教室にて
それ
「好きな人がほしいです」
夕闇に染まり、徐々に光を失い始めている教室で目の前に座る少女は透き通った綺麗な声で独り言のように小さくも通る声で言った。
少女のまっすぐに突き刺さる瞳は目を逸らすこともさえ許さず槍のように僕を貫く。
クラスメイトでもなければ友達でもない、この少女との関係なんて時々廊下ですれ違ったりする程度。名前なんて知るはずもない少女。
そんな少女が僕に向かってそんなことを告げた。
一体どう答えれば正しいのか理解できず、ただ僕は首を傾ける。一体なにを伝えたいのか、なにを思い、願い、考えて僕にそんな言葉を告げたのか。
僕はいつの間にか質問していた。
「どういうこと?」
言うと訪れたのは静けさであった。
少女の表情は移ろい、様々な変化をしていくが、しかしそこに音は伴わず、あえて自身の鼓膜を揺らすものを挙げるとすればそれは僕の中に響く心拍のみ。教室が静かであるが故に聞こえる雑音だけであった。
本来窓の外から聞こえるはずの運動部員たちの掛け声もなぜが今に限ってみれば聞こえることはなく、いつの間にか時が止まっていてもまったくおかしくはないほどだった。
そんな静寂を切り裂いたのは僕でも少女でもなく彼であった。
最初に聞こえたのは小さな心拍音。その時に関して言えば僕はしばらく自身のそれだと思っていた。
しかし、時が動くにつれ、音が自身のそれではないことを悟り始める。本来ならば一定であるはずのそれのリズムは時折乱れるのだ。しかもそれに加えて音が大きくなっている。
そこで僕は気づく。これは足音だと。
そして生まれるのは恐怖。目の前の少女と共有することなどできない自身にのみ沸いて湧き続けて溜まっていく恐怖。
そうして訪れてしまう恐怖の象徴はいとも容易く静寂に亀裂を走らせ、崩壊へ向かわせる。
それまで閉鎖的で解放の見込みなど1つも無かった空間が開けた瞬間だ。
『はろー!ゆーはいるかー?』
静かに静寂を静観していた2人は共にそちらへ目を向けた。
2人はただそれに目を向けただけだった。それだけするとすぐさまそれを取り止めた。
「帰ろうか」
「そうだね」
2人は帰った。それは逃げでもあったがしかしそれを受け入れたためでもあった。
もちろんそれはそこにあるだけで自分達を苦しめるため、逃げるのが正しいのだが、しかし、2人は受け入れたと言った。言わなければ自身を正当化できないのだろう。
だが、それが人間である。
どれが人間でも僕にとってはにんげんではない。