第3話 リンゴとウィン
★☆ 今回の登場人物 ☆★
アンスール
『言葉のルーン』の名をもつ神。
この物語の主人公。
ニイド
『欠乏のルーン』の名をもつ邪神。
トラブルメーカー。
ベオーク
『誕生のルーン』の名をもつ結婚の神。
出番少ないと怒ってる。
ウィン
『果実のルーン』の名をもつリンゴの管理人。
いつも笑顔。
ソーン
『トゲのルーン』の名をもつ雷神。
一撃必殺。
ソウェイル
『太陽のルーン』の名をもつアンスルガルドの番人。
そろそろ家にくらい帰って。
ティール
『勝利のルーン』の名をもつ軍神。
すごく、まじめ。
スィアチ
オセルヘイムの巨人。
結構気が長い。
私はアンスルガルドのアンスール、今日も世界を見守っている。
今日のトラブルもニイドが関わっているようだ。
まぁ、前回は巻き込まれた感じがあったのだが……。
ニイドは鷲につかまり空を飛んでいる。
「おろしてくれよ」
――どうやら、飛びたいわけではないらしい。
「このまま落ちるか、それとももっと痛い目にあいたいか?」
「もうすでに腕がちぎれそうだ。おろしてくれないか?」
「それはお前の行動次第だ」
「だって、そんなことしたら、僕の立場が」
「痛い目にあいたいのだな」
「だからさ、すでに痛いんだって」
「ただ、女神ウィンを呼び出すだけでいい」
「だから、そんなことできない」
「じゃあ、このまま飛び続けてやろう」
「なんでそうなるのさ」
「大丈夫、お前の責任になったりはしない」
「いや、バレるから」
「バレないようにうまくやれ」
「無茶なこと言うなよ」
「お前ならバレても何とかなるさ」
「なんで、こんなことするのさ」
「リンゴが欲しいのさ」
「なんでリンゴが欲しいのさ」
「あのリンゴは病の進行も食い止める」
「誰か病気なのかい?」
「あぁ、娘が病気なのだ」
「それは本当かい?」
「あぁ、嘘じゃない」
「わかった信じる」
「病気が治るまでリンゴを食べさせ続けることができるなら、それだけでいいんだ」
ニイドを連れていた鷲は、ニイドが承諾すると地面に降り立った。
そうして、鷲は巨人の姿に変化する。
スィアチという名の恐ろしい巨人だ。
そして、スィアチはとても賢い。
私は彼のことを予言で知る機会があった。
ニイドはおそらくこの後、リンゴを管理する女神ウィンに嘘を言って森に誘導する。
私たちアンスルガルドのものは年老いていく。
木になるリンゴは残るかもしれないが、収穫するタイミングを誤ると若さを保つのではなく時間をさかのぼり過ぎてしまう。
ウィンだけがその見分け方を知っていたのだ。
女神ウィンは楽しいことが大好きで、負けず嫌いなところがある。
このままさらわれてしまうかもしれないことを考えると、何もしないまま見ているわけにもいくまい。
私はウィンの元へ足を運んでみることにした。
「あら、アンスール。ごきげんよう」
今日のウィンは機嫌がよいようで、すべて順調に進んでいるのだろうなと感じる。
リンゴの育ちが悪いと、愚痴っぽくなったり自己評価がひどく低下するのか、とにかくネガティブなオーラをまとい始める。
「ごきげんよう。ウィン殿」
「今日はどういったご用件かしら?」
「とくに用はないのだが、あなたの笑顔に癒されたいと思ってしまってね」
「うふふ、アンスールさんは今日は何かいやなことでもあったのかしら?」
「惜しい。実に、惜しい。いやなことが起こらないように……今日は足を運んだのだよ」
「惜しいなんて、そんなの悔しいわ。嫌なこととは何なのかしら?」
「最近不穏な動きがあるようでな、私はそれが起こらないようにしてみようかと思ってね」
「なんだかモヤモヤしますわね」
「こらこら、あなたのように美しい人がそのようにふくれてしまっては台無しだ」
「では、何か私に笑顔になるようなお誘いでもくださいますか?」
「そうだな……では、港の見える味が自慢の店で食事でもどうかな?」
「悪くありませんわね」
すっかりウィンのペースで食事をご馳走してしまうことになってしまった。
予言の書では何日か後にウィンが森に誘い出され、スィアチにさらわれるという内容である。
こうして、毎日約束をしていればウィンは出かけようとは思わないだろう。
1年ほどこのようなやり取りをしているうちに、私はずいぶんとウィンと仲良くなってしまった。
そういえば、予言ではウィンは旦那がいるという記述だったが、今は独身。
