3 ボクとグチョグチョグリーンスライム
二月の麗らかなある日、ボクの目の前に突然現れたちょっと変なお姉さんはナギサ。遠くのお空の彼方からやって来たらしい。その遠いお空は遠すぎて、宇宙の果てすらを越え、さらには時空を越えて、ついには一周回ってすぐとなりだった。
まぁ。そんな話し誰も信じるわけがないって思うじゃん。
でもね・・・
いきなり、お空にヒビが入ったり、機械仕掛けの目玉が現れたらどう思う?
それは二月の晴天に起きた怪奇現象。
地上を見下ろすように現れた巨大で禍々しい眼。力いっぱい見開いた目玉の周りには、まぶたの代わりに2枚の巨大な歯車があり、それぞれ左右にゆっくり回転している。白目の中には、途方もなく複雑な歯車の機構が模様のように仕掛けられており、ガチャガチャと動く。それに合わせてなのか時折ギョロリと目玉が動き、その度に空のヒビ割れが益々増してゆくようだ。
そんな異変もどうやらボク達にしか見えていないようで周囲の日常は変わりなく日々を謳歌していた。
小鳥は飛び交い、イヌは庭かけまわる・・・きっとネコはコタツだと思うよ。
─────
見慣れたお空がありえない事になってしまい、ボクは動揺し不安に駆られたけど、この変なお姉さん・・・ナギサが大丈夫と言うなら、今は考えてもしょうがない。大丈夫と信じるしかないようだね。
まぁね、色々あったけどボクは納得したよ。
今、ボクにとって一番大事なことは「選択」なんだと思う。ボクの選択が地球の未来を決めるかも知れないからね。
不思議なナギサ、巨大な目玉、異常事態の数々がボクに選択を迫っている。
そう、選択の時だ・・・
大事なことだからもう一度・・・
「選択だ!」
・・・あれ、またしてもうっかり口に出しまった・・・
するとナギサは不思議そうに、そしておバカさんを哀れむようにこう言った。
「・・・はぁ?洗濯?それは大丈夫よ。ヒビから雨が降ったりなんかしないわ。こんな時に洗濯物の心配するなんて・・・あなた、ある意味凄いわね」
・・・どうやらボクのシリアスな語りはナギサにとんでもない誤解をさせてしまったらしい。
「ち!ちがいます!選ぶ方です!こう見えて真剣に考えてたんだからね!」
「・・・あらそう、でもあなた心の声出すぎよ。少し自重しなさい。」
ナギサはどうでもよさそうに、さとりて疑わしい目付きでボクに言った。
いつもの事だけと、ボクって何だか締まらないよな。でも今はそれどころじゃないよ。
「・・・それで、これからどうするの?」
「・・・そうね、あなた、はっきり言っておバカさんなので、さすがにこのままじゃまずいわ。だから強くなってもらいます」
・・・おバカさんは余計だと思うぞ。でも、いちいち反応してたらまた何言われるか分からないからここは流しておこう。別に認めたわけじゃないからね!
「ふーんで、修行でもするの?こう見えて運動神経には自信があるぞ」
そうなのだ、意外にも運動は得意なのだ。仕事も体を使う系だからね。
「そんな悠長な時間はないわ。手っ取り早く最強の能力を授けてあげるわ。」
えっ?
あっさり流されたけど、今なんて言った?・・・最強?
もしや噂に聞くチートと言うやつじゃないですか!ここに来てボクの人生に大逆転の転機が訪れるかも。
ボクは光り輝き空を駆け、目玉を一撃のもとに破壊する妄想をする。これはわくわくするね!
「え?なになに?最強の能力?」
ボクはひょこひょこ身体を揺すりながら聞いた。
「何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いわね・・いずれにしてもここじゃ目立つわ」
ふふん♪チート能力のためなら、たとえ気持ち悪いって言われても平気さ♪
それにナギサの言う通り、禍々しい目玉に睨まれてはこれから何をしようとしても目立ち過ぎるよね。
「あそこがいいわね。着いてきなさい」
そう言ってナギサはスタスタ歩いていった。
どうやら最強になるに相応しい場所を見つけたようだ。
ボクもわくわくしながら、ホイホイついて行った。
────
多目的トイレ。
一回り大きな扉は「開」のボタンで開く。中は車椅子でもゆうに入れる広さがあり、トイレ以外に赤ちゃん用の小さなベットやたっぷりゲロゲロできる大きな洗面台もある。
「・・ナギサ・・・あーたここでナニするつもり?」
ボクはジド目で睨む。
「何って最強の能力を授けるのよ」
「ここで?トイレで?」
「場所はどこだっていいの。眼に見られなければどこでも構わないわ」
ふーん、なるほどね。でもトイレはやだよ!
「ブツクサ言ってないでさっさと入りなさい」
そう言ってナギサは手で催促する。
それでもボクはトイレの前で立ち往生する。だってそうでしょう、仮に世界最強の力を手に入れて目玉を倒したとしてもだよ、その後のヒーローインタビューで世間はきっと聞くと思うよ。「どこで力を手にしたのですか?」ってね。ボクが正直に「おトイレだよ!」って言えばさ、きっと変な空気になると思うよ。
「あっ、おトイレですか・・・そうですか・・・ふーん・・??」みたいな感じ!
それだけじゃない。後世の意地悪な歴史家は、きっとボクがあまりにも臭くて敵が死んだっ!みたいな推察もするかもしれないよ。
ね!? 普通にまずいでしょ!?
