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7 明日からも(ノア)

 気を取り直し、セアラをエスコートして大広間に戻った。


 会場の前で待っていたコリンに、スウィニー家の人間を見つけたら応接間に案内しておくよう指示した。


 広間の中に入ると、自宅の屋敷を出たのがほぼ1年振りだというセアラは、尻込みする様子で私の腕をギュッと握ってきた。

 だが、私がいるから大丈夫だと伝えれば、すぐに背筋を伸ばした。


 まずはすっかり変身したセアラを父上母上のところに連れて行った。


 父上と母上もさらりとセアラを褒めるのを見て、改めて自分の不甲斐なさを実感した。やはり「可愛い」くらいは言っておけば良かった。

 だが、私とセアラは先ほど出会って関係を築きはじめたばかりなのだ。これからは自分の想いをもっと素直にセアラに伝えていこう。


 母上が周囲にセアラを、近いうちに「息子の妻になる令嬢」だと紹介してくれた。

 セアラは先ほど怯えていたことなど微塵も感じさせずに挨拶をしてみせた。やはり見た目に反して度胸がある。


 次は姉上と義兄上のもとへ。


 姉上は二児の母になっても相変わらず美しいが、しっかりしているように見えて色々と抜けているところもあまり変わっていない。

 セアラの異母姉のような真似は絶対にできない人だ。


 そこにロッティとアリスもやって来た。


 ロッティは抱きつかんばかりの勢いでセアラの手を握った。ずいぶん親しいようだ。


 その時になって、セアラが18歳だと知った。ロッティより歳上なのかと密かに驚いた。


 皆にセアラを紹介すると、今度はスウィニー家の人間を探して会場を歩いた。

 私からすれば、セアラは私のものだと会場中の人々に示すための行動とも言えた。


 そういえば、と気になっていたことをセアラに訊いてみた。


「ロッティの友人ということは、セアラは以前にもうちに来たことがあったのか?」


「2年前の夜会にも参加させていただきました。あとは、他の方たちと一緒にロッティ様にお招きいただいて、学園の帰りに2回程でしょうか。アリス様とはその時にもお会いしました」