――一体どういうことか……。
私は悩みに悩んだ。
予言の書を読み、ウィンがさらわれるとされた部分を読み直す。
『ブラギの妻』と書いてある。
しかし、この世界にそんな名前の男はいない。
一体全体どうしたことか。
「やあ、アンスール。最近ウィンと仲良くしているようだね」
こんな長期間にわたって親しくすれば変な噂が立つのは当たり前だった。
「あぁ、ニイドか……なんだ? ベオーク殿が何か言っていたか?」
「いやぁ、とくには聞いてはいないよ」
ニイドはこの世界ではとにかく女神にモテにモテていた。
「お前にいわれてこの髪型をしているが、全然パッとしないのはなんでなんだろうな」
「そのクルクルかい?」
「あぁ、このクルクルだ」
「おかしいな、僕がクルクルにしてたときはかなりのモテ期だったんだけどな」
「お前とわしでは顔の作りが違うからな」
「いやいや、クルクルの角度とか髭の手入れ具合とか何か違うんじゃない?」
「何が違うというのだ?」
「清潔感とか、重さとか?」
「うーん、モテたことのないわしにはよくわからん話だな」
「またまたぁ、アンスールがモテないなんて聞いたことないよ」
「そうか?」
「アンスールはなんか、結婚向きなんだよね。多分」
「結婚向き?」
「僕は遊び向き」
「遊び向き?」
「そう、遊び向き」
「どう違うのだ?」
「僕とは火遊びがしたくなる女神がたくさんいるけど、アンスールが相手となると遊んでもいられない」
「モテないという風にしか聞こえないんだが」
「いずれわかるよ」
「今知りたいのだが」
ニイドは私の顔をジーっと見ている。
「な、なんだ?」
まだみている。
「なんなんだ?」
「そうだね、アンスール。君も遊びを覚えた方がいい」
「何を言い出すかと思ったら」
「なんていうか、深みがないんだよね」
――まったく好き勝手いってくれる。
「アンスール、モテる男というのはね」
「いうのは?」
「やっぱり君にはまだ難しそうだ」
「馬鹿にしないでくれるか?」
「いや、どうせ君のことだからハウツー本でも読み漁って勉強しているんだろう?」
「なぜわかる?」
「わかるさ」
「なぜ?」
「ウィンと君のやり取りを見たら、君の部屋の本棚にあったセリフばかりだ」
ニイドはケラケラと笑っている。
「なるほど」
「君は自分の言葉を自分で作り出すところにはまだ至っていない」
「う……うぉぅ」
「それには失敗を繰り返さないと前には進めない」
「失敗か」
「君はいつも無難な方に進もうとするだろう?」
「そういわれるとそうかも知れない」
「だから、失敗も成功もしない」
「失敗ではないだろう」
「でも、満足はしてない」
「……」
「物足りない」
「まぁ、そうかも知れない」
「僕は昔から失敗の数だけは誰よりもたくさんある」
「自慢なのか?」
「失敗から学んでいるからね」
「いや、学んだら失敗しないだろう」
「少なくとも前よりはうまくやるさ」
『ニイド』は『欠乏のルーン』の名前である。
ニイドはそのルーンの性質をもっているようで、足りない部分を必要とし、貪欲に求める力を持っている。
その強さは忍耐力と集中力。
彼の持つ魅力はそういう部分なのかもしれない。
「わしは、ちゃんとしたいのだよ」
「だから、ちゃんとするために一通り経験をすることさ」
「失敗はしたくない」
「だろ?」
話が平行線になり始めて、ニイドは説明を放棄しそうな雰囲気をただよわせはじめた。
「なんにせよ、これ以上は君が失敗をいくつかして悔しいと思わないと始まらない」
「だから、失敗しろと?」
「そうさ、君は実際にやることと本で読んだり聞いた話で経験したつもりで色んなことに取り組んでいる」
「それじゃいかんのか?」
「全然違うんだ。失敗したからこそ見えるものは大きい」
「失敗すれば馬鹿にされる」
「馬鹿にさせておけばいいのさ」
「馬鹿にさせておく?」
「そうさ、馬鹿にして喜んでいる奴こそ真の馬鹿なんだから」
「どういうことだ?」
「馬鹿は人の事を馬鹿にして、自分は馬鹿じゃない安心した! とか思っている奴らなんだ」
「それが普通ではないのか?」
「それこそ馬鹿馬鹿しいことなんだ。僕はそれを知ってる。君はそれを知らない」
「よくわからんな」
「まずは、ナンパでもして失敗でもしてきなよ」
「変な噂が立つ」
「立てさせておけばいいのさ」
