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19 穂積2


コンクリートの壁に囲まれたドブ川の底には下水の臭いがする川がチョロチョロと静かに流れ、夜の光がその水面をキラキラと照らしていた。

そこでボクはダガンの爪を胸に抱き、一人わんわん号泣した後、えっぐえっぐとむせび泣き、しまいにひっくひっくとすすり泣いた。


しばらくの間ボクの泣き声がドブ川に響いていたが、その悲しみは永久に続く事はなく、ボクは泣き虫しフルコースをたっぷり堪能したあと、次第に落ち着きを取り戻し、少しだけ冷静に自分を見ることが出来た。


顔はくちゃくちゃ汚れ、切り刻まれた服は文字通り血と汗と涙に加えて下水も混ざり汚れ、もはや、服の意味をなしていなかった。髪は血でベトベトしており、いまだにおデコからは血が流れている。左肩は外れ、腕も変な方に曲がっていた。それにおなかに空いた小指位の穴からは血がどくどくと流れていた。その他にも全身に細かな擦り傷や打撲がある。


痛みは麻痺しているせいかあまり感じたかったが、強烈な違和感と気だるさが、未だに危機的状況にある事を物語っていた。


そうやってボクがぼんやりと身体を確認していると、上から緊張感のない声が聞こえてきた。


「センパーイ大丈夫ッスかぁ?」


・・・はぁ。まったく、穂積はおバカだナ。この状態で大丈夫なわけないだろに!


それでも、いつもの緊張感のない声のおかげか、何だか自分の日常が帰ってきた気がした。


あっそうか!ボク、たぶんこのままだともうすぐ死んじゃうね。


とにかく今は傷を治さないと!


ボクは慌ててポーションをクピッと飲み干した。


一瞬だけ全身が光ったかと思うと、ポーションの効果は身体中に行きたり、ダガンとの死闘の後はたちまち消え、体力と気力を取り戻した。


それに身体が軽くなり力が溢れ、寒さもあまり感じなくなった。どうやらレベルアップしたようだった。


・・・それにしてもこのポーション、本当にチートだな。今度おばあちゃんにドカンとケースで注文するか。


傷が癒えると共に余裕を取り戻したのか、ボクはそんな事をふと思うと、パイルバンカーを仕舞いながら穂積を見上げた。


「おーい穂積ぃ、ボクは大丈夫だよ!」


ボクは手をブンブン振りながらそう言った。

そう言えば、穂積が援護してくれたんだよね。アイツがボクの命を助けてくれた訳だ。穂積のくせにやるじゃないかー。


そう思って改めて穂積が落とした自転車を見たら・・・


・・・って、ボクのじゃないかーー!


なんて事をしてくれたんだ!アレは8万円位したんだぞ!


仕方がない。アイツもマナに還す時が来たか・・・コレでダガンも寂しくないよね。


心にメラメラと炎を燃やしのっしのっしと地上へ向かったボクは改めて穂積と再会した。


奴のぼんやりした顔を見上げ、ボクは言った。


「おい、穂積。分かっているナ?」


「何がです?お礼ですか?どういたしまして」


「自転車の仇だヨ。お前もお星さまになるといい」


そう言ってから、ボクはパイルバンカーを起動した。

白波の腕輪のクロノグラフの針がピンッと回り、歯車がけたたましい音を立てたかと思うと、すぐにパイルバンカーに変形した。今までよりもずっと早く、まるで早送りでもしているかのようだった。


穂積はパイルバンカーを向けられてタジタジする素振りを見せたが、どうとでも言いくるめる自信があり、内心はそれ程あせっていなかった。


────


それよりなぜ彼がこの絶妙なタイミングで現れたかという所に疑問があろう。助けられた当人はおバカさんなので、穂積が視界に入った瞬間にいつもの「何だ、穂積か・・・」で思考が止まってしまったが、いずれにせよタイミングが良すぎる。


そんな彼、スーパーヒーローのような登場をした穂積。実は昼間にした会話の中でこの辺りに何かが起きている事を確信していた。そして近いうちにそれが動くだろうと予測し、橋を監視していたのであった。

案の定、散歩にでも行くような格好でおバカな先輩が現れ、川を探索し始めたのだ。

それをぼんやりバーガーを齧りながら観察し、その時を待った。その後、洞窟内で木霊する一撃目のパイルバンカーの衝撃音と振動を足下から感じ異変を確信した。

そこで穂積は、仮に先輩が何かに追われているなら、先輩の自慢の自転車を投げつけて援護してやろうと考えた。


そして、仮に戻ることなく行方不明もしくは死亡していたら、一目散に逃げる手筈だった。


そして、彼の選択は正しかった。


────


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。先輩の身体、目のやり場に困る様なものは無いですけど、ボロボロで臭いですよ」


