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根底にある温かさ

「終わりだ」

「え……?」


 審判が決闘の開始を告げたその瞬間、耳元で放たれた言葉にロゼッタは戸惑いを隠せなかった。


 レンヤはロゼッタの後ろから首に腕を回し、逆手に持ったナイフを首元に触れるかギリギリのところで寸止めにしている。あと少し動かしただけでロゼッタの喉元は切り裂かれ、絶命するといった状況。


 これは命を賭けた戦いというわけではなく、訓練場ではダメージを受けると『痛い』と感じるだけであり、身体的なダメージは精神的なダメージへと変化されるように施されている。限界を迎えても気を失うだけだ。

 しかし、仮にこれが実戦だったとしたらロゼッタは殺されたことにすら気付かなかったであろう。


「審判、早くしろ」


 レンヤは何が起きたのだと目を丸くする審判に、終了の宣言をするように促す。

 決闘の勝敗は相手に死亡判定が出る――すなわち気絶させるか、結果が明らかな状況になった時、または相手が降参をした時に下される。


「しょ、勝者レンヤ!」


 決闘を見守っていた者は皆唖然としていた。

 理由としてはもちろん一般科の生徒が戦闘科の生徒に勝ったということもあるが、何よりも大きな理由は


 ――――うそ、全く動きが見えなかった……


 ロゼッタと観客席の者の思いは一致していた。レンヤの動きが全く見えなかったのだ。

 

 レンヤが前世で過ごした日本とは違い、この世界の人間というのは能力が平均的に高い。それには環境の違いなどが関係しているだろうか。

 それでもやはり人間としての限界というのはある。とある方法を使えば、限界を超えた速さというのは可能になるが、レンヤにはその方法を使った様子が見られなかった。つまり、レンヤは少なくとも速さに関しては人間離れした実力を持っているという可能性を示した。


 実はこれがレンヤが裏社会で『見え無き死の刃』と呼ばれる所以であったりする。

 その動きが全く見えない。気付けばそこに姿は無い。そんな動きが見え(・・)ず、そこに姿は無き(・・)者による()をもたらす()が迫ってくる。

 圧倒的な速さによって作られた異名だ。


 レンヤは常に、首を切り裂くという殺し方をとっている。それは声を上げさせず静かに、そして確実に殺す為だ。そして何回も仕事をこなせば死因からそれらが全て同一人物によって行われたのだろうという憶測が裏社会に広がった。

 

 そこで、それに目を付けた姐さんがそれらは全て『見え無き死の刃』という異名を持った暗殺者によって行われたものだという情報を流した。なぜそのような異名にしたのかは先程述べたとおりだ。

 そのまま手を悪に染め続けるようであれば、『見え無き死の刃』が命を刈り取りにくるぞという裏社会の者達に対する牽制の為だ。

 しかし物事はそう簡単には運ばず、護衛を増やしたり強化したりなど、最終的にはレンヤにとっては悪い結果となってしまった。起因となったのは恩人でもある姐さんだったので、文句は言えなかった。


「あたしが、負けた……?」


 当然、そんなことをロゼッタが知る由はない。残ったのは負けたという事実だけ。

 今まで積み上げてきた努力がぽっと出の、しかも一般科の生徒によって崩されたように感じた。思わずその場で両膝をついて打ちひしがれてしまう。


「約束通り、あいつは貰っていくぞ」


 だがレンヤには何も感じることは無い。足を動かして立ち去ろうとした。

 だが、数歩程歩いたところでピタリと止まり、背後にいるロゼッタへと振り返った。


「ああ、一つだけ言っておくことがあった」


 ロゼッタは俯かせていた顔を上げると、レンヤと視線がぶつかる。そして、えも言われぬ感情に心が支配された。


「負けたからといって報復なんて考えるな。もし俺の家族に手を出すようであれば――」


 一切の感情を感じさせないような冷たい声。そしてなにより、特徴的な黒い目は据わっており、底知れぬ深い闇がそこにはあった。


「――――殺す」


 本気だ――そう思うには充分だった。

 自分の命など、この男にとっては些細なものなのだ。いとも容易く奪うことが出来る。

 ロゼッタは一瞬でそれを理解させられた。

 自分を見つめていたあの目が、頭から嫌でも離れそうにはなかった。




 観客席にいるジーナの元へ足を進めながらもレンヤは苛立ちを隠せなかった。

 目立ちすぎたからだ。

 仕事の都合上、あまり目立つのは避けたかったが、家族に害を及ぼされるとなると黙ってはいられなかった。最愛の人、そして子供達は今のレンヤにとっての全てと言っても過言ではない。


