1 〜プロローグ〜 ボクと変なお姉さん
二月の風は冷たくも陽射しは心地よく、日がな一日、のんびりと公園のベンチで過ごす事は、人生においてとても大切な事だと思う。公園の遊歩道沿いにあるベンチに腰かけ、温かく甘ったるいコーヒーを啜りながら、ぼんやりとハンバーガーをかじるひと時・・・うん!わるくない!
目の前の花壇にはまだ花は咲いてないけど、近くの梅の木には蕾がついていた。そのうち綺麗な梅が咲くんだろうね、そしたらいよいよ春だ!
今日の陽射しはボクに春の到来を告げ、いつまでも続けば良いと思えるような、そんな陽気な日だった。
ベンチに座ってぐるりと見渡せば、ボクと同じように、この特別な時間を満喫しているボクのお仲間がチラホラいる。
・・・でもね。
こういった心地よい日でも、お日様が傾けばすぐに寒さが増してしまうんだ。それに二月も下旬頃になれば風も強くなって、のんびりするにはちょっと難しくなる。だから絶妙なバランスがとても大事なんだ。
大切なことだからもう一度。
「・・・バランスが大事」
ボクは、膝の上に両手を添えて持つコーヒーを見つめながら、にへら笑いを浮かべ独り言を言っていると、ボクの頭の上に、ぬっと影ができた。
ボクはビクッと驚いて見上げて見ると、知らないお姉さんがボクをジロリと見下ろしていた。
歳の頃は20代後半だろうか。色白の細身、黒髪は肩まで下ろし、二重の瞼の眼差しはやや鋭く真っ赤な口紅が際立。白衣と眼鏡を身につけた、如何にも女医か科学者か、と言うような格好の女性だ。とても、びじんのだった!
独り言を聞かれ、ちょっと気恥ずかしくなって、あたふたしていると、お姉さんはボクに言った。
「・・・あなた、いい事言うわね。確かにバランスはとても大事だわ・・」
どうやら聞かれていたらしい・・・
突然独り言に割り込んできたお姉さんに戸惑いながらも、ボクは動揺を悟れまいと、さも当然のよう会話をつなげた。
「あのー。何のバランスが大事かご存知ですか?」
彼女は、さも当たり前のようにボクの隣に座りながら答えた。
「多次元宇宙論に基く、時空間力学及び個別の次元間の隔たりと時間軸のバランスよ・・!」
「はぁ・・・?」
・・・一体全体どういうつもりなのかな?急に何言ってるんだろう、この人は?まだ春はまだ先なのに、この先の病院から抜け出して来たんだろうか。女医さんの格好をした患者さんなんてあまり聞いた事無いよね・・・
まぁ、何だかよく分からないけど、いずれにしても、関わらない事に越したことはない雰囲気なので、ボクはこの特別な時間を謳歌できるベンチをこの変なお姉さんに譲り、そそくさと立ち去ることに決めた。
そうして腰をあげようとしたボクに、この変なお姉さんはさらにボクに質問を投げ掛けてきた。
「あなたはどう思う?この次元の存在、時空間安定性つまり今次元における宇宙バランスは正常だと思うかしら?」
「はぁ・・・」
本当にこの人は何言ってるんだ・・・
ボクは少し呆れ、同情する様な視線を向けた。
きっと残念な人なんだね。可哀想に・・・
本当にどこからか逃げ出してきた患者さんならどこかに保護者がいるかもしれない。
ボクは周りを見渡したけど、お散歩してる人がちらほらいるだけで、いつもの公園と変わりない。
ちょっと怖いけど、仕方がないから話しを合わせてあげることにした。いきなり否定するのは少し可哀想だしね。
「よく分かりませんが、とても良い天気なので、バランスは大丈夫かと思いますよ。安心です!それよりどこかにお連れの方はいらっしゃいますか?」
ボクは少し頭の弱そうなお姉さんを優しく諭すように言った。
「いいえ、私は一人よ。」
「なるほどなるほどー、じゃあ、お友達が欲しいのかな?」
「あなた、人の持つ知性、その先にあるものと言ったら何を思うかしら?」
質問を質問で返すなぁ!!