「では、その時にロッティの部屋に行って、家族の部屋の場所も聞いたのだな」


「いえ、お庭でお茶をいただいただけです。ロッティ様のお部屋が2階にあることはお聞きしましたが、ご家族のお部屋がどこにあるかまで話題にするはずがありません」


「だったら、なぜセアラは私の部屋の場所を知っていたんだ?」


 セアラは困ったように眉を下げた。そういう表情も良いな。


「あれは、適当に選んだ扉を開けたらノア様のお部屋だったのです。それに、私が探していたのはあの首飾りですから」


「ああ、本当は母上の部屋に行きたかったのか。では、私の部屋に来たのは単なる偶然だったということか」


「はい。まったくの偶然です」


 知らない女が迷わず私の部屋の扉を開けるのを見た時にはゾッとしたはずなのに、今セアラにそう断言されると少し複雑な気持ちになった。


 まあ、あの時のセアラがどの扉を開けていても、私たちはこうなっていたに決まっているが。




 やがてセアラが異母姉を見つけたようで、「お姉様」と呼びかけた。

 振り向いたのは、派手なだけのドレスを着た見覚えのある顔の女。本当にこの女がセアラの異母姉だったのか。


 これまでの話によると、この女は私より歳下らしい。歳上だとばかり思っていた。

 あの厚化粧を剥げば、どことなくセアラに似た可愛らしい素顔が出てくる、なんてことは絶対にないだろう。


 婚約者がいるはずの異母姉は、数人の男に囲まれていた。こういう女を好む男もいるのだなと、どうでもいいことを頭の片隅で考えた。

 だが、その中のひとりがセアラを見て表情を変えたことにも気づいた。


 やはり異母姉は関わりたくない種類の人間だった。実際、あまりに煩わしくて徹底的に存在を無視した結果、ようやく近づいてこなくなったのだ。

 だが、今回ばかりはセアラのためだから仕方ない。今夜をもって、スウィニー家の人間がおいそれとセアラに近づけないようにするのだ。


 とはいえ、苛立つ気持ちは抑えられなかった。そのうえ、セアラが謝罪を口にして、私を「コーウェン公爵子息」などと呼ぶものだから余計に腹が立った。

 いつの間にか私たちは「セアラ」、「ノア様」と呼び合っていた。それがあまりに自然で、まったく意識していなかったくらいだ。


 そのうちにコリンが私たちを呼びにやって来た。

 夜会の客である令嬢の言葉を我が家の使用人が遮るなど本来ならありえないことだが、コリンはわざとやったのだろう。咎めるつもりはない。


 応接間に異母姉だけでなくその婚約者も誘ってやろうとセアラにどれなのか尋ねると、やはりあの表情を変えた男だった。

 この男にも私たちの仲を見せつけてやる。




 応接間で待っていたスウィニー夫妻と向き合うと、セアラが身を固くしたのがわかった。

 セアラを安心させようと笑ってみせると、彼女も笑みを浮かべた。これが、この場で私の守るべきものだ。


 セアラの継母はやはり厚顔無恥な人間だった。これでは娘があれでも仕方ないだろう。


 父親のほうは一見すると気弱そうで、愛人を持つような男には見えなかった。

 だが、この男は良き夫、良き父の振りをして妻子を騙し続けていた挙句、妻が亡くなった直後に愛人を家に入れ、その女が娘に何をしても止めなかったのだ。

 もしかしたら、継母や異母姉よりも父親に対してのほうがセアラの恨みは大きいのかもしれない。だからセアラはスウィニー家そのものを潰してくれと願った。


 それにしても、よくぞここまで異なる姉妹が同じ父親からできたものだなと改めて思った。セアラの亡き母上がかなりきちんとした方だったに違いない。


 私とセアラの婚約は呆気なく纏まった。

 本当はこのまま教会に駆け込みたかったのだが、それを匂わせると珍しく父上に叱られた。

 すでに父上はセアラのウェディングドレスを考えてくださっているようだ。どんなドレスになるか楽しみだ。


 最後にセアラはスウィニー家の人間に対してきっちりと礼をした。

 そんなことをする必要などないだろうに、セアラらしい。


 私が中途半端なところで口撃を止めたのも、後でセアラが心を痛めたりしない線を狙った結果だった。

 セアラは家族をどん底に引き摺り下ろしたいと言いながら、一方で異母姉の代わりに頭を下げてしまうような女性なのだ。


 まあ、聞きようによっては、セアラが口にした感謝の言葉は痛烈な嫌味でもあったけれど。




 すっかり浮かれていた私を、落とし穴が待っていた。


 セアラは私たちの婚約はスウィニー家から彼女を保護するための嘘だと思い込んでいたのだ。

 そんなわけないだろ。

 私は父上に対してそういう類の嘘を吐くつもりはないし、母上を騙せるはずがない。


 セアラが出会ったばかりの男から結婚を望まれたところで、俄かには信じられないのもわからなくはない。

 ある意味、今の私は周囲から見れば、私の肩書きと外面だけを見て近寄ってくる令嬢たち以上に滑稽な人間かもしれない。


 それにしても、メイに負けた後はセアラへの想いをはっきり口にしていたつもりだったのに、それらはすべて本気にされず、少しもセアラの心に届いていなかったのだろうか。

 セアラにはこれでは足りないということか。


 だが、もはや私にセアラを手放すつもりなど微塵もない。そんなことは不可能だ。

 これから毎日セアラの顔を見て暮らし、そのうちセアラから「ノア」と呼ばれるようになって、そして先ほどソファの上でやりかけたことの続きを夫婦のベッドの上でするのだから。

