終章
この作品にはBL要素が含まれています。
ご注意ください。
夜、部屋の小窓から空を見上げて貴浩は笑んだ。
俊哉や瀬川に好かれて、自分を必要としてくれる人が居るのだと、嬉しく思う。
親や親族から縁を切り、独りになった時もう人間など信じはしないと思ったのに。俊哉や瀬川なら、信じてみてもいいと思える自分が嬉しい。
(いや・・・もう信じている、か・・・)
そう思って、貴浩は自分の左手首を見た。そこには薄くだが、一本の切り傷の痕が残っている。親が離婚する時に親権の事で揉めているのを聞いて、自立すると言う前にカッターで切った痕だ。結局、そんなことしても両親に気付いてもらう事も出来ず、そして命を絶つことも出来なかったのだが。
あの時あんな事をしたのはきっと、命を絶つ事よりも、両親の気を引きたかったのだろう。次の朝に両親がこの傷に気付いたら、きっと心配してくれるだろうと。
土曜の夜に切って。日曜の夕方に目が覚めた。自分の部屋で。手首の傷は血が固まっていて、少しだけ痺れたような感覚があった。
その時に自分は必要とされていない、両親は本気で自分が居なければいいと思っていたんだと気付いた。だから、日曜の晩に自立すると申し出た。
傷を見ながら貴浩は回想する。
(・・・そういえば、この傷に気付いたのってトシだけか)
傷を隠すでもなく、普通に生活しているが、今までその傷に気付いたのは俊哉だけだと今更気付く。
(トシには、怒鳴られたなぁ・・・)
俊哉がこの傷に気付いたのは、一緒に住み始めてすぐの事だった。その時俊哉は貴浩を怒鳴って、挙句の果てには貴浩の頬を一発思いっきり殴った。
『そんな事したら痛いだろっ!両親の気を引くために自分を傷付ける事ないじゃないかっ!』
そう怒鳴られたのを今でもハッキリと覚えている。
哀れみでも、同情でもなく、俊哉は怒りをそのままぶつけてきたのだ。
思い出して、貴浩は小さく笑む。
――トントン。
急に部屋のドアがノックされて、貴浩は振り返った。
「入れよ」
扉の向こうに立つ俊哉へ、そう返事をする。
ドアが開いて俊哉の姿が見えた。
「ごめん、貴浩の顔が見たかっただけだから、用があるわけじゃ・・・」
「いいって、入れよ」
そのままドアを閉めようとする俊哉を、貴浩は手招いて部屋へ入れる。
「・・・そんなに簡単に俺を部屋に入れてもいいの?俺、もしかしたらこの間みたいに手を出すかもしれないよ?」
部屋へと入りながら、俊哉が訊いた。
貴浩はそれに笑って答える。
「別にいい。何か昔の事思い出してたら、やっぱり俺の人生でトシより大切だと思える人間っていねぇし。多分この気持ちって友情とか愛情よりも、もっと上にある」
「・・・・・・冗談、何もしないよ。俺は別に見返りが欲しい訳じゃない。だけど貴浩がそう言ってくれるのは凄く嬉しいよ」
俊哉はふわりと笑った。貴浩は一瞬それに見とれる。それほどにまで、落ち着いた自然な笑みだった。
「・・・・・・わりぃ。今日の昼言った、もしトシと瀬川が呪詛を掛けられたらってやつ、やっぱ俺、トシを先に助けると思う。だから瀬川はトシが助けてやって。俺、何があってもお前だけは失いたくない・・・」
そう言って少し照れたのか、貴浩は視線を小窓の外へと向けてしまう。
俊哉は少し驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに笑った。
「わかったよ。ありがとう。そろそろ部屋に戻るから。これ以上はちょっとね」
「あぁ、何か引き止めたみたいで悪かったな」
「いいよ、じゃぁまた明日」
俊哉が貴浩の部屋を出て、ドアを閉めようとした時に、貴浩が俊哉を呼び止めた。
「俺の方こそありがとな。今の生活があるのはお前のお陰だ。感謝してる。・・・・・・さぁって、明日もバリバリ稼ぐぞ、コノヤロウ!」
最後はいつもの調子を取り戻し、少しだけ声を張り上げて、身体を伸ばした。俊哉に言った言葉が、恥ずかしいと思って、それを誤魔化すためだろう。
「そうだね、明日からまたバリバリ働いてもらおうかな。最近仕事、取ってなかったから」
「・・・マジかよ、トシに言ったわけじゃねぇぞ、最後のは。気合だ、気合入れ」
「だから気合を入れて頑張ってもらおうって言ってるんじゃないか」
「冗談っ!折角仕事減ったのに、そんなのってねぇ・・・」
「口は災いのもとって言うじゃないか。じゃあね」
俊哉が勝ち誇ったように笑ってドアを閉めた後、部屋にはしまったとばかりに、呆然と立ち尽くす貴浩だけが残された。
やはり言葉で貴浩が俊哉に勝てる事はないのである。
何か思いつめている事は無いでしょうか。
事務所『呪術屋』の二名の営業者はそのようなお客様を随時お待ちしております。
依頼の際には次の事にお気をつけ下さい。
一、相手を死に追いやる呪術は取り扱っておりません。
一、営業者二名の本名はお教えすることが出来ません。
一、呪術に失敗した場合、呪詛はお客様本人に掛かる事になり、術者は一切の責任を負いません。
以上の事をふまえた上でご依頼下さい。
追伸
この度、呪詛返し・呪詛祓いも始める事に致しました。そちらをご利用のお客様はどちらかをご記入の上、ご依頼下さい。
『呪術屋』営業者一同
〜終〜
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
続編も上げていきますので、今後もよろしくお願いします。