 その影響か、今のレンヤにはどこか近寄り難い雰囲気が漂っていた。


「お前がジーナか」

「ひっ……」


 そんな状態で話しかければ、怯えられても仕方ないことであろう。


「お前はもうあの女に従う必要は無い。とりあえず付いてこい」


 ジーナはただ頷くしかなかった。

 小柄で幼さを感じさせる顔立ちをしているジーナを脅しているかのような、危ない光景に見えなくもなかった。


 ギル達の元へ戻ると、レンヤは後ろにいるジーナの腕を引き、ギル達の前へと引きずり出した。


「これでこいつは自由だ」


 淡々と告げられた言葉に最も反応を示したのは、本人ではなくクートだった。

 ジーナがロゼッタと一緒に現れた瞬間にギル達は最近付き合いが悪かった理由を把握した。貴族のお付きになっていたとなれば、平民が口を出すのは躊躇われる。それだけに諦めざるをえなかった。


「その、ありがとう。ジーナちゃんを救ってくれて」

「あ、ありがとうございます!!」

「もののついでだ。気にしなくていい」


 クートとジーナからの礼に、素っ気ない態度で応える。


「これで歓迎パーティーに出る奴は全員揃った訳だが、どうする?」

「何言ってんだ、当然やるに決まってんだろ」


 レンヤは不安を感じていた。自分を歓迎する会を開こうと盛り上がっていたところに、私的な理由で決闘を受けてしまい、水を差してしまった。

 さらに好青年を演じるはずが、すっかり素の自分を曝け出してしまったことで困惑させてしまったのではないかと。

 

「ジーナも戻ってこれたし、そのお祝いパーティーも一緒にだな!」

「……いいのか?」

「何がだ?」

「その、だな……」

「ああ、別に気にしちゃいねーよ。性格まで変わったのは驚いたが、ジーナを助けてもらったんだ。感謝はすれども突き放すような恩知らずなことなんてしねーよ。な、皆?」


 レンヤの気持ちを汲み取り、人懐っこさを感じる笑顔して告げるギル。

 たしかにクラスで話した時とは違うレンヤの雰囲気に恐ろしいものを感じていた。しかし、レンヤがそうなったのも家族を守るためであり、さらには友であるジーナを救ってくれたのだ。レンヤの根底にある優しさに気付けば、何も恐ろしくはなくなった。それはギル以外もそうであった。


「ギー君の言う通りですね」

「馬鹿兄さんにしては珍しく良いこと言うね」

「僕とジーナちゃんにとっては恩人だから」

「そうだね。……少し怖いけど」

「というわけだレンヤ。あとメル、さり気なく俺を貶すのはやめろ」


 こういう時にどのような対応をすれば良いのか、経験が無くてレンヤには分からなかった。

 ただ、これだけはと思った言葉を口にした。


「ありがとう」


 なんとも言えないむず痒さに、レンヤは頬を掻いた。




 再び会場へと向かい始めた一同。だがレンヤは不機嫌そうな表情をしていた。

 後をつけてくる気配があったからだ。それはロゼッタのものだった。

 先程忠告はしたし、今のところは危害を加えそうな感じではなかったのでとりあえずは無視することにした。


 それでもやはり後をつけられるというのは気持ちの良いものではない。

 しかしそれもわずかの間のことであった。

 校舎を出た瞬間、正門に感じ取り慣れた気配があることに気付き、その気配の正体を視界に収めるとレンヤの表情が和らいだ。そして、正面から近付いてくる小さな人影があった。


