2 ボクとナギサ
すっかり冷めたコーヒーを啜り、少し落ち着きを取り戻したボクはこの変なお姉さんの事を考えた。
一体何者だろうか。あれは絶対に、どんなにトリックを使っても知りえないことだ。もし知る事が出来るなら・・・ありえないけど、あそこにいたとしか考えられない。
───その答えは実は核心に近いものであったが、少し足りないおツムが災いしすぐに考えを打ち消してしまった。
・・・結局考える事を諦めそしてボクの心はポキリと折れてしまった。
「はぁ・・・それで、ボクになんの用があるんですか?」
もはや全てがチンプンカンプンなのでボクはそう尋ねるのが精一杯だった。
「そうね、まず、あなたじゃなくても到底理解できないこととは分かっているわ。だからあなたには、現実を受け入れてもらいたいの。そして、私の言う事に納得してちょうだい」
「・・・ふーん、そんなに言うなら、話くらいなら聞きますよ。仕方なくだけど・・・」
随分と上から目線だなと思いながらも、ボクはジトーと睨みそう答えた。
それにしてもこの人、何か胡散臭いし、さっきからところ所に何かトゲあるんだよね。苦手なタイプだな。
そんなボクの視線に目もくれず、しばし考える仕草をしてから、お姉さんはゆっくりと話し始めた。
「・・・何気なく視界に入ったモノが、振り向いてみると無かったり、景色の中に人影が見えて・・・でもよく見たら何も無かったりした事はある?」
うーん、それならあるね。ほら、ぼんやりしていると何か視界に入ったりするよね。大抵は鳥がシュッと通り過ぎたり、風で何かが動いたりとかね。要するに錯覚。
ボクは眼は時々嘘を付くと思ってる。
「まぁ、すこしは。気のせいか、見間違えだと思います。きっと誰にでもありますよ。そんなの。」
「そうね、だけどすべてが気のせいとも限らないわ、中には一瞬だけ本当にあったものや 、あった何かの残滓、何かの記憶の破片が定着している事も有るわ」
・・・うーん、この人何を言ってるのかなぁ?いまひとつピンとこないよ。要するに気のせいだったのは、実は気のせいじゃ無かったってことかな?つまり・・・
「つまり幽霊の事ですか?ボクは見えるタイプじゃないですし、そもそも信じてませんよ」
目は嘘つきだからね。
「あなたの言う幽霊は抽象的すぎて誤解のある表現だけど、もちろん幽霊は存在するわ。でもそれは、見る見えないじゃなくてよ。幽霊に見られるか見られないかの問題なの。
・・・つまり感覚の鋭い人は幽霊に気付かれてしまうの。無論、それで呪われたり何かあるわけではないわ。せいぜい気分が悪くなるくらいね」
彼女は一息入れ、話しを続けた。
「・・・全ては粒子から成り立ってるの。星屑よ。生命も例外ではないわ。幽霊はその残滓みたいな物よ・・・・でもそれは問題じゃないわ。あなたの幽霊とやらは、全部この世界の中で既に完結してるのよ。私の話には無関係よ」
────
ボクにはとても難しく半分も理解出来なかったけど、幽霊は関係ないらしいことはわかった。そして、納得とやらもまだ見えない事もわかった。
・・・簡単に言えば分からないことが分かった。
────
「その見過ごしてしまったり、無意識下で気のせいと片付けてしまう存在が、どこからやってくると思う?」
もはや、ぽやーんとする選択意外に何も無いボクに構わず、話しはどんどん進んで行った。
「それは別の時空からの偶然の干渉によるものよ。時空はいくつもあり、ときどき重なり合うことがあるの。ただその干渉は非常に弱く、単なる自然現象と言っても過言ではないわ」
彼女はふっと一息き着いてから、コーヒーを啜る。
・・・あれぇ?それボクのだぞ!
「ただ、その時空干渉が最近、意図的に強められているの」
時空干渉?それがどうした!?ボクのコーヒーに干渉するな!
何て事はもちろん言えず・・・
「へー・・・何だかよく分かりませんが、そんなすごいこと事、出来るんですかねぇ?」
この変な女の持つボクのコーヒーを睨みながら、投げやりに言った。
「科学に魔法を融合させた技術、魔導を使えば可能になるわ」
ん? まほう?まどう?
SF的な話かと思ったら、ファンタジー的なワードが飛び出てきたよ。それにしてもいきなり魔法とはね・・・
「えっと、魔法って、まにまにーっと何か唱えると火が出たりするアレですか?」
そう言いながら、両手を結んで唱える振りをしてみた。
「まぁ、あなたにはその程度の理解で十分よ。正確に言うと、魔法とは万物の根源であるマナに干渉する奇跡。そして、魔導とは魔法と科学を融合させた技術よ。」
む!その程度だと!またバカにしたぞ!
