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見ていただいていた方、しかもブックマークもして頂けたので遅筆ながら書けました。暇つぶしどうぞ。
目を覚ましたら赤ん坊になっていた。
この世界での最初の記憶は空腹と体中に何かがまとわりつく不快感、それを言語ではなく原始的に泣くことでしか出来ないという苛立ち。
今思えばまとわりつく感覚はこの世界では当たり前に存在する魔力と言われるものだったとわかるのだが、生まれたばかりの時は死んだばかりの混乱と知らない場所、知らない言語を話す知らない人物と混乱する要素しかなかった。
そんな混沌とする思考の中、ヴィヴィーリル男爵家第三子として私はこの世界に生を受けた。
ヴィヴィーリル男爵家がある法主国は年齢が10歳になると一定以上の魔力を持ち、貴族位を持つ者たちは本来家で行う教育を国の指定機関「学園」にて魔力を用いて行う魔術を学ぶ。
学園には少ないながらも貴族ではない一般家庭の子供も入学することもあるが、魔力を持つこと自体が珍しいため入学できるのは遠くの祖先に貴族の血が入っていた家庭が多い。
国としても貴族というのは特権階級ではなく、役職に近いためか私が歴史で知る民衆を苦しめる横暴なぶくぶくと太った貴族なんてものは見たことはないが。
そうして学園で身につけた技術は神域への探索や他国との戦争という形で国に還元され、研鑽された学問はさらに知識の深奥を目指す初めのきっかけや富としての国の礎となる。
「ところが私はそこで身につけた知識も技術も国への貢献を行わずに、自己への欲求を満たすために探索者なんてやってるわけ」
歩く速度に影響が出ない程度の荷物を背負い右手には短杖、左手は腰にあるポーチから物をすぐさま取り出せるようにか腕を大きく振らずに少し歩幅は小さく森の中を歩く。
原初の神域『女神の湖』の外縁部である森は比較的命の危険は少ないと言われる場所である。しかしそれはあくまで少ないだけで決して軽率に人族が生きていける場所ではない。
「しかし[静寂]の魔術を覚えておいて本当に良かった。足音を立てずに歩くなんて結局できなかったし、こんな危険な場所でも独り言を呟いても問題ないし」
森の中は足元は見える程度には明るいが、遠くを見ようとすると木々視線を遮り自分が出す足音は周囲へ自身の存在を喧伝し、逆に周りに命を脅かす存在の音をかき消してしまう。
本来であれば。
「そこを[静寂]で自分が発生させる音を消して[生命感知]で設定以上の生命力が感知範囲に来ると反応するようにすることで不意打ちはほぼあり得ないって、私って有能すぎない?」
神域を探索することで得られるものは多い。
有益な植物による食物や薬の原材料、鉱物・鉱石であれば武具や装飾品といったものにもなりその場所に存在する生物からも様々な恩恵を得ている。
もちろん恩恵のみを与えるわけではないのが神域と言われる場所でもあるのだが。
「今日の稼ぎは貯蓄分を差し引いて二日分の宿代。やっぱり安全を優先した一人の探索じゃ限界はあるね」
探索者は常に命をかけて生活の糧を得る。もちろん得る稼ぎは比較をするのであれば一般家庭ではお目にかかれない額ではある。それを命の値段として数えたときに納得をできる金額を得ているものは探索者の中では少数に数えられるだろうが。
バチン!と先ほどまで一人で誰にも聞かれない独り言を口にしていた少女の後方で弾ける音が発生した。それは[静寂]の範囲外だったのもあり森の中に響き、近くの小鳥は慌てたようにお枝から飛び立っていった。
少女は短杖を握り直す。いくら不意打ちを限りなくなくせるといっても決してなくなることはない。今回のように[生命感知]の範囲外からの物理的な狙撃を察知することはできないからだ。
「くそう[物理障壁]はさっきのが最後だってのに」
神域と言われる場所は中心地に近づけば近づくほど希少な物を手に入れることができる。もちろんそれを簡単に手に入れることが出来ているのなら世界はもう少し人族に優しいものだったのだろうが。
中心地にはより強力で狡猾な生物であるモンスターが存在する。動物が魔力を得て変化する魔物や体の構成要素のほとんどを魔力である魔族とは違い、神域のみで見られる生物でもなく魔族でもない存在。奴らの研究は遅々とし進まないがたった一つだけわかっている事がある。
奴らはモンスター以外をただ殺すために存在する。
「この辺で遠距離による攻撃をしてくるのはホブゴブリン、コボルトくらい。どっちも1体のみでは出てこないから逃げるかどうか」
逃げるなら今すぐ出口への道筋を辿らなければいけないが悩んでしまった。今回の稼ぎは平均的な稼ぎで言うとかなり悪い方。しかも虎の子の[物理障壁]を次回の探索に使うためには魔力の溜めが二日は必要と考えるとなんとか赤字にならないくらいで、精神的に疲れたのも考えると少女の中では無駄な探索として感じてしまっていた。
しかし、ここでモンスターを退治しておけばそこから得られる稼ぎで少し豪華な夕食分は補填できそうだと勘定をしてしまった。
「モンスターの姿は見えない、でも見てから判断しても私の実力なら逃げることはこの辺の奴らくらいなら問題はないか」
今でもこの判断は後悔をしている。ここでさっさと宿に戻り夕食でも食べておけばこれから起こるであろう厄介ごとも、元男の私が『聖なる白』なんて名前で呼ばれることもなかったと言うのに。
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