導く者
ダンジョン内で休息中だった生徒達を襲った揺れ。誰もがその原因であろう巨影へと注目した。
「うそ………」
歌穂がその正体を捉え、絶望に満ちた声を漏らす。その言葉は、ここにいるほとんどの者の感情を表していた。アレには、絶対に勝てない。
見上げることでどうにか視界に収まる漆黒の巨体。四つ足で耳があり、尻尾がゆらゆらと揺れているところだけを切り取れば犬を彷彿とさせるだろう。異様なのはその足と口のそれぞれに、人を容易に切り裂きそうな鋭く研ぎ澄まされた爪と歯があること。そして何よりも頭が三つあることだ。
「ケルベロス……!」
一早く敵の正体に気付いた優人がクラスのリーダーである紫苑の元へと向かう。
「湊くん! 急いで皆に避難の指示を!」
「あ、あぁ……」
返事は来たものの、どこか様子がおかしい。口の端からよだれを垂らし獲物に食らいつかんと結界を噛み千切ろうとするケルベロスを前にして、現実を受け入れ切れていないようだ。
いくら紫苑にリーダーシップがあっても、それは平和な世界で発揮されてきたものだ。異形の怪物を前にして、いつも通りとはならなかった。
「グルァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ケルベロスの咆哮と共に、パリンとガラスの割れるような音が響き渡る。
「結界が破られた!!!!」
「もう終わりだ!!!!」
安全地帯となっていた部屋には正面入り口が一つあるだけだ。そこにケルベロスが陣取り、逃げ道をふさがれてしまう。必死に逃げ惑う生徒達が求めるのはこの状況をどうにかしてくれる救世主だ。それになり得るであろうレンヤ達を探すが、どこにも姿が見えなかった。
「見捨てたってのかよ!!」
「いやああああああ!!! 死にたくない!!!!!」
一抹の希望さえ断たれ、歌穂は全てを諦めようとしたその時、肩にそっと手が置かれた。
「優人くん……?」
「前島さん、諦めるのはまだ早いよ」
誰もが死の恐怖に震える中、優人の目にはまだ希望の光が残されていた。
「後衛の人は魔法をありったけ撃って足止めを!!」
優人が声を張り上げると、幾人かが反応する。
「そんなの意味ねえよ! さっき撃ったけど魔法は全く効かなかったんだぞ」
「効かないわけじゃない! 条件があるんだ! 生きたければ言うことを聞け!!」
「――――ああ! クソ! これでダメだったらあの世で恨み続けてやる!」
一人の男子生徒を皮切りに、続々と優人の指示系統に加わる生徒達。そこには、本来皆を率いらなければならない紫苑と歌穂もいた。
「湊! 足に自信がある奴を連れてケルベロスの足元を動き回れ! ただ走っているだけでいい!」
「分かった!」
「あいつは足元で動き回られるのを嫌う! 湊達を捕まえようと頭を下げた瞬間、首の裏を三つ同時に魔法で狙え! そこが弱点だ!」
「「「了解!!!」」」
紫苑が男子数人を連れてケルベロスの足元を駆け回る。ケルベロスは鬱陶しそうに足を振り、食らいつこうと頭を下げた。
「今だ! 撃て!」
「「「火球!!」」」
ケルベロスの首の裏目掛けていくつもの火球が飛び、見事に直撃する。
「グォォォォオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
すると苦痛に満ちた雄たけびをケルベロスが上げ始めた。生徒達には目もくれず、天井に向かって叫び続けている。
「あいつは混乱状態だ! 今のうちに出口へ!!」
続々と生徒達がこの危険地帯を脱出していく。優人も遅れずに脱出しようとしたが――――
「待って優人くん! 理沙ちゃんがあそこに!!」
歌穂の指さす先、そこにはケルベロスが暴れた際に崩れた壁の瓦礫に足が巻き込まれ動けなくなっている理沙がいた。
「クソ! どうする!」
混乱状態から戻ったケルベロスが残された理沙へとギラギラとした目を向ける。距離的に助けることは不可能だ。
もう間に合わない――そんな諦めの雰囲気が漂った、その時。
「…………」
いつの間に現れたのか。
一人の少女が、理沙を冷めた目で見下ろしていた。
更新した後に気付く誤字脱字。
ケルベロスに関しては元の神話の設定とかは気にせず、この作品ではそういう設定なんだな程度に捉えてもらえれば。
次回更新は明後日(31日)17時更新予定。




