町角にて
そいつはそれ。
それってなに?
曲がり角を通りすぎようとしていると横から衝撃を受けた。
漫画のような出来事。
フラグを無視して突っ込んでくる遅刻しそうな少女と突然の親の転勤で転校することになった転校生。2人が曲がり角でぶつかればラブコメは始まる。
しかし、今俺がぶつかったのは転校生でも、遅刻生徒でも高校生でもなかった。
そいつは手に赤く彩られた鈍く光るアクセサリーを携えて一直線に俺に向かって体当たりを繰り出した変質者。いや、殺人者だった。
横腹から熱いなにかが脈打ち、俺の中身を放出されているのを感じる。それが出ていけばいくほど俺の熱も同時に奪われているようだった。
よくそいつの持っているものをみればそれは一目瞭然で刃物であった。そしてそれが俺の横腹を深く抉っている。つまりそれを彩っていたものは俺の血であったというわけだ。
まったくどうしてこんなことになっているんだ。
俺はいつも通りパチンコ屋で無駄に玉をすり減らして帰っていたのに。
どうして帰り道でこんなやつに刺されないといけないんだ。
俺は強がりもほどほどにそいつの顔を見てやろうと顔を上げた。そいつは俺よりも背が高いらしくすこし見上げるようにした。
しかし、そいつの顔は見えなかった。いや、見えなかったのではない。わからなかったのだ。つまるところ顔がなかった。
いや、ないというのも異なる。のっぺらぼうというのを知っているだろうか。顔のパーツが眉から口までない妖怪のことだ。いや、口はあったかも知れないが。
その辺りはすこし曖昧ではあるが、しかし俺がみたそいつの顔はそんな風に顔がなかった。
しかし口はあった。口だけを見ればそいつは女のように見えた。
「おまえだれだ?」
俺は横腹の痛みに耐えながら言った。いまもなお血は流れ続けており、もはや生きることなど不可能だと思いながら必死に口を動かした。せめて冥土の土産に俺を殺したやつのことを知っておこうと思ったからだ。
「…………」
しかし、そいつは俺の問いに答えることはなかった。ただ黙って俺を見下していた。
目はないがあるように見えた。口は動かないが笑っているように見えた。
不気味。
その一単語がふさわしい。そいつはそんな風貌をしていた。
俺がなにかおまえにしたか?おまえは一体誰なんだ。というか何だ。ほんとうにお前は人間か?
思考だけが先を行き、口が追い付かない。血はドクドクと流れ落ち、立つことさえ困難になってきた。
「恨み完了」
そいつはそう言ってうずくまる俺を尻目に消えた。そしてそれと同時に俺の意識は闇によって包み隠された。
それと俺。
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