・・・どうしようかな。チベットの山奥で偶然手に入れた事にしようか?行ったことないけど。それか天使に力を授けられたとか。・・でもそれだとナギサが天使みたいになっちゃうな。凄いイヤだなぁ。
ボクがうんうん唸っていると、ナギサはイラいた目つきで、ボクの手を引っ張り無理矢理トイレに連れ込んだ。
あらら・・・まぁ仕方がない、後で考えよう。ナギサには口裏合わせることを約束させよう。
ふふっ。そうかそうか最強の力かぁ♪ ワクワクするね!歴代の主人公達もきっとこんな気持ちだったと思うよ♪イイネッ!
「今はトイレとかそんな事で揉めてる場合じゃないのよ!分かってるはずでしょ!」
まだ言ってる♪ナギサは古いなぁ♪
おトイレ問答はすっかり解決済みのボクは少し大人の態度を示した。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。トイレがどうこうなんて、どうでもいいからさ♪」
ボクが大人の態度を示すとナキザはジト目で睨んだ。
「・・・ふん。まぁいいわ」
そう言うやいなやナギサは、どこからかピストルのようなものをサッと取り出した。それは銀色に鈍く光るシンプルな形状で銃口は無く、代わりに10センチくらいかの針が着いている。
そして撃鉄の変わりに試験管のようなものが銃身と水平にある。中身は緑の蛍光色の液体のようだ。
「・・・ねえ、ちょっと何それ?どこから取り出したの?」
ボクはいつの間にか現れたそれが何なのか一瞬で察し、恐る恐る聞いた。
「どこから?転送させたのよ。そんなのはどうでもいいわ。大事なことはコレが何かよ」
やばい注射でしょ。
「この液体はね、私が幾つもの時空を超え、幾多の標本を採取して、最先端の魔導科学を惜しみなく注ぎ込んだ、言わば魔導の結晶よ。奇跡と言っても過言でないわ。この中にはね、全ての力、知識、魔法言語、スキルが備わっているわ。要するにチートね。」
・・・ふーん。よく分からないけど聞いてるだけで何だか凄そうだね。
「そして、これはあなたの為だけに調整されているわ。私が遥かな時空からあなたを見つけ、あなたにだけに適合するように作成したの」
・・・よく分からないけど聞いてるだけで何だか有難みを感じてしまうが、ヤバい事には変わりないと思う。
「・・・因みに、主な成分は激レアのグチョグチョグリーンスライムの髄液のみをコトコト煮込んだものだわ。一万匹ほど」
・・・よく分からないけど聞いてるだけで何だか嫌な気持ちになった。
「それで、そのグチョグチョグリーンスライムとやらをボクにに注射するの?そのピストルで?」
「察しが良いわね。他に質問は?」
「・・じゃなくて!嫌だよ!そんなの!誰が欲しがると思う!?死んじゃうだろ!」
何なのだ!もっと空気を読んでよ。こーゆー展開では、例えば聖水的なのとか、光り輝く神秘の力が相場だろうに。普通に来いよ!直球で来いよ!
嫌がるボクを見て、ナギサは失望したかのように見つめ、大きくため息を吐きながら、そしてやや低い声で呆れたようにこう言った。
「・・・ハッキリ言うわよ。これはおバカさんに付ける薬なのよ。古今東西そんな薬は無いけれど、私は作った。あなたのために!少しは関心なさい!」
なにおー!おバカさんだと!これには流石に頭にきた!
「はぁん!ボクがおバカさんとでも言いたいわけ?そんな失礼な奴の薬なんか信じられるわけないでしょ!もう知らない!勝手にしたらいいさ!」
ボクの背中はチリチリし、何か怒りの力が湧き上がった。
もしや!これこそがナギサの求めていた力かも知れないっ!何だか燃えてきたよ!
「・・・言いすぎたわ。ごめんなさいね。私も少し焦っていたわ」
ボクの怒りに対して、ナギサは少しトーンを落とし反省した。
ボクの中の熱量はたちまち低下し、カラ焚きに終わった・・・
「・・・まぁ、分かればいいよ。ボクも少し言いすぎたかもね」
・・・そうして、謎の力は消えた。
────
やっぱり、怒る時はしっかり怒らなくちゃだめなんだね。今日、ボクは学んだよ!
お互いが反省したところで、ナギサは改めて口を開いた。
「・・・じゃあ悪いけど、お利口さん。ちょっと後ろ向いてくれる?」
「うんいいよ!」
ボクはくるっと後ろを向いた。
「逝ってらしっしゃい。おバカさん♪」
えっ!いま何てぅ・・・!?
その瞬間、後頭部に鈍い痛みが走った!
そして、むちゅゅっとグチョグチョグリーンスライムを注射されたのだ。
「う"っ!な、なんなの・・・」
だっ!騙されたんだ!!
ボクは口からブクブクと泡を吹き、涙と鼻水がぶしゃっとに吹き出した。失禁だけは免れまいとお尻に力を入れたが、膝がガクガク揺れ、・・・結局ダメだった。
そして、追い討ちをかけるように便座が迫り、ボクは顎を強く打ち付け、意識を刈り取られた。べちゃっとトイレに転がった。
「・・・ごめんなさいね。でもあなただけが本当に頼りなの」
彼女は本当に切なそうに言った。
そして、始めから存在しなかったように消えた・・・・
ボクは頭から便器に突っ込む事は免れた。