二人を繋ぐもの
レンヤとミクルーアが結ばれてから数日。姐さんから学園に入るのは夏期休暇が終わった後になるという連絡を受け、それまでの間をいつも通りに過ごしていた。
いや、前とは少し違っていたことがある。
二人の仲が進展したことにより、くっついている時間が増えたのだ。時間さえあれば、どちらからともなく触れることを求める。傍から見ればただのバカップルであるが、孤児院には当人達と幼い子供達しかいないため、その様子を見て呪を吐く者も砂糖を吐く者もいない。
レンヤは二人で過ごす時間に心地良さを感じており、ミクルーアも最愛の人と結ばれ、これから先も一緒にいれるということによる幸福感で満たされていた。
現在もレンヤがミクルーアに膝枕をされ、頭を優しく撫でられるというダダ甘空間を繰り広げている最中である。
「そうだミア。明日買い物に付き合って欲しい」
「いいですけど……何を買うんですか?」
「これだ」
膝枕をされながらも、腕を伸ばしてミクルーアの左手薬指を軽く握る。
この世界では成人も結婚可能年齢も十五歳である。なので学生でありながらも既に結婚をしているという人も少ないが存在はしている。
そして恋人の左手薬指。それが示す意味は――
「仕事の都合上すぐに式を挙げることは出来ないが……結婚しよう、ミア」
もう一度言うがレンヤは膝枕をされている。こんな状態でのプロポーズは如何なものか。
だがミクルーアにはレンヤがそんな人だということは分かっているので文句は無い。むしろそんなところさえ愛おしいと思えるほどにミクルーアも手遅れになっている。
レンヤのプロポーズを受けたミクルーアの瞳に輝く涙。答えはもちろん決まっている。
「はい!」
胸に手を当て、嬉し涙を流しながら幸せそうに笑う。
この瞬間、私は世界で一番幸せな女の子だ。そう言わんばかりの彼女の様子を、レンヤは優しい瞳で見守っていた。
プロポーズの日の夜、気持ちが昂っていたからかミクルーアが積極的になったりしたが、無事に次の日を迎えた。
レンヤが少しだけやつれて、ミクルーアの肌がツヤツヤに見えるのはきっと気のせいであろう。
子供たちに大人しくしてるように忠告をし、二人は外出をした。
レンヤの――今ではレンヤとミクルーアの目的である結婚指輪の購入をするためだ。
しかし二人は指輪専門店には向かわず街の郊外へと歩を進めていた。
そこにぽつんと立っている木造のボロ小屋。すぐにでも崩れそうであり、人が住んでいる気配は微塵もないが、二人は扉の前に立つ。
「……見え無き死の刃、入室許可を求める」
「コードネームstellar、入室許可を求めます」
レンヤは眉をしかめていかにも嫌そうに、ミクルーアはそんなレンヤに苦笑しながらも呟く。
しばらく待つと、ほいどうぞ~と聞き覚えのある声がどこからか聞こえてくるのを確認し、扉を開いた。
外観と同じようにボロボロの内装の部屋――ではなく真新しい白い壁で囲まれたそれなりに広い部屋がそこにはあった。
しかし汚い。何かの資料だと思われる紙が床中に散乱してる上、部屋の中央に置かれた長机の上には何に使うか分からない道具に、なぜか食べカスが残っている。さらには埃っぽいため長い間掃除をしていないことが分かる。
この小屋は何なのかというと
「相変わらず汚い家ですね、姐さん」
そう、この小屋は姐さんが住んでいる自宅――というよりは研究室である。
本人曰く、見た目ボロ小屋なのに中は研究室ってなんかロマンだよね~、という理由で作られたこの建物。
レンヤとミクルーアが入る際に呟いた言葉は、この部屋に入るためのセキュリティを通過するためのものだ。
姐さんによって決められた言葉、基本的には自分のコードネームを言うと声紋検査がされ、本人かどうかを確認するという無駄に高度な技術が使われたセキュリティだ。
