37 穂積のステータス
突然僕の目の前にポンっと表示されたステータス画面は、以前、夕焼けの公園で先輩が話していたそれと同じものだった。
なるほど、こうして身体能力が数値で表されるわけか。しかし職業パチプロって、名乗った覚え無いんだけど・・・なんかトゲがある。
それとこの数値、平均値が分からないからなんとも言えないけど、やはり魔力には期待出来ないと言うことか。
いずれにせよドロシーさんに解説をしてもらわないと検討を付けようもないので、僕はさっそく質問をする事に決めた。
「ドロシーさん、ステータスが表示されましたが、鑑定お願い出来ますか?」
「うむ、ちょいと待たれよ。」
ドロシーは机の上にある真鍮の歯車の装飾がいくつも施された水晶玉に優しく触り始めると、連動している歯車が回り始めカチャカチャと音を立てる。繋がっている細いバイプがその先にあるパイプオルガン型制御装置と連動し、プシューと音を立てると、水晶玉にステータスが表示された。
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名前 穂積 圭介
Lv1
職業 パチプロ
力・・・・18
敏捷・・・14
守備・・・13
知力・・・17
体力・・・15
魔力・・・6
HP・・・120
MP・・・40
スキル
射撃
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魔法
無属性魔法
称号
イレギュラー
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「穂積、ボクも見ていい?」
「もちろんです」
先輩にはぜひ見てもらい比べて見てほしかったので僕はそう答えた。別に何か不味いステータスじゃないしね。
ドロシーさんと先輩は肩を寄せるようにして水晶玉を覗き込んでいる。その様子を遠目で見守るこの瞬間は、何だか成績表を渡される前の学生の気分だ。でもまぁ、レベル1だから多少悪く言われても仕方が無いだろう。前向きに捉えよう。問題はこの黒く塗り潰されたスキルか・・・
「おい、穂積・・・」
じっと待っていたらさっそく先輩がしかめっ面で話しかけてきた。あっ、僕には分かる。どうやら僕のステータスは先輩より良いらしい。やれやれ、また変なイチャモン付けてくるんだろうな。
「お前のさ、職業パチプロは良いよ思うよ。お前にピッタリだ。最高だよ!・・・でもナ、それ以外のステータス、ちょっと良すぎじゃない?それになんだよ・・・無属性魔法って!カッコイイじゃないか!!あと称号っ!イレギュラーだと!?何様だよ!!!・・・ボクなんてボクなんてっ!ううっ・・・」
何様と言われてもイレギュラー様としか答えられない僕は、半泣きになる先輩にドン引きしつつも少しだけ同情し、沈黙を貫く事にした。
きっとステータス画面にすら小馬鹿にされたんだろう。
「ふむ、主ら仲の良さを裂くつもりは無いがのう。ワシからもよいかな」
ここで妙な誤解をしたドロシーさんが助け舟をだしてれた。何か誤解がありそうだけど、これは助かります。
「ええ、ぜひお願いします」
僕はまた変な茶々が入る前に即答した。
「ふむ、そうじゃな。端的に言って悪くない数値じゃ。全体的に平均よりやや高いくらいじゃのぅ。しかしじゃ、魔力はやはり劣っておる」
やっぱり悪くない成績だったようだ。悪い気分はしない。でも、隣から変な視線を感じたので、決して表情は崩せない。
見るなよ圭介!視線に負けるな!