「お兄ちゃーん!!!」


 大声を上げながらレンヤの腰に抱き着いてきたのは小さな女の子だった。レンヤは女の子を優しく受け止めて、頭を軽く撫でる。

 この女の子は孤児院で世話をしている子だ。そして一人でこんな所に来るはずはなく、当然引率者がいる。その引率者がレンヤの心を穏やかにしてくれた気配の元であった。


「ミア、こんなところに来てどうしたんだ?」


 正門にはミクルーアと子供が何人かいた。

 ギル達はレンヤが急に現れた子供に抱き着かれ、さらには気品を感じさせる、見惚れてしまうような美しさを持った美少女――ミクルーアに話しかけるレンヤの優しい表情に、どういうことだと目を丸くしていた。

 しかしミクルーアの左手薬指に付けられた指輪がレンヤと同じものだということに気付き、なるほどと頷いていた。


「この子達が学園を見てみたいと言い出しまして。……それに、私も早くレンヤくんに会いたかったですし……」

「そうか」


 ミクルーアの声は後になるにつれて小さくなっていたがレンヤの耳にはしっかりと届いていた。レンヤは難聴ではないし、え?なんだって?とはいかないのだ。

 ミクルーアを愛おしく感じ、頬に手を添えた。


「俺も会いたかったよ、ミア」

「レンヤくん……」


 ミクルーアは目を潤ませレンヤの顔を見つめていた。レンヤも微笑みながら見つめ返す。


 突如繰り広げられた激甘空間。レンヤとミクルーアは二人の世界に入っており気付いてはいなかったが、ここは学園の正門である。

 今は放課後であり、当然他の生徒もいるわけで思いっきり目立っていた。整った容姿のせいか二人が見つめあう光景はどこか幻想的なものがあり、目を輝かせる女生徒、堂々といちゃつくレンヤに呪詛を吐く男子生徒、胸焼けを起こしそうなギル達がいた。

 結局、二人が元に戻るには五分ほどかかったとかなんとか。


 ミクルーアとギル達は互いに自己紹介を済ませると全員で孤児院へと向かった。流石にここまで来てもらって、歓迎会をしてもらうからミクルーアは帰ってくれと言うのはレンヤには無理だった。

 そこで出た案が孤児院で歓迎会を行うというもの。これならミクルーアも参加できるし、子供達にも楽しんでもらえるだろう。


 その為には料理用の食材などを買う必要があり、一同は商店街へと足を運んだ。

 そこでいつも通り店を構える大人たちに声を掛けられ対応するミクルーアとレンヤ。さらには子供達の相手をしながらも慣れたように買いものをする二人。そこには笑顔が溢れていた。

 

 それを後ろで見ていたギル達は、レンヤが家族を、そしてその周りにある温かな場所をどれだけ大事にしているかを感じ取った。

 やはり、レンヤの根底にはあるのは大切な人を思いやる優しさなのだと。


「こいつとは上手くやっていける気がするな」


 ギルの呟きに、ルリアにメル、クートにジーナも同意であった。


※※※


 レンヤに気付かれているとは知らずに、尾行をしていたロゼッタ。

 尾行を始めた動機は単純だった。

 

 レンヤのことが気になったから。

 

 その実力もだが、何よりも気になったのが最後に自分に向けたあの目。それは、飲み込まれてしまうかのような、深淵の闇を感じさせるものだった。


 ――一体どれだけの修羅場を抜ければ、一体どれだけ過酷な道を歩んでくればああなるのだろう。


 恥ずべき行為をしているという自覚はある。でも欲求を抑えることは出来なかった。


 そしてロゼッタは衝撃を受けた。

 突然レンヤに抱き着いてきた女の子。その女の子に向けられるレンヤの目は、自分に向けられていたものとは違い、温かさを感じるものだった。そして正門にいた白髪の美しき少女へ向けた表情。それは比べ物にならないほど優しいもので。

 

 嫌でも理解させられた。

 自分とレンヤは違うのだと。


 長年、この国を武によって支えてきたとされる名家であるキャンベル家。

 そこに生まれたロゼッタに求められたのは、名家としての誇り。幼き頃から槍を握らされ、待っていたのは父による地獄の修練の日々。期待に応えるために、耐え抜いてきた。

 そこに愛なんてものは感じられなかった。


 急激に心が冷めていく。

 自分とレンヤは相容れない。


 ロゼッタは踵を返し、その場から立ち去った。


お読みいただきありがとうございました。

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