。
席に着くと、見計らったように瀬川が現れた。
「渡瀬、おはよ。昨日渡瀬が休んでた間に噂が広がってるよ。昨日休んだのは訳アリだって一気に噂が広がっちゃったみたい」
「・・・だから何で?俺は風邪ひいて倒れてたんだけど?・・・さっきの視線はそのせいか」
朝から頭が重くなるような話題に貴浩は勘弁してくれと、頭を抱えた。
「佐原は?あいつはその噂を否定しなかったのか?」
「俊哉くん?俊哉くんはノーコメで笑ってるだけ」
(何考えてんだよ、トシの奴・・・)
俊哉はまだ来ていなかった。だがもうすぐ来るだろう。
「あ、そうだ。渡瀬、新聞部が二人の関係調べようとしてるって。噂の事本気にして、記事にするつもりだろうから気をつけた方がいいよ。ホント、パパラッチみたいになってるから」
「・・・勘弁してくれよ。俺病み上がりなんだから。何とかならないワケ?」
「新聞部の前で無実を証明するしかないね。でも、私が思うに・・・」
「・・・なんだよ」
「俊哉君はまんざらでもない気がする・・・女の勘だけど」
「女の勘ほど怖いモンねぇって・・・」
貴浩は仕事上、女性の勘や念の強さの事を一般人よりも身をもって知っている。恐ろしいほど凄いのだ。そんな女の勘で「まんざらでもない気が・・・」などと言われてしまっては、血の気が引くのも仕方がないだろう。貴浩にはそっちの気は全く無いのだから。
「おはよう」
「うおっ!」
いつの間に来ていたのか、俊哉が横にいた。瀬川とたった今話をしていた上に、突然現れたので貴浩は思わず引いてしまった。瀬川も貴浩とよく似た反応をしていた。
「急に現れんなよ。心臓に悪い・・・」
「それは悪かったね。俺の為にも長生きしてもらわないとね」
「えっ?なになに?それってどういう意味なの?」
(コイツ、絶対わざとだ・・・)
俊哉はわざわざ意味深な言い方をして、瀬川の気を引いたに違いない。どうせ仕事関係の事なのだろう。新しい相方を見つけるのが面倒だとかそういう。
「なんでもねぇよ。瀬川、もうすぐチャイムが鳴るぞ」
「あっ、ホントだ。教室帰らなきゃ。じゃ、二人ともスクープには気をつけてね」
瀬川はそう言って楽しそうに立ち去った。どう見ても、貴浩と俊哉の関係を楽しんでいるのである。デキてようと、なかろうと、瀬川にとってはどうでもいいことなのだろう。「どういうことだよ」
「何が?」
「惚けんな。わざわざ紛らわしい言い方しやがって」
「別に気にする事じゃないと思うけど?スクープになったらそれはそれで・・・」
「俺は気にする。学校中にそんな噂が流れてみろ、晒し者だ。安眠できなくなる」
「安眠って・・・それが目的で学校に来てる訳じゃないよね?」
俊哉のその質問にはノーコメントで、貴浩は机の上に突っ伏した。そんな貴浩を俊哉はやれやれと眺めている。
「おっと、お二人さんに取材いい?」
何処からともなく一人の男子生徒が現れて、貴浩と俊哉に聞いた。どうやら今まで二人の様子を遠目から窺っていたようだ。俊哉は困ったように笑い、机から顔を上げた貴浩はあからさまに嫌そうな顔をしていた。だがその男子生徒はそんな事気にせずに取材を開始する。
「お二人はいつ出会いましたか?」
俊哉は何も答えず、仕方なく貴浩が言葉を発する。
「・・・てか、あんたダレ?」
先程の質問には全く関係ない言葉だった。俊哉が少し面白そうに笑った。
「あ、申し訳ありません。僕は新聞部の芹沢豊と言います。以後宜しくお願いします」
「・・・以後宜しくするつもり無いから帰って。俺にとっては迷惑」
「そんな事言わずにインタビューに答えて下さいよ」
「答えて俺に何か利益があるわけでもないだろ?面倒だから帰れ」
「そうはいきませんよ!お二人の関係をハッキリさせるまでは!」
この手の熱中型の人間は貴浩の一番苦手なタイプだった。梃でも動きそうにない芹沢と言う人間に、貴浩がウンザリしているのは一目瞭然だ。
「俺たちの関係って・・・何?俺と佐原は只の友達。それだけだから、諦めて帰れ」
貴浩がそう言うのと同時にチャイムが鳴り響き、芹沢は仕方なく自分のクラスへと帰って行った。貴浩はほっと肩を下ろしたが、それ以降毎時間休み時間になると芹沢は貴浩と俊哉の所へやってきて、質問を繰り返して行く。
放課後になる頃には貴浩はウンザリしきっていて、掃除をサボり、俊哉よりも先に帰ってしまった。
(冗談じゃない。何で俺が芹沢とか言うヤローに追い掛け回されなきゃいけねぇの)
バイクを走らせて家に着くと、貴浩は鍵を開けて中に入り、ソファの上に倒れこんだ。 芹沢の質問に俊哉は何も答えようとはせず、全てを貴浩に任せていた。それはどういうことなのか。
(何で・・・?トシの奴、本気なのか・・・?)