「・・・マナとは自然の法則を超えた力。信仰の力と言っても良いわ」
なんだろね、この人の上から目線は・・・まぁいいや。
この人の言いたいことは、たぶん、科学+魔法=魔導って事だよね。
それで、魔導とやらを使って、別の時空から干渉するって事だよね。
「ねぇ、何故そんなことするの?そもそも、なんでボクにそんなこと話すの?」
「何故?それはこの世界は魔導知識が皆無で人類が脆弱だからよ。要するにあなた達は弱いから狙われたの。支配されるのよ」
脆弱とは失礼な言い方だな・・・
でも、初心者狩りに出向く古参プレイヤーと思えば何となく分かるよ。現実にやられたら、それこそたまったもんじゃないけどね。
「そして、私があなたはを選んだ理由。それはあなたの体質が時空干渉の影響を非常に受けやすいからなの」
ほう!なんとボクは選ばれし者たっだとはね!まっ、当然と言えなくもないか。ボクは単なるぼんやりさんじゃなかったわけだ。
まぁ、そんな上手いこと言われても、得意になったりしないからね♪
「時空の干渉はおバカさんで、ぼんやりさんであればあるほど適性があるの。候補者は沢山いたけど、あなたが抜群だわ。素晴らし適正よ」
ん?な、なんだと!つまりボクが一番おバカさんでぼんやりさんって言う意味か!なんと失礼な!
・・・とはいえ、少し前までベンチでぼんやりバーガーを齧っていたボクは多少は思うところはあったのだった。
「・・・それで、超絶ぼんやりさんのボクに敵を迎え撃てとでも言うんですか?」
ボクはジト目でお姉さんを睨みつつ聞いてみた。
「概ね正解。でも、誰かがやって来るわけでは無いわ。世界の同期が始まるの。時空が重なり、新しい概念が支配する新世界に書き換えられるわ。」
新世界っ!この人、さっきから何言ってるんだろう。
・・・何だか凄そうなんですけど・・・・こりゃ完全に嘘だね。
この人の話はどうもピンとこない。 上手いこと煙に巻いて、ボクを騙そうとしてるに決まってる。
「そこまで言うからには何か証拠はあるんですか?」
「そうね・・・まずあなたのスマホで私達の写真を撮って見ましょうか」
写真ね、そんなんで証拠になるんですかねぇ。
そう思ったぼくはダメで元々のつもりでスマホを取り出し、一緒に撮影をした。
「はい。ピース!」と彼女は言う。
ボクもつられてピースをしてしまったが、中々の出来かと思う。
・・・あれぇ?
そこにはボクが緊張気味に、にへら笑いを浮かべてピースしてるだけで彼女は一切写ってなかった。
スマホの故障かなぁ・・・
今度はこの人のだけを、写真に撮って見よう。たぶんさっきのは上手く撮れなかったんだよね。
ボクはスマホを構え、白衣のお姉さんがしっかり写っていることを確認した。よし、アプリは正常っと。
「いきますよー」
カシャッ!
・・・・また、写ってない。
確かにスマホのレンズを向けた時点では画面には写ってる。でも保存された写真にこのチャイナドレスを着たお姉さんは写ってなかった。
はっ?チャイナドレス!?
お姉さんは白衣からチャイナドレスに服装を変え、生足をスラっと自慢げに出し、扇で口元を隠すながら、ニヤニヤと意地悪く笑っていた。
ボクが視線を外したのは、スマホの画面から目線をお姉さんに向けた時だけ。でもそれは1秒にも満たない瞬間だった。早着替えにもほどがあるぞ!
「ご満足して頂けたかしら?」
一体何が起こっているの!?
次から次へと不思議なことが起こり、頭がくらくらしてきた。
「な、なんで写らないの?その服は?いつの間に着替えたの?」
彼女は人差し指をピンッと立ててこう言った。
「答え、実は私はここにいません。・・・写真を撮るあなたは、私を認識しているから、レンズ越しにいるように見えるだけで、カメラ自体は私を認識してないの。お分かり?」
・・・全然分からない。
「それにこの姿はある種のアバターのようなものだわ。本体は遥か彼方の時空にあるわ。最も姿形はそのままよ。お望みならどんな姿にもなれるわ」
ボクが瞬きした瞬間にまた白衣姿に戻った。
「・・・じゃあドロドロうんちになって下さい」
「イヤよ」
・・・・なんにでもなるって言ったのに!嘘つき女め!
