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18 ボクとダガンの涙の鬼ごっこ


地下下水道に轟く半魚人の決死の雄叫びはボクにも届いた。


あいつやっぱり生きているんだ!

ボクは身震いと共に手負いの獣の怖さというのを知った。


とにかくパイルバンカーを当てる事だけしかボクは考えていなかったので、この先の作戦なんて何一つ無い。だからボクは逃げる事を即座に決断した。半魚人はボクを戦士って言ってたけど、それは買い被りすぎだと思う。戦士はここで対決を挑むかもしれないけどボクは今度こそ逃げるよ、悪いけど。


───しかしこの時、初めての戦いによって得たカルタシスなのか、それとも元来あった戦士としてのの素質なのか、傷を癒しパイルバンカーを解除して本気で逃げるという選択肢を無意識的に避け、再び相見える事を望んでいる自分がいることに気付いていなかった。


まぁ、それでもとにかくボクは必死で逃げた。チラリと振り返れば半魚人がよろよろとしつこく追ってくるのが見えたが、ボクは重苦しい倦怠感と身体中の痛みの為かペースが上がらない。それにだんだん狭まる半魚人との距離が不安させる。それでも、出口の夜の光が、足元にチョロチョロ流れる下水と臭いが、それらがどこか懐かしくボクに希望を持たせた。


────


ダガンは出口へと必死に逃げる小さな戦士を見て、最早軽蔑することは無かった。彼は戦士としてしか、生きる事が許されなかった自分の生き様を完結するために、そして、それを誰かに伝えたいという気持ちが次第に強くなっていた。

しかし、それだけでなくダガンの胸の内にある感情は、戦うという意思以外の何か特別な感情があった。


なぜだろうか、そしていつからだろうか。それはきっとあのコンペイトウを通して感じてしまった小さな戦士の純粋な本心。その想いは幾重にも閉ざされていたダガンの心の壁を、まるで何も無かったかのように通り過ぎ、封印されていた何かを呼び起こしてしまったのだった。


そしてそれは恋愛感情に似て非なる感情であったが、いずれにしても好意に属するものだった。


・・・・そして、この不器用な男は、この想いへの返礼かのように血の混じった命懸けの水弾を放ったのだった!


それはある種の愛情表現だったのかもしれない。


────


ボクはトンネルの出口に手をつき、夜の光を浴びた。そのまま橋の下を抜け、壁に手を付きながらよろよろと歩き、近くにある地上へ続く階段を目指した。


もう少しで地上だ!大丈夫!


そうしてボクが希望を手にした時、突然脇腹に衝撃が走り、希望はそのまま手からこぼれ落ちた・・・


・・・あれ?


ふと気がつくとボクは地面に寝ていた。


ボクはなんで寝ているのかな?それにおなかが熱くて何だか寒いよ・・・?


ごふっと血を吐き出し、苦しさが込み上げてきた。


うぅ・・・苦しいよぅ・・・


頑張って帰ろう・・・それからおばあちゃんに相談しよう。なんとかなるよ。きっと・・・


腹部からじんわりと血が流れ出した・・・


─────


ダガンの想いを乗せた最後の水弾は小指の爪程度のサイズであったが、どうやら届いたようだった。


着弾を確認したダガンは夜の光の下に倒れた小さな戦士にゆっくりと近づいた。


手を伸ばし這いつくばりながらガクガクともがき足掻き続け、必死に生きようとする、その小さな戦士をしばしの間ジッと見下ろした。


ドブ川の底で、汚くよごれビリビリに破れたボロ着を纏い、血を流しながら倒れるその姿は無様かもしれない。それでも、無様に生きようとするその姿は、諦めて死を受け入れてしまったかつてより、美しく誇り高かった。


ダガンはその美しい姿に見惚れ、既に躊躇なく狩ることが出来なくなっている自分には気付いてしまった。


戸惑うダガンは雄叫びあげた。


「ウォォォォォーーッ!!」


─────


「はっ!」


少しの間うつらうつらとボクは気を失ってたけど、すぐそばで聞こえる半魚人の馬鹿でかい声で一気に覚醒した!


身体中は満身創痍だけど、何とか振り向くとボロボロの半魚人がすぐそこに立ってボクを見下ろしていた。暗がりでギロリと睨みつける目は鋭かったけど、何故か怖くなく、むしろ哀しさを感じた。


そしてどうやらボクは半魚人の射程距離にいるらしい・・・


なるほどもう逃げられないんだね・・・月明かりでキラリと光るあの鋭い爪はきっとボクより速い。ボクは切り裂かれるだろうね。

どう考えてもう、逃げる選択は無いんだね・・・


・・・だから、諦めるの?


そう声が聴こえる・・・


心の奥の奥、神様の声だろうか?悪魔の声だろうか?自分の心の声だろうか?ミナモの声かな?おばあちゃんの声かな?ニワトリさんかな?誰の声だろうか?


きっとその声の主は、今までにボクが見て聞いて経験した全てが集まって出来た想いの結晶であり、仮に名前を付けるならマナ・・・かも知れない。


誰かは知らないけど、とりあえず今は聞かれたからボクは応える。


諦める?・・・違うよ。


だから戦うのさ! ボクが生きた証を残すため!最後までな!


