30 ボクと穂積の風雲金平糖城 ~炎の涙編~
「・・・何であそこで追撃かけますかねー」
穂積は呆れた表情で、のたうち回る2匹の生き物を見てそうつぶやいた。
・・・相手は未知の魔獣。どう見ても止めにはまだ早いと思いますね。それにコウモリ魔獣と言ったら超音波はお決まりでしょうし。
まぁ、ギリギリで焦る気持ちも分かりますけど。
それにしても、酷い・・・
いずれにせよぼんやり感想を述べている暇はない。このままでは危険だと思った穂積は戦場へと急いだ。
───状況はコウモリ魔獣の方へ傾いていた。コペイトウによるカウンター攻撃は魔獣の羽だけでなく、ボディにもダメージを与えていたが、見るからに戦意はいまだに喪失しておらず、先輩を睨みつけ必殺の一撃を加えようと一歩一歩近づいていた。対して先輩は三半規管が完全におかしくなったのか、フラフラして錯乱状態だった。
穂積はコウモリ魔獣の射程外で立ち止まると素早くカタパルトを構えた。
大丈夫・・・僕ならやれる。
標的はあのカニの目玉よりも大きい。何せ体長2メートル近くあり、しかも動きが鈍ったコウモリ魔獣だ。
とはいえ、急ごしらえのカタパルトをしっかり当てることに一抹の不安を拭いきることは出来なかった。
やれやれ・・・生きて帰ったら要練習だな。
その時、穂積はふと夕日の公園でロボット脚を健気に練習していた先輩が脳裏によぎった。そしてその記憶が何故か心の動揺を静め、これまで誰にも見せたことないほど真剣な目つきになった。
さぁ、ここが正念場だ・・・・
そして、矢じりを装填しゴムをグッと弾くと、呼吸を止め狙いを定めた。
頼む!当たれっ!
────
たぶんボクの鼓膜破れたンだよね。何にも聴こえなや。痛みも多少あるけど、それよりすごく気持ち悪い。胃がムカつき視界がグルグル周って、いまにも吐きそうだ・・・・
おゑぇぇぇ!
あっ、やっちゃった・・・
ボクがゲロゲロブーにも関わらず、コウモリ魔獣は待ってくれるわけがなく一瞬ドン引きしただけで、むしろ自慢の爪をお見舞するチャンスとばかりに近づいて来きた!
ドスッ!
だがしかし、それより先に穂積により放たれた五寸釘位の矢じりがコウモリ魔獣の脇腹に深々と刺さった。
「グギャァ!」
突然の激しい痛みにコウモリ魔獣が驚いたように穴の空いたマントを大きく広げ、後ろへあとずさった。
ドスッ!ドスッ!ドスッ!
穂積は一発目の矢じりを命中させると、休むこと無く、まるで機械式の発射台になったように、第二第三の矢じりを装填しては狙い撃つ事を繰り返した。時々狙いがズレて外していたが、そんな事も全く気にせず繰り返えした。ドスン、ドスンと次々と命中させ、コウモリ魔獣はその度に呻き声を上げた。
やがて、コウモリ魔獣の動けなくなるのを察知した穂積は、じょじょに距離を詰めながら、発射を繰り返した。容赦なく徹底的に執拗に繰り返えした。
・・・1発刺さるごとに短い悲鳴をあげていたコウモリ魔獣は、ついに膝をつき、穂積を怒りに満ちた目つきで睨むしか出来なくなっていた。そんなコウモリ魔獣の心情を穂積は怖いほど冷静に受け止めた。
そして・・・
「すまんね」
とポツリとつぶやいて、リュックサックのポケットから火炎瓶を引っ張りし、火をつけて放り投げた!!
─────
「グッギャーーっ!!!」
僕を睨みつけていたアイツは業火に包まれ悲鳴をあげたが、すぐに観念したかのように悲鳴を止めると、僕を再び睨みつけた。しかし、その眼には何故か怒りが消え、変わりに酷く冷たい目つきなっていた。
なんて眼だっ!!
安全な距離から手負いの相手に容赦なく止めを刺さした僕は、とても後ろめたくなり、思わず目を逸らしたくなったが、それは礼儀に欠く行為だと本能が言わ絞めた。
その眼は何を物語っているのだろうか?アイツは僕達の事を恨んでるだろうか?それともいつかこんな日が来る覚悟をしていたのだろうか?僕達もいつか無残に殺される日が来ることを警告しているのだろうか?
・・・人と魔獣は互いに喰らい合うもの同士。例えお互いを理解してもその時はいつもどちらかの死に際。
だからこそ誇りを賭けて戦う「戦士」という思想が現るのだろうか?