 いや、正直に言えばそれは今夜にだってしたい。今度はきちんと口づけから始めて、優しく優しくセアラに触れよう。


 必死になって私の想いを伝えれば、セアラもようやく信じてくれた。


「私も、ノア様を幸せにできますか?」


 辛い目にあったのだから自分の幸せだけ考えていればいいのに、セアラはそんなことを尋ねてきた。

 もう本当に、セアラが愛しくて堪らない。今夜、彼女が私の前に現れてくれたことに心から感謝したい。


 だが同時に、この出会いが1年前でなかったことが悔やまれる。可能性は充分あったはずなのに。


 私にできるのは、この先は後悔のないよう、セアラを笑顔のまましっかりと捕まえておくことだけだ。




 夜会が終わってすべての客たちを見送ってから、改めてセアラと近いうちに結婚すること、彼女も今夜から我が家で暮らすことを家族と使用人たちに伝えた。

 セアラがスウィニー家でどんな扱いを受けていたかは、ここでは黙っておいた。


「そういうことだから、これからはセアラも家族としてよろしく頼む。大丈夫だと思うが、意地悪とかするなよ」


 最後の部分をロッティとアリスに向けて言うと、ロッティが目を吊り上げた。


「するわけないでしょう。言っておくけれど、夫婦喧嘩したら私はセアラ様の味方につくわよ」


 隣ではアリスもコクコクと頷いた。


「ああ、それでいいよ。喧嘩なんかしないと思うけどな」


「ロッティから見て、セアラはどんな娘なの?」


 母上の問いに、ロッティはしばし考えてから答えた。


「そうですね。あのとおり、見た目は思わず撫でまわしたくなる小動物のように可愛らしい方ですが……」


 ロッティの目にも、セアラはそういう風に映っているのか。


「おまえ、本当に撫でまわしていないだろうな?」


「してないわよ。……ええと、態度は常に冷静沈着。かと思うと、時々とっても大胆なことをして私たちを驚かせたり」


「ああ、わかる気がする」


 堂々と我が家の階段を上っていたセアラの姿を思い出した。遠い昔に思えるが、ほんの数時間前のことだ。


 ふいにロッティの表情が曇った。


「だけど私も他の方たちも、セアラ様のお母様が亡くなるまでご病気だったことまったく知らなかったんです。きっと辛い時もあったはずなのに、セアラ様は私たちの前で少しもそんな様子を見せなくて」


「お母様がご病気だったからこそ、必要以上に良い娘でいようとして、色々と我慢する癖がついてしまったのかもしれないわね。兄弟がいればまた違ったのでしょうけれど」


 母上自身、16歳でその母上を亡くしている。

 親同士が決めた結婚だったにも関わらず祖父は祖母一筋で、周囲から再婚を勧められても耳を貸さなかったそうだ。

 結果、父上と婚約するまで母上が女主人の役割を担い、弟妹たちの面倒も見ていた。

 それゆえ、叔父叔母も母上を尊敬している。


「ま、今後は私たち、特にノア次第ね」


「はい」


 セアラにはこの家で、喜怒哀楽も望みや不満もすべてを隠さず見せてほしい。


「でも、ノアのお嫁さんがセアラで良かった。セアラとなら仲良く暮らせるよね。ノア、僕、次の孫はクレア似の女の子がいいな」


 父上はうっとりした表情になった。母上にそっくりの孫娘を抱きあげるところでも想像しているのだろう。


 姉上の子はふたりとも男の子だ。父上はもちろんふたりの孫たちに対してそれはそれは甘い祖父で、たびたび姉上から苦情が届き、母上から叱られている。

 だが、ドレスを選んであげることのできる孫娘がまだいないことが、父上には不満だった。


「セディ、気が早すぎるわよ。ノア、今のは忘れなさい」


 私は神妙に頷きながら、父上はセアラ似の女の子でもきっと可愛がってくださるだろうと考えた。




 セアラの仮部屋を訪うと、彼女は湯浴みを済ませて寝巻姿だった。これは拙い。

 とりあえずソファにセアラと並んで座ることは諦めた。


 しかしながら、そんなことで私が我慢しきれるはずがなかった。

 セアラが、思わず撫でまわしたくなる小動物のように可愛いのが悪い。そのくせ湯上がりで肌が薄っすら色づき艶っぽいのに、無邪気に近づいてくるからなお悪い。


 セアラの許しを得て、私は彼女に口づけた。

 一度触れてしまえばなかなか離れられず、それでもようやくセアラの唇を解放すると、今度はその体をしっかりと腕に閉じ込めた。甘い香りがまた私を誘惑する。

 セアラも私の背に両腕を回してきたので、もうこのまま部屋に連れて帰ろうと思ったのだが、セアラにスパッと断られた。


 まあいい。

 セアラは明日も明後日もその後も、ずっと私の傍にいるのだから。

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