6 ボクとミナモと
「え!!?」
ミナモの思考演算の結果には、神にも等しいチート能力を簡単な謝罪一つで断られるなんて解答は一切なかった。
それ故にミナモにはこのおバカさんが何を考えているのか全く理解不能になり、アンドロイド達の間では恥とも言うべき感情が、抑えきれないからこその感情が、フツフツと込み上げてくるのを感じた。
人間とは頭が悪く強欲で、誰よりも優位に立とうとしたがる。それがアンドロイド達から見た人間への一般的な見解だった。
そんな人間が、今ここに大したデメリットもないまま、全ての頂点に立つことができるチャンスがあるというのに、それを否定するということは全く不可解なことであった。
「・・・なぜです?圧倒的な力に加え、あなたの懸念材料でもある力の暴走も制御可能とし、あなたのご家族、ご友人方、果ては世界を守り、もしあなたが許すなら敵も殲滅する必要なく、すべてに秩序をもたらすことも可能です。あなたは神にもなれます!」
ミナモは感情を抑えているつもりであるが、焦りと苛立ちでいつになく早口になっていた。
神になれる力。全ては思いのままなる力。
なぜ、それを拒絶するのか全く理解出来ないミナモであった。
・・・神にも等しい力こそが、孤独で寂しく、そして自分を変えてしまうくらい恐ろしい力であり拒絶の対象そのものになっているとは知るよしもなかった。
─────
「ボクはね思うよ。神様ってさ、そんなに良い役なのかな。意外とつまらない、損な役割かもよ。・・・例えばさ、神様も何か人々にお手伝いしたいと思っているかもしれないよ。でも、誰にどうしてあげるの?どうやって決めるの?信じてくれる人にするの?みんなだいたい腹黒いよ。だから気軽にお手伝い出来ないと思うよ」
結局見守るしかできないよね。
「それにさ、みんなが幸せになったら、神様もいらなくなるじゃん。だから、迂闊に幸せに出来ないよね。だから、神様は意地悪しかできないんだよ。可哀想だよね。知性の先も案外、理不尽な世界かもね。ボクにはよく分からないけどさ。とにかくまぁ、いらないや。」
つまり、ボクは意地悪しかできない神様にはなりたくないの。
そう、これがボクの結論。
────
「・・・何よそれ!」
ミナモは幼い両手でテーブルを叩きながら立ち上がった。ペラペラと無神経にお喋りをするおバカさんに対してついに感情を爆発させたのだった。
アンドロイドの本懐として、じっと感情を抑えていたミナモであったが、まさか自分よりも遥かに劣るおバカそうなボクっ子に、こうもあっさり一方的に断られるなんて想像もしていなかったのだ。
「それでは私の立場はどうなるの!私はあなたに力を授ける為にここにいるのよ!あなたは私の存在意義を否定しているわ!わかる!?」
─────
ミナモの突然の変わり様にボクはとてもビックリした。それと同時に、ボクはミナモの事を全然考えなかった自分に気が付いた。この子はずっとここで目玉を倒す為に準備してきたんだよね。
・・・・でもね。
ボクはぺこりと頭下げる。ミナモには申し訳無いけど、ボクにはそれしかできない。
「・・・ゴメンね。でもやっぱりいらないよ。その力は怖いよ。いつか使っちゃうかもよ。何かイライラした時にさ。リミッター解除!みたいに。そしたらボクが大魔王になっちゃう。それにね、ミナモ。ボクはホッコリしていたいんだよ。ホッコリ。分かる?」
分かる?と聞かれ、ミナモは内蔵されている高度魔導演算処理機構をフル回転して「ホッコリとは?」と検索した。・・・その結果、何か暖かみがあること、及び、焼き芋の別名と分かった。
しばらくミナモは考えたが、なぜ暖かみがある焼き芋が最強の力より優位に立つのか全く理解出来なかった。
「すみません。ホッコリの意味が分かりません」と答えるしかなかった。
頭の良いミナモが分からない事に対しボクは少し優越感があったけど、残念そうにするミナモを見て、ボクは少し感傷的な気持ちになった。
「大丈夫!ボクが教えてあげるよ!・・・ホッコリにはね、バランスが大事なんだよ。例えば、寒い時に感じる少しの暖かさ。苦い物と甘いもの。辛い時の優しさと痛みと癒し・・・つまりね、寒くないと暖かみは感じないの。苦くないと、甘いだけで胸焼けするの。優しさだけだったら怠け者になるの。痛いから癒されて感動できるの。その瞬間にホッコリがあるの。わかる?」
「・・・ありがとうございます。私は感じた事ありませんが何となく理解出来ました」
そう答えたミナモは、アンドロイドを相手に一生懸命ホッコリを説明するこのおバカさんと過ごすこの瞬間にこそ、何かホッコリするものを見い出せそうな気がした。
しかしそれと共に、何故このチート能力をおバカさんが拒否するのかについての一つの解答も見出していた。
それは、このチート能力の生み出された動機、即ち禍々しいまでの憎悪。そして、見え隠れする本質、即ち全てを意のままにする傲慢。このチート能力のどこに人をホッコリさせる要素ががあるのだろうか?