なんて言えるわけでもなく、無視されても大人の対応として、合わせてあげることにした。
さっきから本当によく分からないけどね・・・
「なんなんだろうねー・・・やっぱりスーパーパワーとかかな。アメコミ見たいなやつ。天候操作とかさ、戦車をなぐり飛ばしたりするじゃん。それはもうすごいパワーだよ。人智を超えてるよ!」
ボクは有名なアメコミヒーローの様に糸を出すマネをしてみたけど、お姉さんはボクを無視して、よく分からない話しを続けた。
「知性を持った生命は、すべからく知性の先を考えようとするの。その限界は永遠に超えられないのに超えようと考えてしまう。だから、我々は知性の先に神の存在を仮定するの。そして知性を補完する・・・」
何を言っているのかさっぱり分からないけど、
さっきからずっと無視されているボクの意図は風に乗ってヒラヒラ飛んで行ったことはわかった。
何か嫌なひとっ!
──────
「知性にはそれ自体を制御しようとする理性と、更なる追及を欲する欲望という二つの性質が含まれているわ。加えて、欲望は肥大化し、理性は消費される性質を持っているわ。知的欲望が理性を上回った時どうなると思う?」
お姉さんは難しい話を止める事無くどんどん続け、最後に少し下がったメガネをクイッと上げながらボクまた質問した。
またいきなりの質問か・・・今度は間違えないからね!
えーと、何だっけ?ちてき欲望?うーん、あんまり考えたことないよね・・・というより全く持って考えた事は無いね・・・
・・・ボクに取って欲と言えば、みじかなのは食欲かな。ポテチとか一気に全部食べちゃうよね。それで、明日は止めようとか思ってもついついまた、やってしまうんだよね。それでまた後悔する。ほら、後悔あとを絶たずって言うじゃん。だからボクは・・・
「とてつもない後悔が待っていると思います」と答えた。
「なるほどね。とてつもない後悔ね。全くその通りだわ」
やった!どうやら正解したらしいぞ!!やれば出来るね!
────
彼女は何かを懐かしむように空を見上げてながら、話しを続けた。
「欲望が上回れば理性はかすみ、その生命体はやがて、自分が神だと思い込んでしまう。若しくは神になり変わろうとする。もちろんその傲慢の先は破滅。どんなに進んだ知的生命体もこの輪廻からは逃れらないわ。」
彼女はため息を付きながら、こう締め括った。
「時々思うわ。知性なんて無ければどんなに良いか。知性こそが神の与えた最悪の呪いなんじゃないかとね」
彼女はふっと一息つき、知的生命体の中でも知性から距離を起き、それでも健気に生きる相手を見つめ、そして羨んだ。
────
・・・どうも、正解したのに話が噛み合わないぞ。なんでだろ……
ボクはしばし考えたすえ、一つの結論に達した!
分かった!この人はきっと宗教関係の人だ!間違いないね。前に会ったことあるもん。神様のお話をする人たち・・・また勧誘されるのかなぁ。・・・また壺買わされるのかなぁ。流石にもう壺は要らないよぉ・・・
「あのぅ、単刀直入に言いますが壺はもう結構です。実はすでに一個あるんです。」
彼女はまるで外国人がするようなヤレヤレのジェスチャーをしつつ、ため息を吐きながら、
「・・・あきれた。どうして私が壺売りに見えるの?」
え!ツボじゃないの!?じゃあ御札屋さん?
彼女はそんな事を考えている目の前の相手をまるでおバカさんでも見るような視線で見つめた。
とは言え彼女にとって、話し相手が呑気でユルく、内容を理解出来ないことは承知の上だったのだ。
そして、困惑している所に追い討ちをかけるようにそっと耳元で囁いた。
「あなたの秘密・・・を知ってるわよ」
え?・・・
ボクはビクッとして2センチくらい浮いた!なぜなら、その内容はボクだけしか知らな唯一の事だったのだ。
「なっ!なんで知ってるの!?」
────
それは 別に隠すほどのことではない。かといって他人に話す程の事でもない。しごくたわいも無ないこと。それでいて誰もが多かれ少なかれ持っていてたり、すがっていたりするもの。
「どうやら間違いないみたいね。」
ぽかんとしたボクの顔を見て、どうやら彼女は納得したらしい。
「それじゃあ、そろそろ、そのポカンを止めて話しを聞いてくれるかしら?」
彼女は、よろしくと言わんばかりの笑みを浮かべるのであった。
ボクはそれに反応するとなく引き続きぽかーんとしていた。
陽気な日差だけは変わらず続くのであった。
新米入荷です。どうぞよろしくお願いします!