40 穂積の初陣
春が来た。
ひび割れたお空に春が来た。
巷では桜も咲き始め、暖かく心地よい風が吹くあの春が来た。
心地よい朝の日差しが窓から射し込み、ボクは春が来たのことを感じながら目覚めた。
久しぶりに気持ち良い朝だ!
もう少し寝ていられるけど、珍しく早起きすることにして朝食を準備することにした。
決戦前の朝ごはんは、溶いたタマゴ、3個!に玉ねぎニンニクひき肉入れて、多めの油で揚げ焼いていく。タイ風たまご焼きだよ!タレはナンプラーにタイ唐辛子を刻んだものを用意。それをご飯の上に乗せて頂く。おっと、忘れるところだった。インスタントのお味噌汁も用意しておこうか。
ナンプラーの中の唐辛子をうっかりかじると激辛が口の中を征服する、悪魔のタレをタマゴ焼きにたらし、ご飯と一緒に頂く。カリッと香ばしい卵焼きとナンプラーの独特な旨みと辛味の相性が抜群に美味い!加えて、必殺唐辛子の激辛パンチが朝から元気をくれるね!あえて薄めに作ったお味噌汁が最後にお口の中を整えてくれる。
ゆっくりと朝食を楽しんだボクは歯を磨き、顔を洗うと、服を着替えた。
装備は上から帽子とゴーグル、ダガンのビスチェ、白波の腕輪とヒトデの指輪、マジックバックに魔導ブーツってとこかな。
服装は選ぶのが面倒だから、白のシャツにデニムのショートパンツ、ニーハイソックスと大体いつもの格好だ。
準備万端!
「なら!行くか!」
・・・おっと、トイレも済ましておこう。
おトイレは昨夜の一戦で修羅場と化していたので、簡単に掃除だけ済ませておいた・・・
「よし、改めまして、行ってきまーす!」
ちなみに決戦の地へは、千代田線と山手線を乗り継ぐ必要があった。
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よく晴れた心地よい風が駅の改札に吹き込み、大都会でも春の訪れは感じることが出来た。それにもかかわらず、上空の機械仕掛けの目玉から受ける強烈なプレッシャーのせいかどうも堪能することが出来ない。何だか、せっかく美味しいご飯を食べているのに口内炎が邪魔するみたいな感じだよ。
世界の危機はすぐそこにまで迫っているにも関わらず、ここ新宿駅ではすれ違う人々はそんな事を知る由もなく日々を謳歌し、忙しなくそれぞれの人生を歩んでいた。
珍しくボクの方が先に待ち合わせ場所の新宿駅に到着し、ぼんやりとそんな「それぞれ」を見ていると、その中の一人がボクに声を掛けてきた。
「おはようございます、先輩」
おっ!きたか・・・
やって来た穂積は黒のサバイバルジャケットに特殊部隊仕様の戦闘服。無論この服には膝あてや肩肘を守るパットが埋め込まれており、さらにこのサバイバルジャケットは防刃仕様だ。これだけでも十分目立つのに、加えて大きめの丈夫そうな箱型バックを背負っている。
「おはよう穂積。ふむふむ、準備は万全ってとこかな?」
「ええ、先輩こそ。まさかボクより早く来るなんてびっくりですよ」
「今日はお空を取り戻す記念すべき日だからナ。ボクに隙はないゾ!話は歩きながしようか!」
警察が来ても面倒だしな・・・
会話を短く切り上げると、ボク達は日常をかき分けて決戦の地へと向かった。
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桜舞う新宿御苑からは禍々しいマナが漂っているにも関わらず、行き交う人々は何事もないかのように、或いは新宿御苑そのものを認識していないかのように、一瞥することも無く通り過ぎて行った。
正門から覗き込むと、桜並木を背景にした広場をノッシノッシと我が物顔で歩く太いイバラをまとった狼がチラホラ見える。
「先輩、ここから突入すれば、いきなり戦闘は避けられないかと思います。それに人通りも多く目立ちます」