・・・ん?何か微妙に失礼な事を言われた気がするけど、よくわからんから、まぁいいや。それに確かに臭いしね。


「それに先輩、僕の原付は重すぎて、持ち上がりません。かと言って他人の自転車を投げるのは人としてどうかと思いますよ」


まさに他人の自転車を投げ込んだ本人の台詞とも思えないのだが、疲労困憊のおバカさんは単純な話術に操られ妙に納得してしまった。


「うーっ・・・まぁそうだよね・・・でも、お礼はなしだからナ!」


「はいはい、大丈夫です」


・・・・いつもおバカで助かっています。と穂積は心の中で追加した。


────

二人の会話は死闘の後とは思えないほど、どこかのんびりしたが、穂積の内心はとても心配していた。

血や汚水で汚れたボロボロのジャージはもはや衣類とはいえず、下着すらまともに隠せてない。戦闘の激しさが羞恥心すら忘れさす程であったことを物語っている。加えて、先程までの焦燥感。平静を保っているのは見上げた根性だと思うが、ギリギリである事は間違いない。穂積は本当は何が起きているのか気になってしょうがないのだが、現状がその好奇心をはばんだ。


「・・・先輩、家まで送りましょうか?ボロボロッスよ」


なので、穂積は自分の本意を抑え、至って平静にそう言った。


「・・・穂積、気にならないのか?ボクが何してたかを?」


「・・・そりゃあ気になりますよ。でも先輩、めっちゃ辛そうですよ。今日は風呂に入って寝て下さい。それで落ち着いたら何があったか教えて下さい」


「・・・うんそうだな。そうしよう。お前にしては優しいナ。送ってくれ、丁重にナ・・・」


ボクは穂積に連れられて原付バイクに二人乗りした。


ポフッとヘルメットを頭に乗せられるとボクは片手で後ろの荷台を持ち、もう一方でダガンの爪をしっかり抱えた。


─────


「ただいま・・・」


穂積と別れたボクは自分の部屋に帰ってきた。いつもの見慣れた部屋がとても懐かしく、改めてボクは生き残ったことを実感した。このまま玄関に倒れ込みたい衝動に駆られるけど、まずはお風呂場へ向かった。


──── 入浴中 ───


長い間シャワーを浴びて、すっかり綺麗になったボクは身体を見回したけど、傷は跡形もなく消えていた。身体の汚れも落ち、温もりを取り戻したけど、鏡に写ったボクの顔は疲れきっていて、目が虚ろになっていた。

あまりにもたくさんの事がありすぎで心は激しく消耗していたのだった。


・・・もう寝よ。


いつものパジャマに着替えたボクは明かりを消し、布団にノロノロと入った。


泥の中のナマズみたいに眠りたいんだけど、いざ寝ようとすると、体がまだ覚醒してるのかな。全然眠れない。


明日からいっぱいやらないといけない事があるよね・・・

事後処理っやつ。

まずおばあちゃんちには絶対行くでしょ、それからステータスの確認・・・面倒だけど穂積とも話さなきゃね。


そういえば行方不明の女の子はどうしたらいいのかなぁ?通報してもどうやって説明したらいいのかな?


ほっとくのもダメだよね・・・困ったなぁ・・すぴー・・・・


難しい事を考えるとすぐに寝てしまうスキルが発動された・・・


────


穂積は先輩を送り届けた後、2階の部屋を眺めしばらく様子を伺った。電気がパッと付いたことで無事だと確信した穂積は、目下押し寄せるありえない現実に向け思考を切り替えた。


パイルバンカーに変形した腕輪、その破壊力や死んだ半魚人。目の前に突如現れたファンタジーの世界に対しどう対処し、何が出来るのか。


難問にして難題であったが、退屈な日常を吹き飛ばすには十分なことは明白であり穂積はどこか嬉しそうであった。


────


そこで僕はこれから装備を取りに自宅へ戻り、ドブ川を調査する事にした。


どうやら先輩は下水道で派手な一戦をやらかしたらしい。それが気になってしょうがないんだ。それに敵はあの半魚人1匹だけだろう。というのも、先輩を追撃していたのは1匹だけだったし、仮に他にも敵がいたとしたら、時間経過は体制を立て直されるだけで、不利にしか働かないと思うから。


つまり潜るなら今しかない。


────


僕はサバイバルジャケットとジーパンに着替え、暗視スコープ、スタン警棒に、催涙スプレー、それと各種サバイバルキットの入ったリュックを用意した。どれも全身黒で統一された、シンプルかつ効率的な格好だ。


え?何で僕が持ってるかって?今どきポチれば明日には揃えれますよ♪誰でも簡単にね。


それから僕は再びあの橋へと戻った。深夜に爆音が住宅地に響いたけど、幸いココは東京。大方深夜の暴走族程度にしか思われなかったようだ。それにわざわざドブ臭い川に訪れる物好きはいないからね。だから容易に川底に降りることが出来た。


チョロチョロと下水が流れ、無秩序に生える草木はまるでジャングル。そこでまず目に止まったのは自分で投げ入れた白いフレームと赤いホイールの先輩自慢の自転車。そう言えば、先輩は大きめのヘッドホンを身につけて、いつもこの自転車に乗っていたよな。今は見る影もないが・・・


