ずっとこのまま
新章開始!
少女には夢があった。
故郷である村の外れにひっそりと佇む喫茶店。元々は両親が経営していたこの店を娘である自分が引継ぐという夢。
夢が叶った後の自分の理想を思い浮かべる。
この喫茶店はその立地故に客はあまり訪れない。だが喧騒を好まず、落ち着いた場所で自分の時間を過ごしたいという客からは好評を博する隠れた名店である。
耳に心地よく響く小鳥のさえずりと、読書中の客のページを捲る音だけの店内で穏やかな時間が流れていく。この時間が少女はたまらなく好きだった。
ふと店の奥のキッチンスペースに目をやると、夫が注文品のケーキを作っていた。夫は見られていることに気付いたのか、目が合うと少し照れ臭そうに微笑んだ。
これが少女の理想。
大好きな場所で大好きな人と大好きな時間を過ごしていく。自分にとっての幸せの形。
しかしそれは、絶対に叶うことのないものだった。
ゆっくりと目を開ける。
少女の目には、残酷な現実を思い知らせる鉄格子が映る。
少女が牢屋に入れられて、一か月が経とうとしていた。
※※※
「いらっしゃいませ」
「おはようセリアちゃん。いつものお願いね」
「コーヒーにフルーツタルトですね? かしこまりました」
来客を迎え、席へと案内をすると奥にあるキッチンへと声をかける。
「レンヤくん!」
「聞こえてたよ。少し待ってろ」
レンヤは既に最後の仕上げへと入っていた。
「お待ちどうさん。サービスしといたぞ」
「ありがとう」
セリアへと完成した商品を渡すとすぐにエプロンを外し、窓からの日差しが気持ち良いお気に入りの席へと腰を下ろすレンヤ。そしてそのまま目を閉じ睡眠タイムに突入する。いつもの光景に、接客を終わらせたセリアはくすくすと笑う。
「お、お邪魔します……」
数少ない常連の客が全員訪れた店内では各々が好きなように過ごしており、当分仕事はなさそうだと判断したセリアはレンヤの隣に座る。そして少しずつ距離を縮め、腕が触れ合うとそのまま肩へともたれる。
好きな人の肩を枕代わりにし、胸がぽかぽかとした幸せで一杯になる。
二人の仲睦まじい光景を見ても周りの客から何も言われることは無い。これもこの店の一つの名物であり、なにより――――
夫婦の時間を、邪魔しようとは思わない。
そんな客の思いを理解しているセリアの心に、申し訳ない気持ちが湧いてくる。たしかに今の自分達は夫婦である。だがそれは仮のものだ。レンヤの帰りを待っている親友が、本当のレンヤの妻がいるのだから。
それでも――――
今こうしてレンヤの隣にいるのは自分で、触れ合っているのも自分だ。頭を撫でてとお願いすればやってくれるだろうし、キスがしたいと言えば受け入れてくれるだろう。
レンヤの寝顔を眺める。近くではほとんど見たことは無かったが、距離が変わっただけで色々な想いが溢れてくる。
面倒臭がりで楽観的で自分勝手で。
なのに人望があって家庭的で優しく、何よりも一途で。
自分を、あの暗闇から救い出してくれた人。
――――好き、大好き。愛してる。
エプロンのポケットに入れていた手紙に触れる。親友から託された大事な手紙。
そこには、今の二人の関係を認める旨が書かれている。だからといって、素直に受け止められるわけではなかった。
だから。
――――今だけ、今だけは。
「大好きだよ、レンヤくん」
愛する人の頬に、そっと口付けを落とした。
夢のような時間。仮初の夫婦生活は始まったばかりだ。
ノルマ二千字なのにどうしても届かない……五千字書いてた昔の自分凄い……
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