「評価が落ちるではないか」
「だからだめなんだよ」
「評価が下がる方が愚かだと思うが」
「経験を得るのに言いわけをしていたら、経験できることが圧倒的に減るじゃないか」
「何を言っているのか、全然わからん」
「もう疲れた。もし、続きを話すとしたら君が大失敗をして僕に泣きついてきたときだ」
「そんなこと話すもんか」
「話すさ」
「話さん」
「じゃあ、自分で何とかするんだね」
「じゃあ、話す」
「……楽しみにしているよ」
よくわからないことで時間をくった。
私はニイドとときどきこんなやり取りをしていた。
いつも同じ話になる。
昔よりはやりたいことをやるようになった。
興味本位で動き回ることもしてみている。
でも、まだよくはわからない。
頭でわかってはいても、心がどこか受け入れられないのだ。
わかっているけど、わかっていない。
謎かけのようだ。
私はいい子でいたいのだ。
そうすれば、周りが褒めてくれる。
優等生であり続けたいと、勉強も武道もしっかり学んだ。
だけど、あれだけ周りの評価の低いニイドにはかなわない。
ニイドのことが嫌いなわけではないけど、どこかでずっと認めたくないそんな自分がいた。
そして、ニイドはなぜか必要とされ、愛されている。
□■□■□
私は出くわしてしまったことがある。
「あらニイド、今日はどうしたの?」
女性の声がした。
「君の顔が見たくなってね」
「あら、嬉しいわ。でも、他の人は今日はいいの?」
「なんだか、さみしくなっちゃってさ。そういうときは、優しい君に一番会いたくなる」
「似たようなことを他の女にもいってるんじゃなくて?」
「うーん、でもこの世界で一番優しいとしたら、君だろう?」
「まぁ、いつもそうやって他の女神のところを渡り歩いているのではないの?」
「どうだろう? どうやらこの世界には僕と同じ顔のやつがウロウロしているらしい」
「本当に誤魔化すのがお上手ね……。んっ……ちょっと、こんなところで」
「でも、欲しそうにしてたよ?」
物陰でニイドと誰がが逢引しているであろう声が聞こえていた。
「そろそろ、お一人に決めたらどう?」
「僕の中では、すっかり決まってるけどね」
「あら、誰なのかしら?」
「それはね……、今僕の目の前にいる人だよ」
「目をつぶって目の前にいるって、嘘はついていないとかはぐらかすのね?」
「あははっ、君は本当に僕のことをよく見ていてくれてるよね」
――一体、相手は誰なのだろう?
「そういう君を僕は好きなんだ。だからついつい足がこちらにきてしまう」
「その割には数日見なかったけれど」
「仕事さ。僕は他の国との外交の要だからね」
「まぁ、よその国の女と遊んでいたのではないのかしら?」
「その君の束縛して、ヤキモチを妬いちゃう顔が僕はたまらなく好きなんだよ」
「忙しいニイドさんは、今日は時間がたっぷり余ったのかしら?」
「残念ながら、今日は君の濃厚な唇だけで我慢しておくよ」
「本当に忙しいのね」
「いや、僕にとってはやりたいことをやって回ってるだけだから。とても充実しているよ」
「はぁーっ、あなたに鎖をつないでおけたら、国中の男たちの心配事は減るかもしれないわね」
「そんなのナンセンスだよ。僕の名はニイド! 欠乏のルーンと同じように誰かの心を埋めるためにいつも忙しいのさ」
「えぇ、知ってるわ」
「じゃあね」
「またね」
そうして私は歩いてくるニイドと鉢合わせをした。
「おや、アンスールどこから聞いちゃってたかな?」
「お前というやつは昼間から」
「昼間だからいいんだよ」
「いつもこんなことを?」
「求められれば、僕は君とだって愛し合ってもいいけど?」
「言いたいのはそういうことではないんだが」
「やだなぁ、顔が真っ赤だよ? 僕は君のそういうところが好きだけどね」
「からかわんでくれ」
「僕にとっては君をからかわないことは、ステーキを目の前にお預けを食らうのと等しいんだけどな」
「まったく、ああ言えば……」
「こういうよ」
「逢引自体はやるなとは言わん。だけども、場所は考えてくれ」
「考えているよ」
「考えてない」
「僕が考えてるのは女神たちの気持ちが高ぶるのはどこかだ」
「……」
「スリルを彼女たちは欲しがる」
「誰と鉢合わせするかわからんのだぞ」
「だからこそ、鉢合わせしたら僕のことを自分のものだと言える」
「どういうことだ?」