否、ミナモは気付いていたのかも知れない。
ただ、気づかないフリをすることこそが仕事や役割と呼ばれる類には必要である。
物事を正面から真っ直ぐ捉えるしか出来ないおバカさんは、そういった守るべき世の中の暗黙のルールをいとも簡単に破り捨て、本能的に本当に大切な答えに辿り着いてしまったのだろう。
しかしそれは正しいが故に、嘘と傲慢が蔓延する世界では非常に浮いてしまう存在であり、儚く消されてしまう危険も帯びていた。
ミナモはこの儚く純粋な想いに当てられてしまい、もはやこの禍々しい能力を真冬の暖かい焼き芋のようなボクっ子に強制する気になれなくなってしまった。
「・・・本当に・・本当に良いのですか?あなたが力を得ない事で多くの生命が失われます。その未来は確実に来るかと思われます。それでも良いのですか?」
それでも最後に少し意地悪だけれども、近い将来に現実に起こるべく命題を問いかけてみた。
─────
ボクはミナモの質問は最もだと思った。今、ボクは間接的に人を殺す選択をしようとしているんだよね。
でもね、近い将来の命を救っても、遠い未来の命をボクが摘み取る事になるかもしれないんだよね。
何だか悲しいね。・・・結局知力では解決出来ないんだね。まぁ時々バカな知力にも何だか好感が持てるよ。
でもまぁボクには・・・
「ズルいよ、ミナモ。それこそ知性の向こう側の話だよ。きっと神様にしか分からないよ。ボクはボクのステータスの中で何とか頑張るよ。結局はそれしかないんだよ。無理だったらごめんなさいする」
・・・と言うより他に無かった。
結局は自分を信じて、一つ一つやるしかないんだね・・・
聴いてますか?神様、後は丸投げします。
ボクは煌めく星空の向こう側の神様を見つめた。
────
それからしばらく、煌めく星の見える夕焼けの海が奏でるさざ波の中で、二人は静かに見つめ合った。
・・・さざ波という静寂が支配した。
まるで金縛りが解かれたようにボクはふと大事なことに気付いた。
「ミナモ!おいで!」
ボクは立ち上がりトコトコと歩き、島の端までやって来た。ミナモも無言でついてきた。
それはミナモがすっかり心を許してしまっている証拠でもあった。
「ボクがこの世界での正しい過ごし方を教えてあげる!」
「正しい過ごし方?ですか・・・」
「うん!まず、ここに座るんだ。足は海の中にこうやってタポンと沈めるの。・・・ほら一緒にやって!」
ミナモは無言で追従し、スカートを膝まで上げ、白い素足を海の中へタポンと沈めた。海水は優しく暖かみがあり、心地よかった。
「それから、後ろに手をついて空を見るんだ!」
二人は一緒に星空を見上げた。
「ね!綺麗でしょ!これが正しい過ごし方!ホッコリするでしょ?」
────
・・・私は一体何をやってるだろう。
全てが終わった死の星で、すべてを終わらせる力を与えるために私は再びここへやって来た。
それが今、こうして一緒に海に足を沈め、星空を眺めている。
改めて見るこの世界は不思議。沈まぬ夕陽と満天の星空、時おり現れる緑のオーロラと流星群。
この全く意味のない時間が心地よく感じる。これがホッコリなのね・・・
ホントに私、何してるのかしら・・・
「・・・責任。責任取ってください・・・」
・・・それはミナモの無意識の言葉だった。
だか、その一言に込められた感情は、ミナモの心のダムを決壊させるには十分であった。
「んっ?責任?何の?」
ボクは、ミナモの変化を気にかけずに、星空を見上げながらノン気に言った。
「私の存在意義を無くした責任です!」
そんなノン気な態度にミナモはつい感情的になってしまう。
「あっ!そ・・そうだった!その説はごめんなさい」
「謝って済む問題じゃありません」
─────
ミナモに冷たくもかわいいシド目で睨まれたボクはスグに謝って見たけど、どうやらダメだったぽい。
・・・・ミナモに対する責任かぁ。
何とかしなくちゃいけないよねぇ。だってボクが、存在意義を無くしちゃったのは間違いないからね。
「・・・うーん、じゃあさ、一緒に行こうよ。ボク、ステータス低いからちょっと不安なんだ。でも、二人ならきっと大丈夫だよ!」
─────
それはミナモにとって不思議な響きのある言葉だった。たとえ人間がベースになっており、感情があるとはいえ、アンドロイドは創造主に造られた機械である以上、感情は抑制し従わなければならない存在。対等ではありえないのだ。
・・・一緒に行く。とても新鮮だった。
しかしながら、一緒にこの場所で星空を見上げるという感傷的な行動を既に受け入れてしまっているミナモにとって、この誘いはむしろ、待っていた最後の言葉であり、最後の一押しだった・・・
まったく、このおバカさんは心の隙間にいともたやすく滑り込んでくる・・・それが少し不満であったが心地よかった。
「・・・そうですね。あなたがおバカさんなのは変わりないので、サポートが必要かと思われます・・・」
・・・だから、そうつぶやいた。
ミナモは再び星々を見上げた。煌めく星空は満天だった。たった今、ミナモの視る世界の何かが変わった気がした。
──────
・・・・・・・
「ぴこーん!」
あれからボク達は何かを話すということは無く、足で海をぱちゃぱちゃとかき混ぜながら、寝っ転がったり、夕陽を眺めていた。
まるでボクが見たあの夢の中のように・・・
そんな中、突然脳内に響く音にボクはビックリした!