「そうだね、やっぱり森側から入るしかないか」
ここに来る途中に、何処から侵入するかも話し合っていた。新宿御苑にはボクも穂積も何度か来たことあるんだけど、正門から壁を右手に外周を歩くと森エリアがある。その辺は人通りもあまりなく、壁を超えればあっさりと侵入出来るんだよね。
ボクと穂積は満場一致で、こそこそ隠れながら、不意打ち、夜討ち、朝駆け、狡い、セコいをする事に決めていたので、身を隠せるこの森エリアからの侵入は予め決めていた事なんだ。
5分くらい外周を歩くとすぐに格好の侵入ポイントを見つけた。人気もないここをポイントと決めるとボクはすぐにロボット脚を起動し突入準備をした。
「穂積、抱き抱えてやろうか?」
ボクは穂積にそう言った。
「いえ、お構いなく」
穂積そう言うと、箱型のバックから装備を取り出し、戦闘準備に入った。
ケブラーのゴーグル付きヘルメットに腰ベルト。そこにスタン警棒2本と矢筒を装着し、左手にはカタパルト。サバイバルジャケットには精霊弾と青と赤のポーションが1本ずつ。そして黒のリュックを背負うと、最後に右手には魔導兵器ドラグーンである真鍮の数珠を確かめた。
「先輩、お先に・・・」
穂積はそう言って、空っぽになった箱型バックを踏み台にして壁をひょぃっと登った。
穂積の奴・・・用意周到だな。見れば箱型バックは内側から補強されていて、予め踏み台にするつもりだったのだ。
ボクはロボット脚をグッと踏み込むと、プシュッと圧力を感じながらジャンプ、壁の上にスタッと着地した。
壁の上に降り立ったボク達だけど、やはりここからでは木々が邪魔をしているせいで何も見えない。ボク達は慎重に壁を降り園内に侵入した・・・・
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鬱蒼とした森はボク達が見慣れたそれと違っていた。
園内は外周から見るのと明らかに違う異質な空間に様変わりしていたのだ。
まず、目に付いたのはドーム状の結界。透けて見えるお空は赤紫に濁っており、禍々しい目玉が真上にある。
それから漂う空気は濁ったマナと混ざり合い、もはや妖気としか形容し難い、おどろおどろしい雰囲気を演出していた。
さらに、外からはごく普通の森にしか見えなかったのに、園内に踏み込むとそこは既にジャングルのような魔の森と化していた!
そう、ここはジャングル!密林地帯だ!
「わぁ!なんだここは?」
侵入を果たしたボクは隠密中にも関わらず、うっかり声を出してしまった。
「・・・ダンジョンの方が可愛いく思えるな。さすがにここではお昼寝する気分じゃないぞ」
「ここで、お昼寝出来るやつは完全に邪悪な奴ですよ・・・」
と穂積はキョロキョロと辺りを観察しながら、ボクの軽口に答えた。
「それに何だかこの森、異様に深いよ。穂積、新宿御苑の森エリアってこんなんだったけ?木にも変なツルとか絡んでるし・・・」
「・・・なわけないでしょ。どうやらここは熱帯雨林に近いですね。でも気候は日本の季節と変わりませんから、たぶん同期かマナの影響を受けているかと思います。でも、これだけ深いと身を隠すにはもってこいです」
「まぁ、プラスに捉えるとそうかもね。これなら不意打ち、仕掛けれそうだし」
「それじゃあまずは、精霊弾を試させてくれませんか?ドロシーさんが言うには精霊の力を借りる事が出来るそうなので、何とかなる様なことを言ってましたし」
逆に言うとこれが無理ならハッキリ言って手段んがほとんどないんだけとね・・・と、穂積は心の中で付け加えた。
「おっけー。ボクの水弾は昨日、軽く試し打ちしたから何となくコツは掴んだよ」
お風呂を破壊しかけ、トイレットペーパーが全滅したけどね・・・と、ボクは心の中で付け加えた。
