私は
地の文が安定しない。
ケルベロスが現れ生徒達が怯える中、レンヤ達はミクルーアの光をコントロールする魔法によって周りから姿を見えないようにし、経過を観察することにした。
「まとまりがないね」
リオンの言葉通り、生徒達はバラバラに散っており、まとまりが見られない。頼れるリーダーからの指示が出ていないのはなぜか、それは本人の様子を見ていれば分かる。
「お、レンヤのお気に入りの登場」
アリシアの視線の先には先には歌穂の肩に手を置き、何か言葉をかけている優人がいた。
そこから優人は声を張り上げ指示を飛ばす。この状況下で何をすればいいのか、優人の頭にはそれが浮かんでいるらしく、その姿には自信が見て取れた。
作戦が上手くいき、全員が無事脱出できたかと思いきや――――
「あ、あそこ!」
セリアが指差す場所では、瓦礫に足を巻き込まれ動けなくなった理沙がいた。
「ケルベロスも元に戻ったし、流石に助けに行くべきじゃない?」
「ミア、リオン、アリシア、セリアは待機。救出はサクヤに行ってもらう」
「サクヤちゃん……」
ミクルーアが心配そうにサクヤの様子をうかがう。先程からサクヤは一言も喋らず、ただじっと理沙の方を見ていた。
獲物が動けないと分かっているのか、ケルベロスはゆっくりと理沙へと近付いていく。強気な理沙も、今の自分の状況に顔は青ざめ、恐怖による涙によって化粧が落ちたことで顔はぐしゃぐしゃになっている。
――――あれが、あんな奴が……
前世において、気に入らないことがある度に自分に暴力を振るってきた女。横暴なやり方で地位を築き、常に上から目線の嫌な奴。
そしてなにより
――――私の連夜を、取ろうとしていた。
確かに前世の自分なら敵わなかっただろう。なんの力も持たないただの子供だったのだから。だが今の自分は違う。
あんなみっともない姿を晒しているクズとは違い、今の自分には力がある。『機関』によって作り上げてきたお偉い様方とのパイプがあり、皇女直属の近衛騎士という権力もある。
『――――お前は誰だ?』
いつかのレンヤの問いかけ。
例え生まれ変わろうと、魂に強く深く刻み込まれた恐怖が傷跡として残り、自分という存在を曖昧にしていた。
なぜ怯える?
なぜ怯える必要がある?
もう昔とは違う。
私はもう弱かった自分ではない。
だって私は――――
「行ってこい」
背中を押してくれる優しい声音。
前世の時とは違い大分捻くれた性格をしてはいるが、根本的なところは何も変わっていない。
私が好きだった人は、今もここにいる。
「行ってきます」
ああ、体が軽い。
※※※
サクヤは理沙を冷めた目で見下ろしていた。いざ本人を前にしても、もう何も思うことは無かった。
「た、助けて! 早く!」
必死に懇願してくる理沙に、サクヤは手を伸ばす。
「う、後ろ!!」
だが手を掴む前に理沙がサクヤの背後から雄たけびを上げ迫りくるケルベロスを見つける。
「お座り」
振り返りざまの僅か一瞬の斬撃。前足を斬られたケルベロスはその場に崩れ落ちる。
「ほら、今のうちに」
瓦礫から救い出した理沙をサクヤは背負って出口へと歩いていく。
「ありがとうございました! あの、お礼に今晩食事でも……」
「結構です」
その食事とやらで相手を酔わせ、持ち上げることで上手く取り入ろうとするのが理沙の目的であろうことはサクヤは分かっていた。こっちの世界ではざらにあることだし、甘えるような声が実に耳障りだ。
「怪我はありませんか?」
「足以外は特に……」
「そうですか」
その後、会話は無くダンジョンの出口までたどり着く。ほかの生徒達は既に外で待っているだろう。
「さあ着きましたよ。あとは自分で歩けますか?」
「はい!」
「そうですか、では――――」
――――お楽しみの始まりです。
「えっ?」
理沙には何が起きたのか分からなかった。サクヤが何か呟いたかと思えば、腿が斬られていたのだから。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
理沙の悲痛な叫びが響き渡る。血の噴き出る腿を手で抑えるものの、何も変わることは無い。
「いい……その苦痛に歪んだ顔、吹き出す血液……実にいい!」
サクヤは嗤う。自分が求めていたものが、そこにはあった。
「なん、で……」
「なんで、ですか……」
大きな声すら出す体力はなく、なぜこんなことをしたのかサクヤに問う理沙。
「私の連夜くんに手を出そうとしたから、ですかね」
「連夜、くん……?」
「あなたが小学生の頃に手を出そうとしていた男の子ですよ」
「あんた、なぜ……」
「寺畑美咲。それが前の私の名です」
弱り切っている理沙を見下ろす。
「前世では随分とお世話になりましたね。おかげで今、こうしてお返しをすることが出来て私は満足ですけど」
サクヤは理沙の腿を踏みつけた。声にならない声が、サクヤの感情を高ぶらせる。
「ああ、大丈夫ですよ。これぐらいの傷、ミクルーアなら一瞬で治せるので」
「て、らは、た……てめ、え……」
「てらはた……? 誰ですかそれ? おっと、招かれざる客ですか」
後ろから血を揺らしながら血走った目でケルベロスが迫ってくる。それに対し、サクヤは腰の刀に手を据えた。
「今ならアレを出来るかもしれませんね――――『桜華斬月』」
サクヤが刀を素早く振り上げた刹那、ケルベロスの動きが止まる。
「――――咲き乱れろ」
カチン。
サクヤがゆっくり鞘に刀を納めると同時、ケルベロスが破裂音のような音を立て爆散した。血肉が飛び散り、サクヤと理沙へと降り注ぐ。
「私はあなたを決して許すことはないです。が、命を取るようなことはしません」
サクヤは理沙へと微笑みかける。
「ですが、無事で帰れるかは分かりませんよ? 長い付き合いになりそうですね」
これから先、理沙はサクヤという畏怖の存在を気にしつつ異世界での生活を送らなければいけない。こちらの世界ではどっちが弱者かなど、分かり切っている。
――――これでやっと自信を持って言える。
「私の名はサクヤ――――以後お見知りおきを」
駆け足になってしまった感が否めない。
次回更新は明後日(2日)17時更新予定。




