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このストーリーには少しではありますがBL要素を含んでおります。
ご注意ください。
何かお困りのことは無いでしょうか?
人には言えない「あの人を……」というような。
ここではそのような思いを随時お待ちしております。
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「ねぇ渡瀬、ちゃんと聞いてんの?」
昼休みの教室に響く女子生徒の声に、渡瀬貴浩は面倒くさそうに机から頭を上げた。
「何だよ瀬川、何か言ったのか?」
「やっぱり聞いてなかったんじゃない!俊哉君、酷いと思わない?」
瀬川と呼ばれた女子生徒は、隣に立っていた佐原俊哉の方を見た。
「渡瀬、いつも寝てるんだから友達の話ぐらいはちゃんと聞きなよ」
「……わかった。聞けばいいんだろ?」
貴浩はあくびをこぼしてから、俊哉を少し睨んだ。
「何で渡瀬っていつも寝てるの?夜何してんのよ」
「別に何だっていいだろ。それより言いたいこと早く話せよ」
「それもそうね。また寝ないうちに。あのね、今噂になってるんだけど、ネット上に呪術屋っていうのがあるらしいの」
瀬川の言葉に、貴浩は眉間に皺を寄せた。
「何だよソレ、どっかの怪しいサイトじゃねぇの?」
「怪しいと言えば、ね。言葉通り、依頼者の代わりに呪いたい人を呪ってくれるらしいの。でもそのサイトが掴まえられなくて、依頼できないんだって」
「何?瀬川の周りに依頼したいって奴がいるわけ?」
「うん……。夏美って言う子がね」
瀬川の表情から、かなり深刻であることが窺える。貴浩も思わず口を瞑った。
「……でも、人を呪うとか、そういうのってあんまり良くないよね、俺はそんなことして欲しくないな」
三人の沈黙を破ったのは俊哉だった。極めて単純に、そして真剣に考えた俊哉らしい答えである。
「やっぱり俊哉君もそう思うよね。あたしもそう思うの。だから夏美を説得して止めさせようと思うんだけど、どう思う?」
「別に止めさせなくてもいいんじゃねぇの?そのサイトなかなか掴まえられねぇんだろ?その夏美って奴がサイト見つけて入れたら、それはそれでいいんじゃねぇの?」
「だけどっ――」
貴浩に反論しようとした瀬川の声は予鈴によって掻き消された。
「いけないっ!あたし、次移動だ!この話、また今度ね」
そう言って瀬川は教室から出て行った。その後姿を見送ってから、俊哉は貴浩の席の前の席に着いた。
「噂になってるみたいだね」
さっきと変わらぬ口調で幾分音量を下げて俊哉が言った。
「・・・何やってんだよ。その方面はお前の仕事だろ?」
「その辺の人のIT技術を嘗め過ぎたかな・・・。これからは注意するよ」
「頼むぜ、まったく。これ以上仕事が増えたら、俺の身がもたねぇよ。一応それなりの念は込めるんだからよ」
この会話から分かるかもしれないが、先程瀬川が言っていた『呪術屋』はこの二人の裏の顔だ。もちろん学校やクラスメイトにばれないように運営している。
依頼人の代わりに人に呪詛を掛ける。しかしその責任は一切負わないという事をモットーにしている。
こんな社会の中、ネット上でサイトを制限しても依頼人は大勢やって来る。サイトに辿り着いても殺しの依頼だけは絶対に受けない。これは良心とか正義感からではなく、呪詛に失敗した場合の術者の身を案じてのことだ。それだけ強力な呪詛となると、もし失敗したら最悪の場合、命を落とすことになる。
それだけ制限していても、最近は随分と依頼が多い。呪詛が出来るのは貴浩だけなので、貴浩は力を使いすぎ、結果として学校でも眠りこけることになるのである。お陰で貴浩には友達と呼べる人間は数少ない。だがこれは本人が増やしたいなんて思わないからかもしれない。
「大丈夫だよ。これからはもう少し制限していくから。あと今日の事なんだけど・・・」 俊哉がそう言ったところで教室に先生が入って来た。
「帰ったらまたノート貸してくれな。じゃ、おやすみ〜」