「・・・それに、私が見えているのはあなただけなの。私は遥か彼方からあなたに干渉しているの。分かるこの意味?あなた、さっきからずっと独り言を喋って、ベンチに向かってひたすら写真撮ってるのよ。他人から見たらね。春はまだ先よねぇ・・・」
そう言って彼女は笑みを浮かべた。
あっ!そう言えばさっきからジロジロ見られてた気が!・・・・今、目逸らされた!これじゃあボクが本当におバカさん見たいじゃないか!
ボクは、いつの間にかボクだけが奇妙な世界に入り込んだような、錯覚に捕らわれた。
「こっ、こんなの全部トリックだよ!それか、どっかに隠しカメラとかあるんでしょ!?」
ボクがオロオロしていると、彼女はさっきまでの雰囲気と打って変わって真剣な眼差しに変わり、座りなさいと言わんばかりに、ベンチをポンポンと叩く。とりあえずボクは従った。
「・・・・さて、残念だけど、話はここまでよ。もう間もなく始まるわ。・・・そしてあなたは選ばなければならない」
「は?何言ってるの?話しを逸らさないで下さい!カメラはどこですか!」
「世界の同期。新世界が始まるわよ・・・」
お姉さんはボクの動揺を完全に無視して、カウントダウンを始める
「・・・6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・」
しばしの沈黙の後・・・
「あら?変ね、2秒ズレたわ。失礼・・・ようこそ新世界へ!」
へ?新世界?何言ってるの?
「 何も起きてませんよ?」
カウントダウン何か始めたくせに!何も無いじゃないかっ!どうやら企画は失敗した様だね!
恥ずかしいったらありゃしない!
ボクがそう勝ち誇ろうとした時、視界の端に何かが見えた。
あれっ? お空にあんなのあったけ!?
それはよく晴れた空に突如現れた黒く細い亀裂のようだった。まさに、何気なく視界に入った一瞬の錯覚かと思った。
ボクは目をゴシゴシと擦りもう一度見直すと、その亀裂は消えること無く、むしろだんだんハッキリと現れ、さながらガラスにヒビが入ったように広がっていった。
亀裂はいつの間にか至る所に出来ており、それぞれがガラスのヒビのようにビシバシとヒビ割れ始め、かと思うやいなや、空の彼方まで一気に広まった。
ボクはただただ、ぽかんと口を開き首が痛くなるくらいお空を見上げるしかなかった。
ねえ、お姉さん・・・・なにあれ?カメラはどこ・・・?
ボクはやっとの思いで声を出したつもりだったけど、声は出なかった・・・
その間にも亀裂はどんどん数を増し、濃くなっていく。
現象はしだいに消える錯覚とは異なり、しだいにハッキリと見えてくる現実だと否応なく認識させられる光景だった。
ついに!亀裂の中の一つが、ひときわ目立つ大きな横一文字となって現れた。それはこれまでと比較にならない位、一番太くて濃い亀裂で、しかもまるで眼が見開くようにじょじょに広がっていった。
「な、何なんですか?あれは!」
さっきまでのノリが消し飛ぶような恐ろしい終末感がボクの目の前に現れ、ボクは叫んでしまった!
その見開くまぶたは、機械仕掛けの2枚の巨大な歯車になっており、左右に規則的にガチリガチリと動き、その度に見開き形をなす。白目の部分には複雑な歯車の機構が幾重にも組み仕掛けられておりガチャガチャ動いていた。
そして現れたのはギョロリと動く、機械仕掛けの目玉だった!
「あ!それ、見ちゃダメ!」
お姉さんはこれまでにないほど真剣な口調で言いながらボクの頭を掴み無理やり下げた。
「いい、アレに気付かれると面倒よ。今はまだどうにもならないわ。兎に角絶対、見てはダメよ。いいわね!」
そして彼女は一人呟く「まさか、目玉も同時に来るとはね。思ったより早いようね、時間が無いわ」
────
ボクは何かとてつもない事が起きていることに本能的に理解してしまい、これまでにないほどの戦慄を覚えた。漫画のヒーローは非常事態に闘志を燃やすかもしれないけど、アレは台本があるからだ。最後に勝てるとわかってるから、かっこよく決めれるのだ。現実はもう、震えるしかない。
「安心して。だとしてもまだ間に合うわ。私はこのためにここに来たのだから」
震えるボクを見つめながら彼女は諭すようにこう言った。
「それで、ボク達はこれからどうするの?」
「そうね、どうやら納得して頂けたようなので・・・まずは自己紹介しようかしら。私はナギサ、既に終末を迎えてしまった星からあなたに会いに来たの。よろしくね」
このようにして、ボクは初めて宇宙人と遭遇したのだった。