体育館前で
2章1話
「おじさん。おはようございます」
「ん?あ、あぁ、また君か。今日はどうしたんだい?」
体育館の出入口付近。儂がいつものように掃除をしていると生徒の1人が話しかけてきた。変わり者の彼はいつもこの時間帯になるとここに来て儂に話しかけてくる。
そして、今日も彼はいつも通りに来たようであった。
「そうですね。今日は少し適当に話しましょうよ」
「ふむ。まぁ、いいけどね?でもいつも儂は言ってるけどもこの時間帯は授業中じゃろ?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。いつものことですし」
「んー。まぁ、儂は注意したからな?」
「はいはい。責任逃れってやつですよね?」
「あぁ、そうじゃよ。それで、話っていうのはあれのことじゃな?」
「そうです。おじさんのようにこの街に長い間住んでいるような人ならもしかしたら対処法を知っているんじゃないかと思いまして。それで?どうなんですか?なにか知っていませんか?」
やはり。そうらしい。最近街を歩けば聞かないことの無いあれのことらしかった。そう言えばあれはいまどこにあるのだろうか。たしか、5年前までは───
「おじさん?聞いてます?」
「ん?あぁ、すまないねぇ。これだから年を取るといけない」
「それでどうですか?」
「んー。まぁ、儂でも対処法は知らないなぁ。ただ、1つ対処法とまではいかないが、最低限の被害に抑える方法ってやつなら知ってるよ」
「え?そんなのがあるんですか?どんなのです?」
「腕1本犠牲にするんじゃよ」
「腕?」
「あぁ、そうじゃよ。まぁ、究極周りに流されるように生きていればなにもされることはないじゃろうな」
「それは元も子もないんじゃ……。それより腕1本ってことはおじさん。まさかそれで右腕がないんですか?」
儂は言われて右腕があった方を見る。そこにあるのは何も通っていない袖だけであったが、それでもその袖が確かにそこに腕があったことを証明してくれている。
「儂の場合は元々それが目的だったのかも知れんがの」
「えっと?それってどういうことなんですか?」
「儂は右腕を取られることで完了されたってことじゃ」
彼は目を丸くする。まぁ、分からないのも当然だ。このことは実際にそれに遭い、それから生き延びた者しか分からないこと
だ。
もはやそんな人間は儂1人だろうが。
「まぁ、君も気をつけるんじゃよ。絶対にあれに逆らおうとするな。そして、絶対に遭わないように過ごせ」
「なんか面倒くさいですね」
「だったら出ていけばいいんじゃよ。こんなとこ住んでるのは物好きか、儂のような老いぼれか、因縁持った不幸者だけじゃよ」
「ですよね。まぁ、僕は出ていくような勇気なんてないですけど」
「あっはっは!そうじゃろうなぁ」
と、その時校内に鐘の音が鳴る。
「あ、じゃあ、次の時間体育なので行ってきますねー」
「うむ?体育館じゃないんか?」
「あ、今日は野球なんですよ」
「ほぉ。気張って行くんじゃよー」
彼は手を振って廊下を走っていった。
外を見ると彼が本来いるはずだった教室にあれがいた。
「あぁ、彼は本当に幸せ者じゃな」
昔、失った右腕を触ろうとしたが、触ることは出来なかった。
「儂は本当に……」
不幸者じゃよ。
静かな廊下に落下音が響く。もう、拾うことはできない。
昔の傷跡。
それはあれ。
次回→観客席で