「本当に君は頭でっかちだね」
「勉強だけは確かにしているつもりだ」
「アンスール、勉強はいくら問題が解けても、現実の問題に使い続けなきゃ経験として定着しない」
「正解は導き出せる」
「現実の問題に正解はない。ベストやベターやナイスプレイ。それを生み出すための勉強をしなきゃ」
ニイドの言うことはなぜ、こんなに心に響くのだろうか。
「君はいつもやり切ったつもりだ」
ついつい聞き入ってしまう。
「自信をもって出来るようになりなよ……僕は君が好きだけど、見てるとときどきもどかしくなる」
いつもそう言う。
「じゃあ、今日はこんなとろこで」
ニイドは去っていく。
□■□■□
私は難しい勉強はするが、知識を披露できてもその他で役に立てることができていない。
ニイドの言ったことが気になって、私はウィンと会う機会を増やして見た。
他の女神とも話すようにした。
しかし、ニイドのようにドキドキさせることはなく、自分ばかりがドキドキしてしまっている気がする。
考えが行き詰まる。
私はまた本を読んでいた。
「あら、アンスールまた読書?」
「やあ、ウィン」
「私はどうも話をするより、本と語らうのが性に合っているらしい」
「本を読んでるあなたを見ると、なかなか面白いわよ」
「面白い?」
「続きが気になるってワクワクしたり、難しい顔をして見たり」
「そうか?」
「とにかく、本を読んでるあなたは百面相で見ていて微笑ましいの」
「初めて言われたな」
「今日はどんな本を読んでいるの?」
「冒険譚だよ。今、船が座礁しててね、怪物に襲われて応戦しているんだ」
「楽しそうね」
「ああ、楽しい」
「そう言う顔をしているもの」
「ウィンは最近楽しいことはないのかい?」
「私は毎日が楽しいわ」
「リンゴも順調なのだな」
「そうね、そうじゃないとなかなか笑ってはいられないわ」
「いつも、ウィンは楽しそうだ」
「よく言われるわ」
「一緒にいると、なんだか気分が和む」
「そうね」
私はしばらくウィンと談笑をして、また次に会う約束をして別れた。
「おいおい、アンスール 『じゃあ、また』じゃないだろう」
立ち聞きをしていたのかニイドがそこにいた。
「お前……聞いていたのか」
「違う、違う聞きたくて聞いたんじゃないからね?」
「聞いてたんじゃないか……」
「まぁ、そうとも言う」
「聞いてたんだろ」
「なんて君は不甲斐ないんだ!ウィンは君と話だけしてて楽しいと思うかい?」
「楽しそうに話していたじゃないか」
「君にはそう見えるのか……」
何やらニイドはあきれた顔をしている。
「君に女心ってやつは難しすぎるのかな?」
「大きなお世話だよ」
「じゃあ、そんな君にチャンスをあげるよ」
「チャンス?」
「そ、チャンス」
「どんな?」
「あのウィンともっと仲良くなるチャンスさ」
「仲良く?」
「一週間後ビフレストの近くにある森に来てみるといい。時刻は日が沈む頃だ」
「どういうことだ」
「君はもう少し冒険をした方がいい」
それ以上ニイドは何を聞いても答えてくれなかった。
私はニイドに言われた通り、森へ足を運んだ。
「こっちだよ。こっち」
声がする方を確認すると、背の高い男が女を先導して歩いてくる。
「本当にこんな場所にリンゴがありますの?」
――この声はウィンではないか。
「ちょっと待ってて、取ってくるから」
「私も参ります」
「この先はぬかるんでいて君のドレスが汚れてしまうから」
そういうと、ニイドはウィンをおいてさっさと行ってしまう。
「来いと言ったり、待てと言ったり……」
少しウィンは不安そうにしていた。
――声をかけようか……でも、不自然か。
そんなことを考えていると、鷲があらわれる。
「この先でニイドが待っている。一緒に来てもらおうか」
そういうとウィンの華奢な腕を掴み、飛び去る。
目の前にある現実に私はただ眺めているだけだった。
――予言とはだいぶ違うではないか。
「アンスール、せっかくチャンスを用意したのに」
そう言ってニイドは戻ってくる。
「予言の書にかかれたのは今日のことだったのか」
「今の君はチャンスがあっても行動できない。それをまず認めたほうがいい」
「巨人スィアチに協力したのか?」
「あぁ」
「嘘を言っているかもしれないのに?」
「嘘の可能性の方が断然高いだろうな」
「わかってて?」
「あぁ」
「みんな大変なことになる」