そう言って貴浩は再び机に頭を沈め、睡眠を取り始めた。
「・・・ほんと、しょうがない奴だな」
机の上でスヤスヤ眠る貴浩を見て、静かに俊哉はつぶやいた。
四階建てのビル。その一階は事務所になっている。外見はその建築物の歴史を感じれるほどぼろい。事務所も機能しているとは思えない。
そんな事務所に二つの人影が現れた。貴浩と俊哉だ。
「ここって外見と内装の差がありすぎだよな」
「まあね。だからこそ俺たちが有難く使ってるんじゃないか」
二人の会話通り、事務所の内装は一般の事務所と変わらない。外側だけがボロいのだ。「まあ、居心地良ければ何でもいいからな。そんで今日の仕事は?」
「今日は二件だよ。いつもの半分ぐらい。その後で俺の仕事手伝って?」
「はぁ?手伝うって何を?俺はパソコンなんて使えないって知ってるよな」
「浩のパソコン技術は知ってるよ。手伝って欲しいのは考案。どんな構造にすればこのサイトを隠せるかってこと」
それならいい、と貴浩は承諾した。
学校では名字で呼び合っているが、それ以外の時はお互い呼びやすい呼び方、要するにあだ名を使っている。これは本名がばれないようにする意味もある。
コンコン、と事務所のドアがノックされた。
「浩、奥の部屋で準備しといて。依頼人なら呪詛するかもしれないから」
今の俊哉の言葉にはいろいろな意味がある。依頼人ならというのは、たまに何も知らずこの事務所へ来る人間がいるからである。そんな人は何も知られないように帰って頂くのだ。そして呪詛するかもというのは、呪詛を行う前にもう一度俊哉が依頼人と話をして、本当にやるかどうかを決めるのである。止めるなら帰ってもらい、本当にやるのであれば奥の部屋へ入ってもらうのだ。
「・・・どうぞ、お入り下さい」
俊哉の言葉の後にドアが開き、若い男が入って来た。
「呪術屋さんですか?お若いですが・・・」
「そうです。都合で名乗れませんが、それはご了承下さい」
丁寧に受け流し、俊哉は依頼人に椅子を勧めた。椅子に座った依頼人は不思議そうな顔をしている。多分、すぐに呪詛が始まるだろうと思っていたのだろう。
そんな依頼人をよそに、俊哉は話を進めだした。
「呪詛を行うにあたり、いくつかの注意事項がありますが、そちらの方はご存知ですね?」
「はい、知ってます」
「・・・それでも呪詛を行いますか?」
「はい、お願いします」
そこで俊哉はいろいろと記された紙を取り出し、依頼人の前に置いた。
「でしたらこの契約書に印とサインの両方を頂けますか?」
そう言って依頼人の印とサインをもらい、俊哉は小さく息をついた。
「では奥の部屋へお入り下さい」
俊哉は扉を開き依頼人を促した。依頼人は恐る恐る暗い部屋へと入る。
部屋の中は微かな香の香りと蝋燭の炎が怪しさを漂わせている。その中に貴浩は立っていた。
「呪詛は彼が行います」
俊哉が依頼人にそう伝えると、依頼人の顔に動揺が走った。
「え・・・貴方がやってくれるのかとばかり・・・」
「僕には残念ながら彼の様な力はありませんので。安心して下さい。彼は信用できる人間ですから」
そう依頼人を安心させると、俊哉は貴浩の方を見た。
「・・・今から呪詛をやるけど、もし失敗したり跳ね返された場合は呪詛はすべてアンタのとこにいくから。それが嫌なら今のうちに止めることを勧めるけど?」
「それでもいいんです。お願いします」
「そう。何があったか知らねぇけど、わかった。トシ、やるぞ?」
トシと呼ばれた俊哉は軽く頷いた。すると貴浩は床に座り、何やら唱え始めた。それを依頼人は唖然として見ている。貴浩は途中で四枚の札を取り出し、蝋燭の炎で火をつけて灰にする。これで相手の身が無防備になる。あとは念を送り、神々へ詫びて完了する。
十五分程度ですべてが終わり、蝋燭の炎も消された。依頼人は礼だけ言うと、逃げるようにして帰って行った。
たった十五分程度の短い時間で、貴浩は額に汗を滲ませていた。
「お疲れ様。大丈夫?」
「・・・俺を騙したな。何が今日は楽だ。相手にガードが付いてんじゃねぇか」
