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機械仕掛けの世界  作者: 曙
2/2

1:微睡み


 ーーー。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッと無機質な機械音が連続的に続く。


 絶えることない音は無表情で軽薄、冷たさえ感じる程に単調だ。


 段々と覚醒した嗅覚にツンとした薬品の刺激臭が刺される。


 アルコール…?塩素?


 消毒関係の薬品だろうか。


 ずっと昔に嗅いだような気がする。


 いつだったかは…、思い出せない。


 記憶を巡らせる。が、どんなに巡らせても漂白された永遠が連なるだけだ。


 はて…?


 いつ嗅いだ匂いか思い出したかったが、昨日までの記憶が抜けていることに気付く。


 昨日まで、というのは少しざっくりしすぎたかもしれない。


 正確には、性別、生まれ、名前、家族、友人...。


 自分の情報から人間関係の情報までさっぱり抜けているのだ。


 言葉の意味は分かる。が、しかし肝心な過去の記憶がなにもない。


 本当に言葉のまま、真っ白い空間にポツンと取り残されている感覚になるのだ。


 いくら熟考しても、神経が焼き切れそうになるまで思考を重ねても。


 な に ひ と つ わ か ら な い


 やがて真っ白な空間はひび割れて、黒い亀裂が入る。


 自分は誰で、自分は何者、性別はどちらなのか。 


 不の感情は心を大きく揺るがす。


 そもそも自分は人間なのか。


 嫌な考えが過るごとに黒い亀裂から、くすんだドロドロとした液体が流れ出る。


 ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク


 心臓が息をするかのように黒い液体の体積が増えていく。


 自分はいったい「   」(なにもの)なのか。


 湧き出る不安は止まず、氾濫した川のように溢れでる。


 暴走した感情は、心から滲むように胸、腕、足へと順に包み込み全身を冷たい暗闇を感じさせる。


 漆黒の粘着質のヘドロにも似たものが体を縛って離さない。


 精神状態の不安定さから生じた異常は脳だけが認知し、偽りの感覚が四肢を支配した。


 「ーーッ! 」


 本人は声に出したつもりだろうが、そこには無音の叫びが響くだけである。

 

 また同時に頭上にあろう機械が警戒色に染まった音で喚く。


 叫びのない叫びに異常を感じ取ったのか、それとも単に脳波に異常が見られたのか。


 もちろん理由は後者だが、誰かがその光景を見ていれば必ずしも前者になる。


 それほどに異様な空気が漂っていたのだ。


 それらによる二つの現象が何かを読んだのは間違いない。


 証拠に数人の足音と焦りが見える声色で話し合う音が聞こてきた。


 しかし、叫びをあげた本人は気付くことなく、もがき苦しみながら今の意識を繋ぐことで精一杯だった。


 苦しみの連鎖から抜け出すこともできず、その終わりのない螺旋(らせん)をめぐる。


 地獄のような圧迫に押しつぶされ、意識を段々と意識が削がれる。


 自分の身が分からない時に意識がなくなるのがどんなに恐怖か。


 死にも感ずるほど、心の奥底を死神に握られたようにも感ずるだろう。

 

 しかし、せめてもの抵抗と襲い狂うヘドロに牙を剥こうにも、その抵抗は無意味に等しく牙をも黒く染め てしまうのだった。



 


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