そう思いかけて、自意識過剰だと思い留まる。もしトシが本気だとしても、自分にはその概念が理解できない。本気なのかと本人に確かめる事だって出来る。だが、そう聞く勇気が無かった。何も無いのならそれでいい。もしトシが本気だったら今までの関係を続ける事は出来なくなるだろう。それが怖い。
「ただいま」
玄関のドアが開いて俊哉が帰ってきた。貴浩は慌ててソファから起き上がり、座りなおした。
「浩、先に帰るのはズルイ。あの後芹沢君がしつこくて大変だったんだから」
「悪い・・・ちゃんと撒いたのか?」
「当たり前だよ。興味本意で知られるわけにはいかないからね」
「そうか・・・」
そこで一旦会話が途絶え、俊哉は鞄を自分の部屋に持って行った。それからリビングに戻り、ソファに座り床を見つめて考え込む貴浩を見て目を僅かに細めた。
「浩・・・?どうかした?」
「えっ?あ、いや、何でも・・・」
「何でもないわけないよ。浩がそんなに隙だらけなんて変だから」
貴浩はそう言われて驚いた。隙だらけである事に自分では気付いていなかったのだ。いつも通りに生活できていると思い込んでいた。
「トシは・・・どう思ってるのかって思ってさ」
こんな隙を作ってしまうなら、いっそのこと聞いてしまおうと考えた貴浩は思い切ってそう切り出した。
「どうって、何が?」
突然の問いに戸惑った俊哉が尋ね返してくる。
「だから・・・その、学校での噂について・・・」
「噂?あぁ、あの事か。浩は・・・どうしたい?俺とどんな関係でいたい?」
「俺は・・・今まで通り以外には考えられない、と今は思う」
「今は?」
「これからなんて俺にはわかんねぇから、とりあえず今は。トシは?」
自分の考えを真っ直ぐ俊哉に聞いてもらって気が楽になった貴浩は俊哉にも同じように聞いた。
「俺?俺は・・・・・・」
「正直に言えよ。逃げたりはしない・・・と思うから」
「本当に言ってしまうよ?浩に言ってしまうと俺は止まらなくなるかもしれない。それでもいい?」
貴浩はわかってしまった。俊哉が自分の事をどう思っているのかを。ここで何も聞かなかった事にしてしまえば今までの関係は保たれるだろう。
(本当に・・・?そんなわけねぇ)
もう今までの関係は崩れてきている。いまここで俊哉から言葉を聞かなかったところで、崩れかかった関係が直る訳ではない。ならば逃げないと言った言葉を遂行しなければ、俊哉を裏切る事となってしまう。そんな事はしたくない。
「いいから言えよ・・・」
「分かった・・・。俺は浩のことが好きだよ。友達とかのじゃなく、恋愛対象として」
「・・・俺はそんな風に考える事は出来ない」
「知ってる。だから今まで言えなかったんだよ。言ったら浩が困るだろうから」
俊哉は笑顔で肩を下ろした。きっと貴浩よりも長い間考えたに違いない。貴浩にもそれはわかっている。
「悪い・・・」
「浩が謝る事ないよ。誰も悪くはない。それより、仕事の方はどうしようか・・・こんな俺とじゃ仕事しずらいよね」
「だからって辞める気かよ。俺は・・・今まで通りやっていきたい。トシがどうしても辞めたいって言っても、俺は辞めさせないからな」
「本当にいいの?」
「いい」
「じゃあ辞めないよ。これからもずっと」
俊哉はほっとしたように言った。そんな俊哉を貴浩は不思議な気持ちで見た。俊哉の存在が、どうすればいいのかわからないあやふやな存在に思えた。
話の区切りがついたところで、俊哉はパソコンを開いて仕事の依頼を確かめ始めた。貴浩はソファでバイクの雑誌を開く。貴浩が雑誌のページをパラパラとめくっていると、俊哉が貴浩を呼んだ。
「これ見て。瀬川の言ってた子だよね?」
画面には依頼人の名前や簡単な紹介が記されており、その中に幸田夏美の名があった。通っている学校名は貴浩達と同じところで、クラスは瀬川と同じクラスだった。
「ブロックはしてあったんだろ?それでも入ってきたのかコイツ。ヤバイかもしんねぇぜ?」
「そうだね。ターゲットが同じ学校の人間である確立はかなり高いよ」
「受けるか?他にあたられても面倒だ」
「俺達の仕事が学校側にばれるかもしれないけどいい?」
「その時はその時だ。退学でも何でも好きにすればいいさ」
「心強いよ」
幸田夏美の依頼を受けるとメールを送り返し、今回はその一軒だけでパソコンを閉じた。「いつやる事にした?」
貴浩がメールを送り返した俊哉に聞いた。
「今度の日曜に。さすがに平日は難しいと思って」
「そうだな」
二人は夏美と言う人物を知らない。事前調査も学校で出来そうだ。明日からでも依頼人の人間関係や性格などを調べられるだろう。
「浩に彼女の周りの調査頼んでいい?」
「別にいいけど、お前は何するんだよ」
「俺は瀬川から話を聞きだすよ」
「それ、お前がしない方がいいんじゃねぇ?」
「どうして?浩よりは聞き出すの上手いと思うんだけど」
さすがの貴浩も、瀬川は俊哉の事が好きだろうからとは言えなかった。それで結局俊哉が聞き出す役を取ってしまった。内心瀬川に同情する貴浩だった。