基本的にはコードネームを名乗ればいいのだがレンヤだけは異名を使うように指示されている。姐さんがレンヤの反応を楽しむためにそうした。
ちなみに以前、レンヤは名乗らずに入ろうとするとどうなるのかを聞いたところ、姐さんは意味ありげな笑みを浮かべただけだった。
「掃除なんてする暇あるなら面白い物作るのが私だしね~。それより急に来てどしたのん?」
「報告することがあって。俺達、結婚します」
「ほえ~おめでと~」
「……あまり驚かないんですね」
「前から何時になったらくっつくのかって思ってたしね~。君達は無自覚だっただろうけど、普段から甘々だったから~」
俺達はそんな風に見えていたのか、なるほどと頷くレンヤの隣でミクルーアは顔を真っ赤にして俯いていた。
指輪を買うよりも先に、自分たちを救ってくれたこの人に報告をするのが義理であろうと思い訪問しただけだった二人は報告を済ませると、それではまたと言って退室しようとする。
が、背後から何かが飛んでくる気配を察知し、レンヤはパシッと片手でそれを掴んだ。
「なんですか? これ」
手を開くとそこにあったのは豆粒ほどの大きさをした宝石が二つ。純度が高いのだろう、透き通るような紅色をしていた。
「お祝いだよ~。ミアちゃんの瞳と同じ色だから、それを見ればいつでも思い出せるってわけ。ほんと、レンヤくんはミアちゃんにメロメロだね~」
いや、あなたが言ったことでしょうそれは。そうツッコミそうになったレンヤだったが頭を下げて礼をして退室し、ミクルーアもそれに続いた。
「さてさて、これは皆に伝えないとね~。面白そうな反応しそうな子がいるし、楽しみ~」
二人がいなくなった後にそう呟いた姐さんの表情は、ワクワクしている子供のようであった。
姐さんの研究室を去ったレンヤとミクルーアは指輪専門店に着くと、結婚指輪購入の旨を店員伝え姐さんから貰った宝石を付けるように注文をした。
しばらく待つと店員が完成品の指輪を二つ持ってくる。
いたってシンプルな銀に輝く指輪に、綺麗な紅の宝石がワンポイントに付いている。
これまた雰囲気などをあまり気にしないレンヤが、その場ですぐに指輪をミクルーアの指にはめた。それを受け、彼女も同じようにレンヤの指にはめる。もちろん、左手の薬指にだ。
顔を見合わせ微笑んだ後、二人は会計を済ませ店を出た。
もう用事はないので孤児院へと帰る二人だったが、ミクルーアの様子がおかしいことにレンヤは気付いた。外でイチャつくのが恥ずかしいのかいつもは並んで歩くだけだったが、今はレンヤの腕に抱きついており、さらには時より左手を眺めてうふふと笑っている。
「ミア、どうしたんだ?」
「どうもしてないですよ? 私はいつも通りです。うふ、うふふふ」
再び笑い出すミクルーア。レンヤはそっとしておこうと心に決めた。
そんな二人が歩いていると帰り道の途中に人集りが出来ているのを発見した。
なにがあったのか、近くの人に尋ねるとどうやら男女の痴話喧嘩が発生しているとのことだったので、二人は耳を傾けた。
「あんたとはもう終わりだって言ったでしょ!」
「俺がいくら貢いだと思ってんだ!」
聞こえてきた男女の声と内容からして、痴話喧嘩のようだ。
滅多に見れるような光景ではないと、興味持った人達が周りを囲っているのであろう。当然レンヤとミクルーアも興味を持つと思われたがーー
何事もなかったかのようにその場を離れようとした。
なぜならレンヤが痴話喧嘩から聞こえてくる女の声と、さらにはその女の気配から面倒事に巻き込まれるのは御免だと思ったからだ。その気持ちを察したミクルーアも何も不思議に思わずにレンヤについていく。
しかし
「ちょっと待ちなさい! そこのバカップル!」
去ろうとする二人を呼び止める声が、辺りに響き渡るのだった。
タイトルの「もの」は者(姐さん)と物(指輪)で掛かっています。