その自転車だったもののフレームはグニャリと曲がり原型をなしていないが、怪物の死体は一切ない。先輩の血痕は残っていたが、川の水を掛ければ、痕跡は消えた。恐らく今回のことで、警察が介入するとはないと思うが、念の為証拠は隠滅しておこう。ここは後で自転車を回収すれば、証拠隠滅はだいたい終わるだろう。


さて、中に入るとしますか・・・


────


暗視スコープとマスクを装着し、折りたたみ式シャベルを片手にトンネルへ進入した。


注意深く下水臭いトンネルを進んてみれば先輩の血の跡が点々とある。


これはすごいな。先輩、相当やりあったみたいだ。


あのぼんやりの先輩がここまでやるとはね・・・


穂積は血痕を消しながら、さらに進むとくの字に折れ曲がって通路に差し掛かった。


なんだこりゃ?


・・・板か?違うな。よく分からんが、有名なクマの顔の破片があるから先輩の仕業だろう。それにしても、死闘中に間抜けなクマを思いつくところは流石ですね・・・


僕は呆れながらもクマの破片の一部を回収し、残りは踏み潰した。これで一雨降ればキレイに無くなるだろう。


それからしばらく進むと、今度は暗視スコープにウニが映った。


・・・これも先輩の仕業だな。本当に死闘を演じていたのか?だんだん胡散臭くなってきた。下水道にウニ・・・なんの洒落だ?どういった類いなんだ?


穂積はウニもどきのコンペイトウを一つつまみ上げると、途端に針がポキンと折れた。それにほのかに甘い香りがする・・・


そう言えばさっきの間抜けなクマも甘いかおりがしてた。


・・・・あっ!これは砂糖菓子だ!


どうやら想像以上に、間の抜けた寄りであるがシリアスな死闘が繰り広げられていたようだ。


その後コンペイトウは丈夫な厚底のブーツの前に、容赦なく踏み潰ぶされた。


それからまたしばらく進むと下水道が洞窟と一体化し、ダンジョンと化してきた。


その異様な光景には流石の穂積も口をつぐんだ。恐らくこの辺りが現実との境界線か。先輩はあの危なっかしい足取りで一体全体どこに迷い込んでしまったのだろうか。


・・・このような、考察を重ねながらも慎重に進むと、今度は別れ道に差し掛かった。痕跡を道しるべにする事が原則であったため、当然左へ進み、しばらく歩くとついに滝のあるダガンの住処へ辿り着いた。そこは行き止まりのホールになっており、テニスコート2面分位の広さだった。


まず目にしたのは、ごうごうと鳴り響く大きな滝。どうやらこのホールは滝の中腹の断崖に位置するらしく、滝の底はもっと深く地底まで続いていた。


それからふと何かの視線を感じた・・・


気になって目を向けると、その目線の先にあったのは遺体だった・・・


「うわぁっ!」


僕は慎重に気を配っていたにも関わらずもこれには、つい声が出てしまい、慌てて口を閉じた。


ある程度の覚悟はしていたつもりであったが初めて見る遺体はやはり生理的に受け付けることは出来なかった。


それでも、調査を続けなければならない。そして、先輩もこの遺体を目撃したに違いないのだから・・・


バラバラになってる所を見ると、恐らく怪物の仕業だろう。


ちっ!仕方がありませんね・・・


このままほっとくワケにもいかない。かといって通報もするつもりない。穂積にしては珍しく感傷的になり、墓を作ることに決めた。


僕は洞窟の窪みをシャベルで掘り広げると、そこへ死体を集め、石で塞ぎ簡単な墓をこしらえた。


流石にこの作業は堪える・・・・


僕は控えていたタバコに火をつけると一服吸った・・・


その紫煙は穂積なりの祈りだった・・・


────


しばらくして、落ち着きを取り戻した穂積は時計で時刻を確認した。


日の出まで一時間位か。そろそろ撤退しないとな・・・


妙なものを見過ぎた穂積の足取りは重かったがやはり時間の経過は不利にしかならない。それに朝一は通勤通学のためか橋の上の人通りも結構ある。こんな格好でドブ川をうろついていればそれだけで目立ってしまう。

穂積は帰り道も出来るだけ慎重に油断なく帰路を目指した。


────


無事洞窟から脱出した穂積は、自転車を回収し、原付まで戻って来れた。東の空が明るくなってきたのを確認すると、装備を全部仕舞い、さも、夜勤空けのフリーターを装いながら自宅へ急いだ。


痕跡もある程度は消し、情報もだいたい集まった。

しかし、この世界に一体何が起きようとしているのだろうか?やはりカギを握るのはあの先輩なのだろう。中々ヘビーな事態が起こってますけど大丈夫何ですかね・・・


穂積はそう思いながらタバコを吸いながら原付を飛ばした。

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