僕が唯一理解出来たことは、「争う」ということは、どうやら生きて行く上で避けて通れないということだ・・・
「チッ!イヤな世の中だ・・・」
崩れ往くコウモリ魔獣を睨み返した僕の瞳は熱く、それが生きている事を実感させた。
じゃあな。
───この物語の主人公は穂積ではありません。その辺にころがっているおバカさんです。
────
うーまだ吐きそう・・・
燃え盛るコウモリ魔獣を見て穂積が倒した事を知ったボクは、ひとまずバックからポーションを取り出し、クイッと一飲みした。
するとすぐに鼓膜が再生されたのか、音がクリアに聴こえ、痛みも引いていった。胃のむかつきだけはまだ少し残っていたが、ひょっこり立ち上がることは出来た。
ひょつこり立ち。
ボクはトコトコと炎をジッと見つめる穂積に駆け寄り、声を掛けた。
「おい、穂積よ。大丈夫か?」
「・・・あっ先輩こそ、大丈夫ですか?」
穂積は考え事でもしていたのか、少し間を置いてからボクへ目をやり、ボクを心配してくれた。
・・・でも瞳には不可思議な炎が映っていた。
穂積の瞳の奥底で爛々と輝くそれは、これまで見たことないような異質な輝きで、穂積を今にも乗っ取ってしまうかのようだった。それに加えて、いつもの抑揚のない声色とその瞳が明らかにチグハグで異なっており、ボクは何か異常な雰囲気を感じた。
「お前、何か目つきが変だぞ?本当に大丈夫か?」
「・・・さぁ、魔獣とはいえ初めて殺しを経験しましたからね・・・それにアイツの眼。アイツは最後に何を思ったのか考えてしまうんです。・・・たぶんアイツは殺して喰う事だけしかなかったんだと思います。そんな呪われた生き方しかないこの世の中を僕を通して呪ったのかも知れません。・・・先輩、薄々感じません?この世って何だか、、」
「おい!穂積!」
ボクは咄嗟に言葉を遮った。この先穂積が言う台詞は聴きたくなかったし、言わせたくなかった。
「ボクがいてラッキーだったナ!感謝しろよ!・・・ほら、コンペイトウ」
ボクはそう言って、穂積には勿体ないくらいの最高のコンペイトウを渡した。
穂積はボクに言われるがままに、小さなコンペイトウを受け取り、少しばかり見つめた後、口に入れた。
「ホッコリしますね・・・」
こうして、ボク達はしばらくのあいだ口を閉ざし、パチパチと燃える炎に耳を傾けた。
それから穂積はまだ少し明るいにも関わらず、暗視ゴーグルを装着した。
・・・アイツの気持ちちょっと分かるナ。ボクは初めての戦闘の時、辛すぎて殺して欲しいと思ったもん。でも敵のダガンはボクを殺さず、変わりに戦う道を示してれた。
・・・そしてボクに殺された。
だからってわけじゃないけど、ボクは戦うんだ。自分なりに、自分の意を示すために。
「なあ穂積、帰ろう」
・・・きっとお前の涙は瞳の炎を消してくれるよ。ボクは心の中でそう続けて言った。
────
それからボク達は金平糖城に装備を取りに戻り広場を抜け帰路に着いた。金平糖城よ、大儀であった!今度来たら増築してやるからな!
帰り道は来る時に穂積が「出口」と大きく書いてくれたので横穴がいくつもあり、風景にあまり変化のない広場でも迷わなかった。
それでもボク達は警戒しつつも無言で進み、やがてくの字通路に差し切った。この辺りから懐かしの下水臭が漂う。
内心ほっとしたボクは、ふとある事に気付いた!
「おい!穂積!ボクの経験値は?」
「・・・あ!すみません、忘れてました♪」
またか!穂積め!この経験値ドロボーめ!
「お前ナ!・・・でもまぁいいや。いまさら遅いし。それに、穂積が一番頑張ったからナ・・・でも次から気を付けるんだぞ!」
ボクは穂積にビシッと指さしそう言った。
結局、目的の一つであるレベリングは中途半端になってしまったけど、今回は色々世話になったからな。だからまぁ、許してやることにする。
「了解っス」
穂積の返答したその声は、いつもの人を小馬鹿にしたような声で、瞳は確認出来なかったけど何か吹っ切れた事は伝わった。
────
下水道の出口からは赤い夕日が差し込んでいた。すっかり予定より遅れてしまったけど、普段から「予定は立ててぶっ壊す」がモットーなボクの体内予定では、概ね時間通りだった。
さて、出口だ!帰るまでが遠足だからね。油断してるとまた鼓膜破れるからね!
それから間もなく、無事橋の下に到着した探検隊は、装備を戻し不審者の格好を解いた。ボクはロボット脚の解除ととシールドを白波の腕輪に戻せば大丈夫。穂積は全身真っ黒の特殊部隊のコスプレみたいな格好だから装備を外して上着を抜いだ。バイクのシートに普段着があるらしい。
相変わらず橋の周辺には人がいないのが助かるね。まぁ、見られてもお互い不干渉が礼儀の大都会だからそれほど問題にならないか。
「穂積おつかれ!じゃ、ボクは帰るからな。またダンジョン行く時には誘うよ」
ボクはそう言って、いつものようにスタスタと帰ろうとした時、穂積がボクを呼び止めた。
「あ、すみません、先輩。今日はありがとうございます」
「ん?なんだ?経験値ドロボーに恩赦を与えたことか?」
「まぁ、それもそうなんですが、コンペイトウの件です」
ふーん。ちょっと照れるナ。あんまり面と向かってお礼とかボクのガラじゃないから。
「あれは本当にただのコンペイトウなんでしょうか?何か不思議な力があると思います」
そうかな?ボクにはいまいちピンと来ないな。だって毎日毎日ポリポリ食べまくって、ホッコリなれしちゃってるもんね。
「うーん、鑑定士のおばあちゃんもただのコンペイトウだって言ってたよ。それに甘い物ってさ、ほら、心の栄養になるじゃん。その辺が影響してるかもね」
穂積は相変わらずよく分からない説明に理路整然としていないが、鑑定士がそう鑑定した以上、今は考察はしても結論は出ないと思った。
ただあの時、一粒のコンペイトウのおかげで、大切な何かを失わずに済んだ事は確かだった。