心の中で先輩をガン無視しつつも、考える事はやはりネックの魔力のこと。もともと存在しないモノを薬で人工的に作り出したからな。無理もないか。
「それから射撃スキルはのぅ、命中と威力に補正がかかるのじゃが、比較的ありふれたスキルじゃ。それと塗り潰されたスキル・・・これはワシにも分からん。恐らくコンペイトウ魔法のような固有スキルじゃよ。まだ、条件が未達成なのじゃろう。その時を待つしかないのぅ」
僕自身、なぜ射撃スキルが身についたのかトンと思い当たる節がない。拳銃なんて撃ったことないし、カタパルトを選んだのも簡単に入手出来るという理由だ。結果はご存知のに小っ恥ずかしいサマでした。
それに固有スキルとやらも油断は禁物だ。何といってもコンペイトウ魔法の前例が隣にいるから恐ろしい。確かにコンペイトウ魔法はどこか異様な雰囲気がある。だけど人をホッコリさせる魔法とか・・・先輩には絶対言えないけど、はっきりいってバカなんじゃないかと思う。ドロシーさんもきっとイタイ魔法だと思っているに違いない。
僕のもネタスキルじゃ無いことを祈るしかないか・・・
ドロシーの説明は続く・・・
「そして無属性魔法・・・高威力、高燃費魔法にして、時間、時空、空間魔法を習得する上での必須魔法と言える。高等魔法の素質がある・・・はっきり言って当たりじゃよ」
「当たりですか・・」
あたりと聞いて、先輩がますます落ち込み周りの空間が淀み濁ってしまった・・・
ドロシーさんも悪気はないと思うけど、まるでコンペイトウ魔法がハズレであるかのような言い方と先輩は捉えたかもしれない。
・・・なるほど大した威力だ。
まぁ、しかしだ・・・
「高燃費、なんですよね・・・」
その言葉に先輩にはピンと来ていないようだが、ドロシーさんはとっくに気づいているようだった。
「惜しかったのぅ、お前さんのステータスとは相性が悪い。この先のレベルが上がってもまともに使いこなせないじゃろうて・・・」
「そうでしょうねぇ。・・・因みに魔法はどうやって使うのでしょうか?」
「ふむ、それはじゃな。体内に流れる魔力でマナに干渉することによって発現する。想像や祈祷に近いのじゃが、無属性魔法は少々コツがいる。それにお前さんの魔力では全然足らんよ」
「そうですか。中々上手くは行かないんですね」
「うむ。このままでは犬死にする事請け合いじゃて。だからお前さんにも何か装備をやろう。ちょっと待っておれ」
そう言ってドロシーは席を立ち、大きなブリキで出来た秘密のオモチャ箱を漁りだした。
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「聞きました?先輩。どうやら無属性魔法は宝の持ち腐れのようですよ」
ドロシーさんを待っている間、僕は先輩の機嫌を取るとこにした。今のうちに貯金を作っておかないと拗らせるからな。
「へへへ。そのようだナ。残念だけどそう落ち込む事はないからナ。おばあちゃん装備があれば大抵の何とかなるからナ」
「あーはい。・・・そうですね」
先輩をからかう上で、このひと手間がキモなんだ。これで僕がヒーローになり損なった事で機嫌を取り戻したようだ。
・・・その分余計に苦労したり、危険が増す事など、きっと考えてないんだろうね。
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箱の中をガサガサと漁っていたドロシーは、しだいに難しい顔をしだした。
というのは、穂積の特性が射撃である以上やはり渡すべきは魔導銃になる。しかし魔導銃の基本構造は内部のマナ結晶に魔力を流す事によって、弾丸の生成や威力調整を行う。つまりここでも穂積の低魔力がネックになってしまうのであった。因みにこの箱の中には魔力さえあれば一撃で山を吹き飛ばす魔導ランチャーもあったりするのだが、現状、まったく宝の持ち腐れである。
「うーむ・・・やはりこれしかないかのう・・・」
そう言って取り出したのは一つの箱。
その中には一丁の銃とカプセルのような弾丸収められていた。
全長約35センチ。八角形の銃身は17センチ。真鍮で出来た銃身にワンピースから出来ている木製グリップには、マナ結晶で出来たメダリオンが埋め込まれている。
銃身の下には見慣れないレバーがある。弾丸はこのローディングレバーを引くことによって、連動された芯棒が弾丸をシリンダーの中に押し込め装填する。西部劇に登場する様な初期の六連リボルバーであった。
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ゴトリとテーブルに置かれ、魔導ランプに照らされるリボルバーは、どこか古めかしく、骨董品の様な印象がある。
「魔導技術、黎明期の代物じゃよ。マナ結晶が動力として主流になる前の古い銃でな、昔は粗悪なマナ結晶を弾丸に作り替えてぶっぱなしたモンじゃよ。・・・受け取りなさい」
「はい」
しかし、ズシリと感じる重量感は、これが殺傷兵器である事を僕に伝えているようだった。
「銃を手に取るのは初めてです」
初めて握る銃に僕は少し緊張し、無意識で声が震えていたのだった。
「・・・恥じることは無い、誰にだって初めてはある。それに、スキル補正がお主を助けるじゃろうて」
そうは言っても、いかに魔導技術と言えど銃は銃である。とある外国ではスーパーでも売っているらしいが、日本では馴染みのない物だ。ご多分にもれず、僕はおもちゃの銃で遊んでいた経験があるし、多少の知識はある。それを踏まえたとしても、この、コルトのパーカッション式ドラグーンと酷似している魔導銃の現実の質感は、僕をまた一歩別のところに誘っているようだった。
「ドラグーン・・・」
「ほう、よう知っとるのう・・・もっとも、お主らの世界の銃を元に作られているから当然じゃな。ワシらは100年以上前から地球の存在を観測しておったからのう」
マジか!そんなに昔から見張られていたのか!?