「修業になった?失敗するかと、ちょっと心配だったんだ」
「念のため札を持ってたから助かったけど、次のもこんな?」
「そうだね、今のよりはガード弱いから余裕なんじゃない?」
「・・・水くれ。あと、次の準備頼む」
俊哉は言われた通りコップに水を入れ、貴浩に渡した。そんなに怒らないでよと困った顔をして。
コップを受け取った貴浩は水を一気に飲み干し、別に怒ってねぇよと返した。そう返したものの、さっきので力を使い過ぎたと反省すると同時に焦っていた。もし次の依頼が今以上のガードを付けていたら失敗するかもしれない。
(式を呼んでおくべきか・・・)
そう考えていると、次の準備を終えた俊哉が奥の部屋から戻ってきた。
「式は呼ばなくても大丈夫だよ。ガード弱いって言ったでしょ?」
「お前って人の心読めんの?」
「今の浩は式を呼ぼうかって考えてるのバレバレだから」
にっこり笑って答える俊哉は怖いと貴浩は思う。
実のところ、俊哉と貴浩の式は仲があまり良くない。式は貴浩を慕っており、その慕っている貴浩を毎回酷使しているように見える俊哉に不満を抱いている。俊哉自身は貴浩の式が嫌いな訳ではないが、あまり会いたいものではなかった。
「俺、余力が予想以上に少ないからマジで失敗するかもしんねぇ。呼んどいた方が安心出来る」
「浩が弱音吐くなんて珍しいね・・・。でも俺って鋼鬼に嫌われてるからなぁ」
鋼鬼とは貴浩の式の名前である。貴浩が使役出来る式は数匹いるが、鋼鬼はその中で一番強く、リーダーでもある。そして貴浩が一番よく呼ぶ式も鋼鬼なのだ。
そんな鋼鬼に嫌われていることを、さすがに俊哉も気にしていた。
「自業自得だろ・・・それならどうすんだよ」
不満そうに小さく呟いて、貴浩は聞いた。
「・・・わかったよ。呼んでもいいよ。どうせ怒られるのは俺だしね」
「鋼鬼にちゃんと言っとく。それじゃ、呼んでくる」
そう言って貴浩は白い皿に水を張り、窓がある部屋へ向かった。
部屋へ入ると、持っていた皿を窓の側へ置き、一歩下がり一礼の後に柏手を一つ打った。
「・・・今、汝の力を必要とする。鋼の如く鋭さをここに示せ、鋼鬼降来!」
貴浩がそう唱えると、何処からともなく一羽の烏が姿を現した。その嘴はいかなる物も砕きそうなほど鋭く、鋼のように黒光りしていた。
「貴浩に会うのも久しいな・・・どうした?今日はどうも力が弱いようだが?」
その烏は言葉を話した。そう、この烏の姿をしているのが貴浩の式、鋼鬼だ。
「・・・まぁな、仕事でちょっとな」
「何?俊哉の奴、また性懲りもなく・・・我がしっかり言ってやろうではないか」
「それはいいから、頼みたいことがあるんだよ」
羽をばたつかせる鋼鬼を宥め、話を切り出した。
「出来る事なれば何なりと」
そう返答した鋼鬼に安心して貴浩は続けた。
「今日はもう一つ依頼がある。でも俺は余力が少なくて、はっきり言うと失敗しそうで不安なんだよ。そこで、もし失敗した場合にお前の力で対処してもらいたい」
「そのようなことか。承知した。しかし俊哉の奴は我が主を何と思っているのか。まる で道具のようにこき使いおって!」
怒る鋼鬼を落ち着かせ、貴浩は鋼鬼を待機させてもとの部屋へ戻った。
「何か・・・二人の間に挟まれてるって感じ。疲れるな・・・」
そう言ってため息を一つこぼしたが、気を取り直し仕事に集中する。
先程使った部屋は、俊哉によって整えられていた。新しい蝋燭が準備され、四枚の札も部屋の隅にある机の上に置かれていた。結界も張り直され、もういつでも呪詛を行える状態になっていた。
「・・・俊哉にしては親切だな。やっぱり次の仕事も大変なんじゃねぇのか・・・?」
いつもなら頼んでも札止まりなのに、今日はやけに親切な俊哉に不信感を抱く。真相を確かめようとしたが、その前に二人目の依頼人が来てしまったようだ。横の部屋から俊哉の声と女の声が聞こえてきた。いつものように契約書の確認をする俊哉の落ち着いた声が、荒れた女の声に掻き消される。
(何か依頼人危なくねぇ?)
