9 ボクの初めての殺し
ドロシーは思った・・・
さて、困ったもんじゃな・・・どうやらこの子決断は本物じゃろう。じゃがワシらの世界では残酷な死がそこら中にある。想像もつかんような圧倒的な力を持った者や魔獣も徘徊しよる・・・だからこそディメンション・ロードもこの子の感覚を単純化し、一気にカタを付ける腹じゃったのだろう。
・・・どうやらこの子を甘く見すぎたようじゃな。
・・・そしてミナモはこの子の純粋な心に触れてしまったのじゃろうて。それで、この純粋さを護り、助けようと思ったのかもしれんな。
・・・果たしてそれが、本当に良い選択なのかのう・・・
───
「ふむ、まずはお前さんは殺意を知らればならぬ」
「殺意?ころす意思・・・」
「そうじゃ。殺意は殺さにゃ理解出来ん。いっぺん殺ってみるか?」
「ええっ!い、今?」
ついさっきまで仲良くおでんを食べていたおばあちゃんが、突然「殺るか?」と聞くもんだからボクはびっくりした!
・・・やっぱり避けて通れないよね。殺人・・・怖いなぁ。出来るかなぁ・・・
・・・それにしても泣いたり笑ったり、殺したり。今日はなんて日だよ・・・でも、決めたからには殺らなきゃ!
・・・そう思いキョロキョロしているとお箸に目が止まる。そして、意を決した様にお箸を構えおばあちゃんと対峙する。
・・・・さぁ来い!
「待て待て待ていぃ!ワシを殺してどうする!やれやれ、お前さんはやはりおバカさんじゃのう・・・第一そんな物で殺せるわけないだろうに」
流石のドロシーもつい声を荒らげ本音を口に出してしまった・・・
ちなみにドロシーの義手はフォークの他に魔導ソードとオメガ魔導砲に変形出来ることを知るよしもなかった・・・
「・・・まぁよい。とんちんかんじゃが覚悟の程は分かったわ。ついてまいれ」
そう言って、おばあちゃんは部屋の奥の勝手口に向い外へ出た。
ボクも続いて外に出た。
────
着いたそこは中庭。家畜小屋と鶏小屋があり、庭には、山羊やヒヨコ、鶏たちがのんびりしていた。ボクにはとても牧歌的で新鮮だった。ふと気付いてお空を見上げたけど、曇りガラスのようなドームに覆われてお空は見えなかった。
そんなボクの雰囲気に気づき、おばあちゃんはこう言った。
「お前さんにはワシらの世界はまだ見せれんよ。お前さんが興奮して飛び出しても、すぐに誘拐されるわい。ま、運が良ければ奴隷か・・・悪きゃバラバラにされて売り飛ばされるわい」
「・・・・」
ボクは青ざめ言葉が出なかった。
なんて世界だ!
・・・でも、まだって事は頑張れば見えるんだよね?希望はもっとこっと!
「・・・さて、お前さんが殺すのはこれじゃ」
そう言って、ドロシーは近くにいるニワトリをひょいっと掴んだ。ニワトリは両羽根の付け根を掴まれ羽が大きく開いた状態になり、バタバタともがいている。
「持つがよい」とボクに突き出だした。
恐る恐る手を出すと、ニワトリは脚で引っ掻いてきた。
「いたっ!」
それを見たドロシーは諭すような声色で話した。
「解るかるかのぅ・・・たとえかなわぬ相手だとしても、戦うのじゃよ。死を前にしたら家畜ですらな・・・」
戦う・・・か・・・
ぼんやりのんびりと生きて来たボクにはあまり馴染みのない言葉。でも、必死に足掻くニワトリさんから何か伝わってくるよ。
ボクは今度は左手で力強く、おばあちゃんがやった様に付け根を掴んだ。するとこの掴み方はニワトリにとって急所らしくバタバタするだけで何も出来なくなった。
「掴めたよ!」
「うむ、では地面に押さえつけてこれで動脈を切れ。ほれっ」
そう言っておばあちゃんはボクにナイフを渡した。少しサビてる。あんまり切れなさそうだね・・・
そしてボクはバタバタするニワトリを地面に押さえつけ、首にナイフを当てた。
「そのナイフはなまくらじゃ、殺意を持ってい一息に切らんとニワトリが苦しむぞい」
・・・殺意ね。
ボクは首にナイフを当て力と祈りを込めた・・・
「えいっ!」
・・・・・!