この衝撃発言の裏には物凄く根が深いと思うぞ。でも、今は考えても仕方が無い。話を聞こう。
「・・・うむ、お前さんの世界で言う、コルト・ドラグーンは確か銃身側のシリンダーから火薬と弾をローディングレバーで押し込み、反対側から雷管となる火薬、パーカッションを詰めるじゃろう。この銃はそれよりもう少し扱いやすいと思うぞ。どれ」
ドロシーさんは僕からドラグーンを受け取るとて慣れた手つきで、カチャカチャと弄り始めた。
「シリンダーへの弾込めじゃが、本家と同じ薬室の上に弾丸を置き、ローディングレバーを引けば丸芯でおされ押し込まれる」
と言ってドロシーはイモムシに似た弾丸をシリンダーの薬室の中にスポンと入れると、ローディングレバーで押し込んだ。その時、イモムシ弾丸がパキリと割れ、中の半液状のマナ結晶が漏れだし薬室の中で弾丸として再び整形された。
「・・・これは精霊弾と言うてな。エーテルを結晶化する過程で生まれるハンパものや失敗作・・・エネルギーのカスをカプセルに封じ込めたものじゃよ。このシリンダーの中で再結晶化すれば弾丸に生まれ変わるのじゃよ。成れの果てとはいえ、マナ結晶じゃ・・・十分な活躍をしてるくれると思っておるよ・・・」
ドロシーは弾丸を装填したドラグーンを僕に返した。
「これで装填されたぞい。それと、属性弾も用意しておこうかのう。こちらが現在主流の弾丸じゃよ・・・」
ドロシーがテーブルにコトンと置いた弾丸は水晶を削り出したような透明の弾だった。大きさはやや小さ目の32口径か。
「グリップのメダリオンから魔力を流せば弾丸にエネルギー装填される。あとは引き金を引いて撃てばよい。と言ってもお前さんの魔力ならせいぜい数発しか撃てんから、枯渇には十分気を付けるがよい・・・」
・・・どうもドロシーさんはドラグーンを僕に授けてくれてから、様子がおかしい。僕がこのドラグーンを受け取る事に何か想う所がある様だ。もちろん本人が言う気配がないから僕は敢えて聞かないが、少しだけ心配になる。
しかし、残念な事にそのような空気を全く読めないまんぷくオンナがここにいたのだった。
「ねぇ、おばあちゃん。さっきから元気ないけどどうしたのかな?コンペイトウ食べる?」
あーあ・・・先輩、なんて事を。でもナイスです。
「・・・おや、心配かけたかのう。ドラグーンには何かと想う所があるのじゃよ」
「そんなに大切な物なら受け取れませんよ!」
「いや、ドラグーンがお前さんを選んだのじゃよ・・・」
「え?」
その時ドラグーンのグリップにあるマナ結晶から光が溢れ出すと銃全体を包み込んだ。そして、光はドラグーンと共に消え、真鍮の数珠が手元に残った。
よろしく・・・
素っ気ない女性の声が聞こえたような気がした。ドラグーンの声か?まさかな。
「大方ドラグーンもここに居るよりお前さんらと行った方が良いと考えたのじゃろうて・・・」
「ドロシーさん、一体どう言う事ですか?」
「ふむ、言ったじゃろう・・・これは魔導技術の黎明期の作品じゃ。ドラグーンはこう見えて、機械的な道具と言うよりも、精霊を宿したマジックアイテムに近いのじゃよ。」
「え!精霊さんとかいるの?」
ハムスターの様にポリポリとコンペイトウを食っては食うを繰り返していた先輩がピコンと反応した。
「うむ、それは意志を持ったマナとでも言えばよいのかのう。澄んだマナが集まると精霊が誕生する事があるのじゃよ」
「なるほど淀みから生まれる魔獣と何か共通するとこがありますね」
「うむ。その通りじゃがなにも精霊全てが人に対して良き友とも限らんからな」
「・・・あの、聞いても良いですか?このドラグーンにはどんな精霊が宿っていますか?」
僕が話の流れに乗ったつもりでそう聞くとドロシーさんは少しだけ険しい表情を作った。
「・・・これに宿る精霊には少々事情があってなぁ。詳しくはワシの口から言えんが、トロイメライという名を覚えておきなさい。そいつがドラグーンのカタキじゃよ」
トロイメライか・・・ドラグーンを手にするという事はトロイメライとの因縁も背負はなければいけないと言うことか・・・でも今は、目下押し寄せる地球の危機に対抗するために、このドラグーンの力を借りなければならない。なりふり構ってられないんだ。
「よろしく頼むよ」
僕はドラグーンをじっと見つめ、祈るようにそう言った。
・・・それと、先輩。僕がいわく付きのドラグーンを受け継いだ事を羨ましそうにポヤーンと見るのはやめて欲しい。
僕は変な視線を感じ、ドラグーンから隣座る先輩に目を移すと、やたらと口周りにコンペイトウの食べカスが付いていた・・・