さて、ボク達は役に立つかは分からないけどスマホで園内マップを見て、次の行動を思案した。右手には日本庭園に続く道と池がある。正面には森を抜ける小道があり正門広場へ続く。左手は森エリアが広がっている。
水属性のボクは日本庭園と池エリアから散策するのが良いと思ってるのはボクの一方的な想いで、実は片思いかもしれない。ぶっつけ本番はちょっと不味いよね。穂積もいるし。正面小道はに出ると、森に潜む魔獣がいたらボク達が不意打ちを喰らう。
「という事で、森潜み潜みながら狙撃かな?」
「ですね」
と、ボクの意見に穂積も即答で返した。
────
密林の中、血管のように這う小道に一匹のイバラ狼がいた。そいつはまだ若く大海を知らず、ただ与えられたテリトリーを本能のままに生きているだけであった。ただこの閉ざされた世界で自分は何も意義を見出すことなく、時に身を任せ朽ちていくものだと言う事が生きるという事だと思っていた。
・・・今日までは。
そのイバラ狼は不意に強烈な殺気を密林の奥から感じた。強烈な意思を撃ち込まれたイバラ狼は恐怖心よりも、持ち前の戦闘本能を目覚めさせる。
毛が逆立ち尾が上がり、身を引く構えた刹那、放たれた光弾が目に入った!
────
密林をコソコソと歩いていると、赤い反応があった!
「穂積いたよ!1匹」
「どこです?僕には見えません」
「うん、ボクにも見えないんだけどナ。ただ、森の向こうに赤い影が見えるんだナ」
穂積はずっこけそうになるのを堪え、リュックから双眼鏡を取り出し覗いた。
「やっぱり見えませんね、もう少し近ずいて見ましょう」
密林をかき分け一行はしばらく進むと・・・
「見えました。距離30メートルくらいです」
茂みの向こうからイバラ狼の胴体がチラチラと揺れ動いているのが見えた。ボク達は一旦身を隠し戦闘準備に入った。
「先輩、この戦闘が僕とドラグーンの相性を試す試金石です」
穂積はそう言いながら、数珠に魔力を込めると掌に魔法陣が現れ、そこから出現したドラグーンを手に掴んだ。
「狙えるの?」
「この距離がダメなら射撃の意味がありません・・・」
「うん、そうかも。まぁ思いっきりやりなぁ。援護は任せて」
「了解・・・」
そっと呟いた穂積は茂みから顔を出し、ドラグーンを両手で構え、しっかり狙いをつけた。
狙いを定めた穂積から鬼気迫る迫力を感じる。これが殺気なんだなとボクは単純にそう思っていた矢先、突然イバラ狼がこちら側に目を向き、臨戦態勢に入った!
バレた!
穂積の強烈な殺気が仇となりイバラ狼の本能を刺激してしまったのだ。
それでもやはり先手を取ったのは穂積だった。
「くらえ!」
バシュン
放たれた拳大の光弾は一直線にイバラ狼に向かっていった。
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イバラ狼は強烈な殺意と共に放たれたその光弾が必殺の威力がある事を反射的に悟った。
が、しかし光弾はスピードに特化したイバラ狼にはギリギリかわせる程度のものだった。
必死に身を伏せたイバラ狼は耳をちぎり取られるも、ギリギリの所でかわすことに成功した。
それは穂積の未熟さ故の結果だった。もし殺意を込めることのない、冷酷なる一撃であったらな、間違いなく命中したであろう。
・・・そう、誰もが、穂積を失敗者だと思ったその瞬間!
何と!イバラ狼をかすめ通り過ぎた光弾からニョキリと光の手が伸びその首根っこを掴んだのであった!
そして光弾はそのまま、スピードを緩めることなくクンっと急上昇するや否やすぐさま急降下した!
ドギャン!!
・・・イバラ狼は地面に叩きつぶされてしまった。
「・・・なんじゃそりゃ?」
事の成り行きをポカーンと見守っていたボクは思わずそう呟いてしまった。