「今、アンスルガルドの連中はそれが当たり前だと思っている。その状態がどんなに恵まれたことなのか知らなきゃならない」
「みんな、お前を責めるぞ」
「今に始まった事ではないだろ」
ニイドの瞳が赤く燃えているように感じる。
――目の錯覚だろうか。
「これから、アンスルガルドは老いの存在を思い出すだろうな」
「当然ではないか」
「それ以上にウィンの存在がどれほど大きなものだったのかも思い出すよ」
何を言いたいのか私にはまだわからなかった。
「彼女は自己評価が物凄く低い。……だけど、素晴らしい女性だ」
「まさか、彼女にまで……」
「その辺はご想像にお任せする」
考えたくはなかった。
「さて、アンスール。君は予言の書では俺に対して彼女を連れ戻しに行けという話だったな」
「行かないのか?」
「行かない」
「じゃあ、誰が」
「君が行くんだよ。アンスール」
ニコリと笑ってニイドがいう。
「読んで理解するのと、実際にやるのでは全然違う」
「スィアチの留守に忍び込んで、ウィンを取り戻すということか?」
ニイドは鷹の衣を私に投げてよこした。
「口だけではダメだ。君は実際に動いて経験してこい」
「なぜ?」
「本の中では書かれていない部分を想像できない。経験豊富なら、そこから発展して考えることもできる」
珍しくニイドはちゃんと答えてくれるようだ。
「そのことを君には実感してもらいたい。そうでないと君は口先だけの薄いやつのままになるからさ」
「薄い?」
「それに、不安になっているところで男女が二人きりになると……」
「二人きりになると?」
「恋に発展する……これは大チャンスだろう?」
「大チャンス? しかし、ウィンはわしを好きではないかもしれない」
「はぁっ?! この期に及んで……君はどうなんだい? アンスール」
「どうって……嫌いじゃない」
「あー!! もう、イライラするな!」
ニイドはかなり荒れていた。
お節介な男だと思った。
「わしは……」
鷹の衣を使って私はスィアチの館を目指した。
オセルヘイムの山間にある大きな館。
私はスィアチがいないことを確認すると、ウィンに声をかけた。
「ウィン、無事か?」
「まぁ、アンスール。どうしてここに?」
ウィンが不思議そうに聞いてくる。
「偶然、連れ去られる姿を見たから」
私は初めて小さな嘘をついた。
「それより、巨人が戻ってくるとまずい……」
私はルーネを使い、ウィンの姿を木の実に変えて懐に入れる。
「戻ったらすぐ、元に戻すから」
私は、このことに気がついたスィアチが追ってくるかもしれない恐怖と初めてついた嘘に高揚感を持った。
胸がドキドキしすぎて壊れるんじゃないかと思う時間が続き、無事にアンスルガルドへ帰還する。
「アンスール、巨人がウィンをさらったって?」
戻るとアンスルガルドは大騒ぎになっていて、ソーンとソウェイル、ティールが門のところで待っていた。
上空に怒り狂った鷲がどんどん大きくなってくるのが見えた。
「返せ! それは私のリンゴだ」
凄い形相だった。
ソーンがスィアチの頭を叩き、ティールとソウェイルは彼が息を吹き返さないように火で焼き尽くした。
私は懐に忍ばせた実を元に戻す。
「こわかったわ……」
ウィンも私も震えていた。
「全くこのようなことになるとは」
ティールは自宅だくつろいでいたのか珍しく軽装だった。
「リンゴが狙われるとは盲点でしたね」
ソウェイルは今日も家には帰っていなかったんだろう、いつも通り眠そうな顔をしている。
「ニイド殿から話を聞いてすっ飛んできたのだが」
「敵も色々と考えるものですね」
「まぁ、俺だけでも十分だったがな」
ソーンはミョルニルを背負って豪快に笑った。
この事件があり、私は少し前よりウィンと親密な関係になった。
ニイドはモヤモヤすると相変わらず怒っている。
私の中では少し変わった気がしている。
頭の中は変わらないが、心で行動することも時には必要なのだと。
今回は「イドゥンのリンゴ」を元にしたお話です。
大筋がだいぶ変わっていますが(⌒-⌒; )
言葉は知っているだけでなく経験を元にしっかり使わないと意味がないものです。
言葉のルーンはコミュニケーションについて見直しなさい!というときに逆位置で出ることがあります。
もし、ルーン占いでアンスールが出たら頭ではなく心で会話をして見てください(*´∀`*)