ボクはそれにそう応えた。


────


一方でダガンは想ってしまった。考えてしまった。この小さな戦士となら一緒に生きて行けるのでは無いかと・・・二人で生き残る未来。人と魔獣が一緒に生きる未来。あの薬を分けあえば二人は一命は取り留める事も出来るだろう。別に人間以外にも食い物はあるさ。きっと大丈夫かと・・・・


その希望が戸惑いと共に重大な隙を作ってしまった・・・


ダガンが戦士をやめてしまった瞬間でもあった。


満天には程遠い星空の下、二人は見つめ合った。感情が出会い、触れ合い、溶け合い、そして正反対に通り過ぎて行った。


それはとても短い時間だけど、見つめ合うには長い時間だった。




そして、ボクは半魚人を力いっぱい睨み最後まで戦う戦士としての威を示し、ほとんど力の入らない左腕を無理や動かしパイルバンカーの狙いを付けた。


────


・・・・小さな戦士の威はを受け止めたダガンは、哀しみと共に爪を振り下ろす選択をせざるには負えなかった・・・


そして、ぶつかり合う哀しい殺意が交差した!


その時!








ドガシャーーン!!!


突如、空から降ってきた自転車がダガンに命中した!


「センパーイ危ないッスよ・・・そこ」



不意をつかれたダガンは全く反応出来ず直撃をまともに受け、身体にフレームが絡まりバランスを崩した!


ボソリとこの場にふさわしくない、投げやりな声が聞こえたが、この決定的な瞬間をボクは見逃さなかった。


「うぉりやぁーーーっ!!」


気合と共にパイルバンカーの歯車がキュィィンと高回転し、ブシューと蒸気を上げながら発射された!


ドッッゴーーン!!


衝撃はダガンの傷付いた腹部を再び襲うと、内蔵が後ろへすっ飛ばされ、大穴を空けた。そしてダガンはついにその場で膝から崩れ落ち、座り込んだ・・・


ボクは再び強烈な脱力感に襲われ、さらに左肩が外れてしまった。それでも感覚が麻痺しているせいか、痛みはあまり無く酷く冷静だった。


それから声の主を確認する為に見上げて見ると穂積がこちらを向いていた。


・・・何だ、穂積か。


アイツは後でいいや・・・


─────


ボクは穂積から半魚人に視線を向けた。表情はよく分から無いけど、どこか満足げに、それでいて哀しそうだった。

ボクもきっとそんな目をしているかもしれない。なぜかそう思った。



「・・・マイッタ。ワレノ、マケヲ、ミトメヨウ」

ダガンは自分を倒したコンペイトウ使いを見上げながら、そう言った。その背後には満天の星空が広がっていた。


「・・・おなかに穴が空いちゃったもんね」


ボクはダガンを見下ろしながら、そう言った。視界に入った水溜まりには満天には程遠い星空が映っていた。


「ソレハ、オタガイサマダ・・・」


「そだね・・・」


ボクはそう言って笑った。

半魚人もつられて笑った。


「ねぇ、半魚人。ボクはお前のこと嫌いじゃないよ」


「ダガン。ワレハ、ダガンダ」


「そっかダガンって言うんだ。いい名前だね」


ボクがそう言うとダガンは嬉しそうに笑った。


「ねぇダガン、聞いてもいいかな?君は死んだらマナに還るの?」


「・・・ソウダ、ワレラハ、まなヨリウマレ、まなニ、カエルサダメ・・・」


「そっか・・・」


・・・いい所だといいね。


「ワレカラモ、ヒトツ、ヨイカ?」


「うん、いいよ・・・」


「コンペイトウヲ、クワセテクレナイカ?」


「うん、いいよ・・・」


ボクは残った右手にコンペイトウを生成すると、優しく口に入れてあげた。


「おなか、飛んでっちゃったけど食べれるの?」


ダガンはふふっと笑った。


「アマイナ、ホッコリスルゼ・・・」


「だよね・・・ホッコリするんだよね・・・」


ダガンはボクを優しく見つめながら言った・・・


「・・・センシヨ、イツマデ、ナイテイルノダ・・・」


「え?」


言われるまで気が付かなかったけど、ボクの目からたくさん涙が出ていた・・・


何故だろう・・・勝ったのに、生き残ったのに・・・何で泣いているの?


・・・分からない。でも、悲しいよぉ・・・


ダメだ・・・止まらないよぉ・・・


ボクは泣いている自分に気が付いてしまい、目頭が熱くなり感情が膨れ上がった。


ダガンはその強く優しい目でボクを見守ってくれた。


するとダガンは2本の太い爪を慣れた手つきでパキリと外し、ボクに差し出した。


「コレハ、ワレダ・・・ドウカ、ウケトッテクレナイカ・・・?」


泣き叫ぶ子供をあやす様に、そして、恋人にプレゼントする様な気持ちでダガンは言った。


「・・・うん、いただくよ。グスッ、ありがとう・・・」


ボクは泣きながら受け取ると、ダガンの手をそっと握り顔を見つめた。手は強くて固くて冷たかった。


ダガンは優しく暖かい手を感じつつ、どこか照れたような笑みをこぼした。


「ワレハ・・トモニアル・・・」


そう言ってダガンは、ゆっくり目を閉じた・・・


そして、握っていたダガンの手はキラキラ光る砂粒のようなマナになり、しだいに身体中に行き渡った。


そうしてマナへと還ったダガンは空に舞い上がり星々と混じりあった・・・


ボクは涙を流しながら、星空と混じりあったダガンを見上げた・・・


「・・・ねぇダガン、もう行っちゃうの・・・もっとお話ししようよ・・・あのね、ボクの名前はね・・・」


満天となった星に向かってボクはこう言った。







「名前、言いそびれちゃった・・・」

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