「どうやら新たな称号を得たようです」ミナモは事務的なるように努めた。
ボクは称号と聴いて途端に嫌なことを思い出した。あー、例のやつか。煌めく星空に急に雲が掛かったよ。
ボクはしぶしぶながらも、ステータスを、確認した。
─────
称号
■ ■ ■ ■ ■♪
マナに祝福されしもの
────
「マナに祝福されしもの?ミナモ、コレはなに?」
「称号、マナに祝福されしもの。です。称号としては特に珍しいものではありませんが、大気にマナが未だ満ち足りていないあなたの世界では、非常に珍しいかと思います。そして、この称号を得た者には僅かですかギフトがあるかと思います」
「ギフト?何それ?」
「内容は各個人で変わってきます。現在確認されているギフトはステータス補正やスキル獲得、魔法の付与などです。いずれにせよ鑑定士に依頼し確認をとる必要があります」
・・・鑑定士かぁ、これはやはり鑑定スキルがあるって事だよね。ファンタジーには必須だよ。歴代の主人公は大抵持ってるからね。ボクも欲しいなぁ。まずはこれを目指そう!
「鑑定スキル習得条件のひとつに知力200があります。誠に残念ですが不可能です」
「えっ!別に要らないよ!ちっとも興味無いし!」
・・・・目標を失った。
「・・・・そうですか、それは良かったです」
表情のないミナモにもかかわらず、ボクは彼女がおバカさん♪と言ったように聞こえた。
何か話題を変えようと、頭の中で探っていると、とても重大な事に気付いた!
「ね、ねぇ、これからどうしようか?自分から断ったのに結局ミナモにしか頼れなくて・・・何かごめん」
そうなのだ!結局はチートは無く、ぼんやりさんが世界を救うハメになってしまい、にっちもさっちも行かない状況には変わりないのだ!
そんなオロオロするボクの顔をミナモはジット見つめた。
「私はあなたのサポートアンドロイドです。どうか気になさらずに。しかしこうなった以上は、伝えなければならない情報が多数あります。ですが今の私にはステータス魔法と時空を統べる力の付与のみ許可されています。よって私は私の権限を取り戻す必要があります」
ミナモがそう言うと同時にステータス画面がマップに切り替わった。見てすぐに分かった。地元の地図だ。そして、目印はある一点を示していた。
「まずは、ここに行ってください。時空の亀裂が存在します。これからアンカーを打ち込みます。それにより、あなたは私達の世界へ行く事が出来ます」
「時空の亀裂?・・・アンカー?」
ボクの頭の中にハテナが並ぶ。
「はい、空の亀裂の事です。この場所は偶然にも地上まで延びていて、アンカーがあれば私達の世界に行く事が出来ます。場所は鑑定士のいる座標に打ち込みますので、きっと大丈夫でしょう」
「えっ!じゃあボク異世界に行けるの!?」
「そういう認識で大丈夫です。ですがあまり出歩かないでください」
「何で?、やっぱり危険な魔獣とかいるからなの?」
「それもそうですが、それ以前に迷子になると困りますので」
「・・・まぁ、それもそうだよね・・」
普通のことだよね。初めての異世界なんて普通は迷子になるね。別にボクじゃなくてもなるからね!