貴浩は無心になろうとしながらも、そんなことを考えてしまう。
しばらくして、俊哉と依頼人が部屋に入って来た。部屋に入って来ると同時に、俊哉はそっと貴浩に耳打ちした。
「彼女、精神状態が悪い。呪詛はしない方がいい」
「掛けなきゃ帰らないんじゃねぇの?彼女、マジっぽいし」
「それはそうだけど・・・相手は彼女と面識すらない新婚さんなんだよ」
「はぁ?なにソレ。何でそんな人を呪いたいの」
「ヒガミから。彼女、まだ独身なんだって」
貴浩が女ってこえ〜と呟いていると、待ちかねた依頼人が暴れだした。
「何こそこそ話なんてしてるのよ!早くやってよ!」
「・・・やはり、貴方の依頼は聞けません。申し訳ありませんが、お引き取りください」
「マジかよ、トシ!そりゃ俺としては仕事が減るわけだから嬉しいけど・・・俺知んねぇからな」
何をやらかすか分からない状態の相手だ。下手に断って怨まれ、違うところで呪詛なんて掛けられたりなんてしたら余計に面倒だ。
その事を思い反論する貴浩をよそに、俊哉はきっぱりと依頼人の女性に言った。
「申し訳ありません。お引き取りください」
「・・・そう、依頼は聞いてもらえないのね。わかった、もういいわ。違うところに頼む から。あなた達も気を付けるのね。世の中、何が起こるかわからないもの」
依頼人は妖しげな笑いを見せ、そう言ってすんなり事務所から立ち去った。
貴浩は依頼人が事務所から立ち去ると、ドサリと接客用のソファに倒れこんだ。そしてそのままの体勢で俊哉に告げる。
「あの女、絶対掛けてくるぜ?それで返すのは俺だろ?」
「だろうね。その時は頼むよ」
俊哉のいつも通りの口調に、貴浩は大きくため息をついた。
「・・・鋼鬼、仕事無くなったからもういいぜ」
貴浩がそう呟いた。すると、何処からともなく一羽の立派な烏がソファの背もたれの上へ舞い降りた。そこから主人である貴浩をじっと見下ろす。
「・・・何だ?鋼鬼、どうかしたのか?」
「お前に――」
「鋼鬼、悪い。まだ戻るな、後でちょっと付き合え。トシは先に帰って飯作っといて」 何かを言いかけた鋼鬼を遮り、貴浩はソファに倒れこんだままで俊哉にそう言った。
「かまわないけど、どうかしたのか?」
「何でもねぇ。ただ力使い過ぎて動けねぇだけ。しばらくしたら帰る」
「・・・わかった」
そう言って俊哉は事務所を出た。
俊哉と貴浩は一緒に住んでいる。俊哉は両親が海外に移り住むことになった時、自分はこの国に残ることにしたのだ。貴浩はというと、両親が離婚する際に親権を押し付けあっているのを見て、一人暮らしをすると申し出たのだ。結局、貴浩が一人暮らしをするならという事を約束に、父親が親権を持つこととなった。
そして同じクラスだった二人はお互いの話を知り、共に暮らすようになったのだ。
「・・・浩は嘘が下手だな。まぁ俺に力がないと思ってるからしょうがないか。騙されたふりでもして、晩飯でも作るか」
俊哉はクスリと笑ってそう呟いた。だが人通りの少なく薄暗い道を歩く俊哉の呟きを知るものは誰一人としていなかった。