ダメだ!全然切れない!
首は羽毛で守られており、さらに皮が思いのほかブヨブヨしてて、切りにくかった。命を奪うには全然覚悟が足りていなかった!
首から少し血が出ただけでニワトリはバタバタといっそう強く暴れた!!
ちゃんと殺さないと!このままじゃ、かわいそうだっ!
「・・・ごめんね」
・・・ボクは祈りを込めて呟き、そして、力強く切った。
ブツンっとボクは何か手応えを感じた。
あっ・・・何か切れたよ!?
マンガ見たいに飛び散ることなく、ニワトリから血がダラダラと流れた。思いのほか少なかった。
「今じゃ首を折れい!」
「はい!」
おばあちゃんに突然言われたけど、ボクは反射的に、殺意を込めて一気にへし折った。
ごきっ!と鈍い音を立て首は反対に曲がった。
それでもニワトリは文字通り必死暴れ、ボクは必死に押さえた。
・・・30秒位攻防が続いたと思う。するとしだいに暴れるのをやめ、ニワトリさんは死んだ・・・
ニワトリが物になった気がした・・・
ボクは首を切断し土に埋めた・・・
それからは、おばあちゃんに言われるままに、羽に湯をかけブチブチむしり取り、腹を裂き、内蔵を取り出し、胴体と翼、脚、を順番に解体した。
・・・まだ暖かみがあった。
手が血でベトベトになったけど、全部やり遂げた。ボクは今どんな目をしているのだろう・・・
────
「うむ、よくやった。じゃがワシらの世界ではそれくらいは子供でもやるからのぅ。これは別に特別なことじゃのうて」
・・・そうだよね、ボク達の世界でも誰かが毎日やってるんだよね。・・・殺意って意外とどこにでもあるんだね。
祈りみたいに・・・
「ニワトリさん、おばあちゃん、ありがとう。」
自然と感謝の言葉がでた・・・
ドロシーはその言葉に満足げだった。
「うむ、これは晩飯にでもしようかのう。お前さんもきっちり喰えよ」
「うん」
ボクは中庭の水道で手を洗い、部屋に戻った。
それから暫くはおばあちゃんが鳥肉をテキパキと料理するのをじっと眺めた。さっきまで生きていたのが信じられないくらいに、見慣れた鳥肉だった・・・
おばあちゃんは少し大きめの魔導釜で鳥肉とトマトと豆を煮込み、スパイスで味付けしたシチューを作り、グツグツ煮込み始めると、ボクと向かい合って座った。
「どうじゃ落ち着いたかえ?」
「・・・うん。ボクね、ニワトリさんが早く死んで欲しいと願ったよ。苦しませたくないからね。そしたら力強く切れたんだ。それからとっても感謝したよ」
「・・・うむ、お前さんらしい答えじゃわい。これからも悩む事はあろうが、今の気持ちを忘れるなよ。憎悪や怒りを持って力を振るうではないぞ。ワシからはそれだけじゃ」
「はいおばあちゃん。ありがとう!」
力の事はまだよく分からない。でも、ボクはボクのやれる事をやるしかないんだね。ボクは今はそう結論付けることにした。
────
「・・・さて、そろそろお前さんを鑑定してやるかのう。・・・待たせたな」
そう言ってドロシーは机の上にある真鍮の歯車の装飾がいくつも施された水晶玉に優しく触り始めた。歯車が連動し回り始めカチャカチャと音を立てる。これらの装飾には細い管がついていて、よく見るとパイプオルガンに繋がっていた。
・・・そっか、パイプオルガンは湯沸かし器じゃないんだ・・・
ぽやーんとそんな事を思っていると、水晶玉が青白く光り、パイプオルガンについている計器が、ぐるぐる回りだす。そしてプシューと蒸気が溢れ・・・
「どうやら結果が出たようじゃな。・・・ふむ。なんじゃこりゃ!?」
どうやらヘンテコな結果が出たらしい・・・