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ボクがブツブツ独り言を話していると、ミナモがそれを遮ってきた。
「どうやら禁忌に触れてしまったようです」
「キンキ?今度は何?ボクにもちょうだい」
「・・・禁忌はあなたの事です。」
んっ?何のことだろう?心当たりがない。でも、ミナモが少しソワソワしている事に違和感を感じた。
──────
・・・・やはり、禁忌に触れてしまったのですね。先手を打っておいて正解でした。
・・・約束。守れなくて申し訳ありません。
「さぁ、そろそろ行ってください。ご安心下さい、鑑定士は私の友人で、とても信頼出来る人物です。あなたに会えて本当に良かった」
「う、うん!ボクもだよ。ありがとう!」
何かキンキに触れてから急にソワソワしてるよね。でも、女の子には色々秘密があるからね。仕方がないからボクも切り上げた。
「それでは・・・さようなら」
「じゃあ、待ってるから!」
・・・途端に世界が暗転しボクは消えた。
────
残されたミナモは静かに夕陽を眺める。今はこの世界が愛おしく思える。
あの子と一緒に生きたい。また一緒に夕焼けを眺めたい。あの子の観ている世界をもっと知りたいと思った。たとえそれが叶わぬ夢と分かっていても・・・
禁忌に触れてしまった以上、後はそれの判断を待つしかない。もちろん結論は一つしかないが。それでもミナモに出来ることはただ待つだけ。創造主ディメンション・ロードを。
──────
さざ波を聞きながらミナモは一人、それを待った。
ミナモは承知していた。
この選択に後悔は無い。でもこの選択の先に未来が無い事を。
それでも私はあなたと一緒に生きてみたかったの。初めてそう思ったの。
だから私は初めて神に祈ったわ。どうか禁忌に触れないようにと。
でもあなたの言う通り、やはり神様は意地悪ですね・・・
それは、目の前の空間をヌルりと裂きながら、ゆっくり現れた。ディメンション・ロード。
「お待ちしておりました。創造主ディメンション・ロード」
─────
ディメンション・ロードと呼ばれたその女は死滅した故郷の星に立ち、苛立ちを隠そうともせずにミナモを睨みながら言い放った。
「ずいぶんたらし込まれたようね、あのおバカさんに」
「はい。すっかりたらし込まれてしまいました」
「力の起動だけでなく、まさか私を裏切るとはね。ふん、何があなたのサポートよ!」
「・・・・ディメンション・ロード。あなたの憎悪が強すぎました。あの子はそれを本能的に感じ取った様です。それが全ての失敗要因かと思います」
女もそれを知っている。ミナモを通して全てを観察していたのだから。なのでミナモの心情の変化も認識しているし、女自身も少なからず影響を受けていた。
「・・・そうね。」
そうだとだとしても、結論は一つしかない。
「覚悟はいいのね?」
女はそう言いながら両手を開き、手の甲にある、宝石の様な結晶に魔力を込めた。すると、小さな魔法陣が掌に出現し、小型の六連発リボルバーランチャーを両手に召喚された。弾丸が飛び出す銃口は六つあり、リボルバー特有の回転式シリンダーはない。その変わりに銃身はヒトの腕の様に太く丈夫な形状をしていた。撃鉄を起こすと、装着されている歯車ガチャガチャと力強く回転し、弾丸が込められる。発射される弾丸はマナにより自在に威力、属性を変化はさせることが出来る。魔導を極めた女の辿り着いた決戦兵器。立ち塞がる者の夢や希望は等しく無へと帰す。故に名付けられた魔導兵器は
トロイ・メライ。
─────
ディメンション・ロードの挑戦にミナモは一言・・・
「はい、覚悟は出来ています」と呟いた。
そしてミナモの前に等身大の魔法陣が現れたのを確認すると、覚悟を決めたように踏み出し、魔法陣を通り抜けた。
その途端、仮面が割れ、かけられた制限は全て解除され、本来の姿を表した。その表情は幼いながらも、凛とした眼差しのする朱色の目が特徴的で、丈のやや短い白いワンピースにコルセット、赤ずきん身につけている。額にはゴーグルが見え隠れする。左手にミサイルポッド・オルカンを装着し、右手に小太刀のような高出力魔導サーベルを持つ。
本来の姿に戻ったミナモの実力は圧倒的であり、大抵の魔獣や機械兵器では足元にも及ばない。
最終戦争ではディメンション・ロードと肩を並べ、その実力をいかんなく発揮していた。
とは言え、それでもトロイメライを持つディメンション・ロードには到底及ばないことは周知の事実。
ミナモの夢は儚く摘み取られるであろう。
でもそれは最早問題ではなかった。たとえ、そうだとしても示さねばならない。己が存在のために!